109.終戦
「むう?」
目の前で生じた予想外の光景に、皇帝ザーカリウス・ヴァン・アルスラインは怪訝に声を漏らした。
ザーカリウスが放った特大の炎弾は、間違いなくレイドールを捉えていた。
レイドールは【終末の大蛇】という技で防ごうとしていたようだが、とてもではないが相殺することはできていなかった。
十秒もしないうちに炎は背後の城壁ごとレイドールを飲み込み、骨も残さず焼き尽くすはずだった。
しかし、若き王弟の命を奪わんといしていた青白い炎弾は、ザーカリウスが見守る前で跡形もなく消失してしまったのだ。
瘴気の刃に押し負けたのではない。同等の威力の技によって打ち消されたわけでもない。まるで最初から存在しなかったかのように、火の粉すらも残さず消滅してしまった。
「ありえんな。何が起こったのだ?」
聖剣デュランダルの奥義でもある聖鎧【煉獄の義者】は、この世の全ての邪悪を打ち滅ぼす天罰の火を操る力を持っていた。
その威力は聖剣の中でも屈指である。間違いなく、ザーカリウスは大陸最強の聖剣保持者だった。そんな最強の炎が何をされたのかもわからないままに消滅するなど、あり得ない事態である。
ザーカリウスは目を細めて、己の敵対者を見やる。
「…………」
レイドールは城壁に背中を預けたまま、死んだように眠っていた。
その右手はダラリと地に落ちていて、手の平から聖剣ダーインスレイヴが離れて転がっている。
何かをしたとすればレイドールがやったと考えるのが自然である。
何をされたのかは全くもってわからなかったが、それは疑いようがなかった。
「ふむ……聖剣ダーインスレイヴ。呪いを司る異色の聖剣であると聞いていたが、どのような呪いを使えばこんなことができるのだ?」
つぶやいて、ザーカリウスは聖鎧を解除する。青白い炎が消え去り、元通りの赤い鎧姿へと戻った。
聖鎧は聖剣保持者にとって奥の手ともいえる技であったが、その分、魔力の消費も大きい。
熟達した聖剣の使い手であるザーカリウスでさえ、数分しか発動させることができないものである。
ザーカリウスは疲労から深々と呼吸をしつつ、倒れたレイドールへと歩み寄る。
「聖剣の力を引き出せないようならばあのまま殺すつもりだったが……さて、どうしたものかな」
ザーカリウスが聖鎧の力をもってレイドールを焼き尽くそうとしたのは、実のところ、命を奪うためではない。ダーインスレイヴの力を十分に引き出すことができていないレイドールを追い詰め、覚醒させることが真の目的だった。
レイドールを極限まで追い詰めることによって『聖鎧』の発動を促し、それができないならば殺して聖剣を奪って、新たな保持者を帝国領内で探すつもりだったのだ。
目覚める時に目覚めないのであれば、永遠に目覚めることはない――あまりにも一方的で荒療治すぎるやり方であったが、ザーカリウスは眠れる獅子を起こすのにそれ以上の方法はないと考えていた。
「さて……レイドール・ザイン。お前は聖剣保持者として目覚めたのか? 先ほどの未知の力はお前の聖鎧だったのか?」
「…………」
問いかけるも、気を失っているレイドールは答えない。
ザーカリウスは「ふっ」と息をついて、困ったように肩をすくめた。
「どちらにしても、今は殺すわけにはいかないようだ。神威の火を防げる男を、無用な弱者として始末などできまい。お前が予の期待に応える英雄となることを願うとしようか」
ザーカリウスは頭上を仰いだ。
ブレイン要塞の城壁の上では、王国軍の兵士が固唾を飲んでこちらを見つめている。
背後を振り返る。
遠く丘の上では、帝国軍の兵士が魅入られたようにこちらを見つめている。
声も失って二人の聖剣保持者の戦いを見つめていた両軍の兵士へと、ザーカリウスは高々と剣を掲げた。
「この決闘、アルスライン帝国皇帝ザーカリウス・ヴァン・アルスラインの勝利である!」
その勝利宣言を聞きながら、両軍から喜びの声も嘆きの声も上がらない。
理解を越えた超越者達の戦いに、もはや人間同士の戦争などという細かいことを忘れてしまったのである。
ザーカリウスは反応の薄い両軍の兵士にやや不満そうに唇を尖らせつつ、さらに大声を発する。
「これにて、両国の戦争は終結である! 王弟レイドール・ザインの治療が終わり次第、和睦交渉を行うものとする!」
かくして、二つの国の未来をかけた決闘はザーカリウスが勝利をおさめ、ザイン王国とアルスライン帝国の戦争は幕を下ろした。
若き英雄と、歴戦の英雄。
二人の聖剣保持者はいずれやってくる巨大な災厄に共に立ち向かい、その果てに再び聖剣を手に取ってぶつかることになるのだが――それはまだ未来の話である。
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