25.要求の誓文
「『私、レイドール・ザインは以下の条件を了承いただけるのならば、アルスライン帝国からザイン王国を守るために戦うものとする』」
「…………」
レイドールが背筋を伸ばして、誓文に書かれた文章を厳かな口調で読んでいく。
グラナードもロックウッドも、この場にいる全ての貴族が流れるように紡がれる言葉に無言で聞き入っている。
「『条件一、国王グラナードはザイン王国国内におけるレイドールの安全を保障するものとする』」
「ふんっ……」
最初の条件を聞いて、グラナードが片眉を上げて鼻で笑った。
つまり、レイドールはグラナードが再び自分を裏切ることを警戒しているのだ。なんと臆病な弟なのだろう。
グラナードは瞳に浮かぶ軽蔑の色を深めた。
「『条件二、王宮はレイドールが治める開拓都市レイドに金貨十万枚の支援金を払うものとする』」
「じゅ、十万枚……」
震える声を漏らしたのは、でっぷりと腹に脂肪を蓄えて額に汗を流す貴族の男である。
王宮において財務大臣の地位についているその男は、頭の中で算盤をはじいてレイドールから要求された報酬の額を計算する。
金貨十万枚というのは、ザイン王国の国家予算の十分の一にあたる金額である。
民からの税収という莫大な財源を持っている国にとって決して払えない額というわけではなかったが、それでも安い金額ではない。
(ましてや、今は戦時中。戦後の復興費用のことを考えると頭の痛い金額だな……)
ロックウッドはダラダラと汗を流している財務大臣を横目で一瞥して、同情の溜息をついた。
心労のせいでストレス太りしている同輩には心から同情するが、それでも助け舟を出すことはできない。
金貨十万枚は高額であるが、南の国境を魔物から守り続けている開拓都市への支援金としては不相応な額ではないのだ。
むしろ、国境を守っている冒険者の町に対して、これまで王宮が何の援助をしてこなかったことのほうが道理から外れている。
「『条件三、戦争でレイドールが得た財物について、全てレイドールに所有権があるものとし、王宮はその引き渡しを要求することができないもののとする』」
「ふむ……?」
ロックウッドは首を傾げた。
よくわからない条件だ。帝国軍から奪った財宝や捕虜を自分のものにする。それはまあ当然の権利ではあるが、わざわざ条件として念押しする意味が分からない。
(ひょっとして、殿下はなにか目的の財物があるのか? いったい、なにが目的で……)
「『条件四、戦争でレイドールが捕らえた捕虜について、レイドールにその処遇を決定する権利があるものとする』」
(まただ……またおかしな条件を。殿下はなにを考えているのですか?)
ロックウッドは、レイドールの考えを読むことができずに頭をひねらせる。
レイドールが一筋縄ではいかないたくらみを持っているのは薄々ながら見えてきているが、その目的がわからない。
支援金はともかくとして、財物や捕虜を要求するのはなにを目的としているのだろうか。
報酬が欲しいのであれば、はっきりとそれを条件として明記すればよいのではないだろうか?
腕を組んで考え込むロックウッド。そして、無言のままに弟の言に耳を傾けている兄王グラナード。
レイドールは二人の顔を順に見て、ふっと一度息継ぎをした。
「そして……これが最後の条件だ。『条件五、国王グラナードは弟レイドールを王太子として指名し、次期国王とすること』」
「っ……!」
その言葉に、謁見の間の空気が凍りついた。
「馬鹿な! ご自分がなにを言っているのかわかっているのですか!?」
最初に叫んだのはロックウッドであった。
日頃、冷静な宰相が取り乱している姿に、周囲の貴族も事態の深刻さを改めて悟る。
国王グラナードには三歳になる息子がいる。
レイドールが辺境に追放されてからしばらくして生まれたその子は、幼いながらも王太子として指名されており、次期国王になるものだと周囲からも認知されていた。
レイドールが要求した条件は、その王子を退けて自分が次期国王になると明言したようなものなのだ。
「いくら王弟とはいえ不敬ですよ! 国王に向かって自分を王にと要求するなんて……!」
「…………」
ロックウッドが詰問するが、レイドールは言うことは全て言ったとばかりに誓文が書かれた羊皮紙を丸めて、手の中で転がしている。
子供が手遊びをするように緊張感のない姿に、宰相の眉間にガッチリと深いシワが刻まれる。
「レイドール殿下……!」
「レイドール」
「っ……!」
なおも言い募ろうとするロックウッドであったが、グラナードの静かな声に言葉を止める。
振り返った宰相は主君の顔を見てゴクリと唾を飲んだ。
「レイドール、これは本気で言っているのか?」
弟に問うグラナードの声には怒りの色はない。しかし、彼が平静でいるとはこの場の誰も思っていないだろう。
グラナードの顔面はもはや隠すつもりもない憎悪と殺意に染まっていた。
激しい怒りから鬼のように真っ赤になった顔は、目の前に立つ弟を呪い殺さんばかり歪んでいる。
それもそうだろう。
レイドールが要求した「自分を次期国王に」という条件は、たんに現・王太子の地位を奪うというものではない。
国王が亡きものとなった場合に自分が王になる――遠回しに、「お前を殺して自分が王になってやる」という宣戦布告とも受け取れるのだ。
「王太子は、次期国王は我が息子ストラウスだ! 貴様ごときを王太子になどするものか!」
殺意すら込められて放たれた宣言に、その場にいる貴族達は震え上がった。
グラナードはかつて摂政として前・国王の代理を務めていた頃から公正な人物として知られており、その徳の高さから多くの者を味方につけていた人格者である。弟に対する態度こそ不条理であったが、決して王として狭量な人物ではないのだ。
そんなグラナードが怒りの感情に憑かれている姿など、この場にいる者の多くは見たことがなかった。
返答次第ではこの場で兵士に殺害を命じるかもしれない。そんな殺伐とした空気すら匂わせて、レイドールへと怒声がぶつけられる。
「あっそ、じゃあいいや。それはなしで」
「は……?」
兄の怒声を受けて、レイドールはあっさりと条件を取り下げた。
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