70.工作部隊との決着
「馬鹿な馬鹿なっ! こんなことがあってたまるか!」
目の前の理不尽な光景に隠密部隊の隊長がわめき散らす。
地獄を顕現したような虐殺の炎を受けたにもかかわらず、目の前に立つレイドールは火傷の一つも負っていない。
それどころか、服に焦げ跡の一つもついていないのだ。
現実を受け入れることができず狂乱してしまうのも無理はなかった。
「最上級魔法の二重詠唱――見事な魔法じゃないか。恐れ入ったぜ」
顔面を爪で掻きむしって騒いでいる隊長。そんな騒がしい男を無視して、レイドールは『火喰い鳥』へと視線を向ける。
無傷の男が口にすれば嫌味のようにも聞こえてしまうが、レイドールの言葉に込められているのは心からの称賛であった。
『火喰い鳥』はとんでもなく高レベルの火炎魔法を使用していたが、その火は建物には引火してはいない。さらに言うと、倉庫の中に積まれている薪や油の木箱にも火が移った様子はなかった。
あれほどの威力の魔法を放ちながら、ターゲット以外のものを一切燃やさないように精密に制御している『火喰い鳥』の魔力操作には、レイドールも唸るばかりであった。
「……恐れ入ったのはこちらですよ、王弟殿下」
しかし、『火喰い鳥』はレイドールの称賛を皮肉として受け取ったらしく、手で顔を覆って天を仰いだ。
「聖剣の力を使ったようには見えませんでしたが、ひょっとして魔力だけでねじ伏せたんですかい?」
「ほう、よくわかったな」
「わかりたくはありませんでしたけどなあ、出来る事なら……」
『火喰い鳥』はうんざりと溜息をついた。
レイドールは魔法など使ってはいないし、聖剣を抜いてもいない。
炎の魔法を防ぐためにレイドールがしたことはただ一つ。
思い切り、全力で魔力を発したことだけだった。
(まさか……莫大な魔力をぶちまけただけで、俺の火を押しつぶしちまうとは。ああ、本当に自信喪失だぜ)
『火喰い鳥』が放ったのは魔法の炎。すなわち魔力で生み出した火である。
ならば理論上は同じ魔力で相殺することができるのだが、それは恐ろしく燃費の悪い手段だった。
例えるのならば、たき火を消すのに水をかけたり砂を被せたりするのではなく、吐息を吹きかけて消そうとするようなものである。
(いったいどれだけの魔力があればそんなことができるのやら。神や悪魔にでも挑んでいる気分だ)
宮廷魔術師であった頃には王国屈指の魔力を有していた『火喰い鳥』であったが、そんな彼をもってしてもレイドールの魔力と同じ天秤に乗せるには軽すぎた。
それこそ蝋燭の火と山火事ほどにも差があるだろう。
「降参だ。降参、降参! 俺は降伏しますよっと!」
もはや相手にするのも虚しくなった『火喰い鳥』は、早々にレイドールに立ち向かうことを諦めて、その場にあぐらをかいて座り込んだ。
一度は死ぬ覚悟を決めていたものの、目の前の怪物にとっては自分の決死の覚悟など砂埃ほどの障害にもなりはしないだろう。
ならば、無駄に抗う意味などない。
煮るなり焼くなり、好きにすればいい。
「ひ、『火喰い鳥』!? 貴様、裏切るつもりか!」
自分達の最高戦力の降伏に、隠密部隊の隊長は噛みつくように叫ぶ。
「だってよお、隊長。俺の30年間の魔術師生活の集大成が、あんなにあっさり消されちまったんだぜ? どうやったって俺にゃあ王弟殿下を燃やせやしないっての」
「それでも王家直属の隠密か!? 貴様には王家に対する恩義と忠義はないのか!?」
「いやあ? 俺は前の仕事をクビになってここに流れ着いただけだからなあ。陛下に恩も義理もありゃしないっての」
「き、貴様……!」
床に尻をつけた格好のままヘラヘラと笑う『火喰い鳥』。
隊長は額に青筋を浮かべて、目の前の裏切り者へと刃を向けようとした。
「それによ……心がポッキリやられちまってるのは俺だけじゃないと思うぜ?」
「は……?」
隊長がきょとんとした顔で振り返ると、他の隠密部隊の工作員が戦意を失くして座り込んでいた。
ある者は頭を抱え、ある者は茫然と呆けて、ある者は両手を組んで神に祈りを捧げている。
挙句、生きることを諦めて辞世の句を詠んでいる者までいる始末だ。
工作員らはすでに全員が戦意を喪失しており、武器を手放してしまっていた。
「貴様らあああああ! 何をしとるかあ! 敵前で膝をつくなどそんな……!」
「アンタの忠誠心にゃあ感心するけどな。誰もが忠義に魂を捧げられるわけじゃあないってこった」
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 立て、立ち上がれ! 我らは栄えある王家直属の隠密部隊! 敗北を許されぬ王の影ぞ! それがこんな無様な……!?」
ブシュリ、と湿った音が鳴った。
すぐ傍で発生した音に隊長が視線を下げると、己の胸から漆黒の剣の先端が飛び出していた。
少し遅れて、隊長が着ていた上着を赤いシミが染めていく
「聖剣を抜かずとも勝つことはできたと思うが、お前の忠義に敬意を表す。この一刀をもって逝くといい」
「が、はっ……」
「あの愚兄にはもったいない忠臣だったよ。お前は」
レイドールが隊長の背中に突き刺していたダーインスレイヴを引き抜いた。
聖剣の刃から解放された隊長がふらりと地面に倒れて、赤い水たまりが貸倉庫の床に広がっていく。
「……アンタは口うるさい上司だったけど、俺はそれほど嫌いじゃなかったぜ」
隊長が絶命したのを確認して、『火喰い鳥』は弔いの意味を込めて両手で無数の蛍火を飛ばした。
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