27.宣戦布告
「近衛! 狼藉者を捕らえよ!」
宰相ロックウッド・マーセルは倒れる国王に駆け寄りながら、鋭く命じた。
謁見の間で突如として起こった異常事態に凍りついていた近衛騎士であったが、反射的にその命令に従う。
三人の近衛騎士が左右と後方から、レイドールにいっせいに飛びかかる。
「はっ! 遅い遅い!」
「ぐうっ……!?」
レイドールは右から飛びついてきた騎士の腕をつかみ、相手の勢いを利用して投げ飛ばす。投げ飛ばした先にいたのは、反対側からレイドールを拘束しようとしていた近衛騎士である。
二人の騎士は折り重なるようにして吹き飛ばされた。
「フッ!」
残る騎士は一人。背後から敵を羽交い絞めしようとした近衛騎士に、レイドールは振り返りざまに裏拳を放つ。腰の回転を十分に加えた鋭い一撃が騎士の顎を痛打して、脳を激しく揺さぶった。
「ぎ、あ……きさ、ま……」
「寝てろ」
「がっ!」
前のめりになって転倒した騎士は、それでも王を害した狼藉者を捕らえるためになんとか身を起こそうとする。
レイドールはそんな忠臣の近衛騎士の頭部を容赦なく踏みつけて、今度こそ昏倒させた。
数秒とかからずに倒された三人の騎士はいずれも近衛に選ばれるだけあって、ザイン王国における最精鋭の戦士である。
そんな彼らが倒れているさまを見下ろして、レイドールは嘆かわしそうに手で顔を覆う。
「王を守る近衛騎士がこの程度とはな。国が滅びかけているのも道理だな」
「殿下! これ以上の抵抗はやめていただきたい!」
グラナードを助け起こしながら、ロックウッドが警告の声を放つ。
謁見の間で起こった騒ぎを聞きつけて扉から兵士がなだれ込み、レイドールを遠巻きに包囲する。
「国王陛下になにをしたのですか! これは立派な反逆行為ですぞ!」
「反逆……? 俺はただ契約を結んだだけだぜ?」
「真面目に答えるつもりがないのならば拘束させていただきます! これほどのことをしでかしておいて、王族として扱われるとは思わぬことです!」
いくらレイドールが強かったとしても、この場においては多勢に無勢。兵士達が一斉にかかれば、いずれは捕らえられてしまうだろう。そして、その先に待っているのは虜囚としての扱いである。
そんな未来を突きつけられながらも、レイドールは皮肉そうな笑みを崩さない。
グラナードの側に寄り添うロックウッドを嘲るような目で見やり、舌先で唇を舐めて湿らせる。
「やれるものならばやってみるがいい。主君を失う覚悟があるのならば、だけどな」
「なにを……!」
「『条件一、国王グラナードはザイン王国国内におけるレイドールの安全を保障するものとする』」
「それは……先ほどの誓文の文言ですか?」
「ああ」
怪訝に目を細めるロックウッドに、レイドールは頷いた。
「契約はすでに結ばれている。背けば罰が与えられるだろう」
「まさか……」
嘲弄するように言い放つレイドール。ロックウッドは目の前の反逆者が言わんとすることを悟り、顔を蒼褪めさせた。
「それは……私に契約の呪いをかけたということか?」
「グラナード陛下……」
グラナードが身を起こし、レイドールを強く睨みつける。
国王らしく豪奢な服を着たグラナードであったが、その胸元は焼け落ちたようにはだけられている。
剥き出しになった肌には、焼きごてを当てたような赤い紋章が刻みつけられている。一本の剣に蛇が巻きついている不気味な紋様である。
「そういうことだ。お互いにな」
レイドールもまた己の上着を引っ張って胸元をはだけさせた。均整な筋肉をつけた胸にはグラナードと同じ紋章が刻まれている。
「愚かなことを……王であるこの私に呪いをかけるとは、自分がしたことの意味が分かっていないのか?」
グラナードの声音には怒りだけではなく、愚かな弟への疑問と哀れみも込められていた。
特定の行動を強制させる『契約の呪い』は広く知られた呪術であり、犯罪者に対する刑罰や奴隷を従属させることなどに使われるものである。その強制力は強く、下手に背けば死に至る罰を受けるものまであるくらいだ。
しかし、その呪いは決して永続的なものではない。相応の手順を踏めば解除することができるものなのだ。
「お前がどんな呪いをかけたのかは知らないが、宮廷魔術師が集まればすぐに解除されるだろう。残されるのは貴様が犯した罪だけだぞ、レイドール!」
「かもしれないな。だが、そうでもしなければ、俺はアンタを信用できないのだよ。兄上」
「それは……」
「信用を失う心当たりはあるよな? 裏切ったのは俺じゃなくて、アンタのほうだぜ?」
もはや取り繕うことはない。レイドールは言葉の刃を実の兄へと向ける。
王都から辺境に追放したことを公然と非難されたグラナードは目を細め、レイドールの愚かしさを心から嘆く。
「……そのまま私の言うとおりにしていれば、貴様がどれほど目障りであったとしても生かしておいてやったものを。聖剣保持者となって調子に乗っているのか? 王となった私を越えたつもりでいたのか?」
「さあ、どうだろうな? それを説明してやる義理はないな」
聞く耳持たぬとばかりに口笛を吹く真似をするレイドールに、グラナードは怒りを通り越して呆れ果てた。いっそのこと、哀れみすらも感じてしまう。
グラナードにとってレイドールは、聖剣『ダーインスレイヴ』に選ばれた忌々しい存在である。自分の王位を脅かす存在、血のつながった兄弟であることすらも腹立たしい相手であった。
だからといって、グラナードは弟を殺したいわけではなかった。
本気でレイドールを厭っていたのであれば、辺境送りなどせずに暗殺することもできたのだから。
「……いいだろう。契約は守ってやる。帝国から奪ったものは貴様が好きにしろ。開拓都市にも支援金を出してやる。だが、私に呪いをかけたことは決して許さん。帝国を退けたら、相応の罰を覚悟してもらおう!」
「そうかよ。だったら俺も真面目に帝国と戦ってやるよ。この国を救って見せるから、大船に乗ったつもりでいるんだな」
レイドールはヒラヒラと片手を振りながら、謁見の間から出て行こうとする。周囲を取り巻く兵士は自然と道を開ける。
(覚悟をしろ? それはこっちのセリフだぜ、グラナード)
もはや宣戦布告は済ませた。己の敵意を、反逆の意志を隠す必要などない。
奪われたものは取り返す。奪ったやつは叩き潰す。
もう二度と、誰にも奪わせはしない。
それが己の居場所を奪われて辺境送りとなったレイドールの信念であり、誰にも譲ることができない誇りなのだから。
「……お前を辺境に追放したことは間違っていなかった! ダーインスレイヴの前の保持者であった初代国王もまた、兄を殺して国を建国したのだ!」
「…………」
背中にグラナードの声を受けながら、レイドールは振り返ることなく玉座の間から立ち去った。
ザイン王家の血を引く二人の兄弟が決定的に決別をした瞬間であった。
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