105.届かぬ返答
「わざわざお越しいただき感謝いたします。レイドール王弟殿下」
要塞内部へと入ったレイドールを出迎えたのは王国軍の将軍であるバゼル・ガルストであった。
最後に会ったときには戦の直後でやや疲れた表情を浮かべていたバゼルは、現在はその時よりも活力のある顔をしている。
しかし、その表情は浮かないもので、心労が加齢と合わさってくっきりと顔にシワを刻んでいた。
「久しいな。積もる話もあるが、さっそく状況を説明してくれ」
「はっ……事前に使者に伝えてもらった通り、帝国は一方的にレイドール殿下に決闘を挑んできました。日時は二日後。場所はここブレイン要塞です。決闘に応じない場合、もしくは決闘の日時までに殿下が現れない場合には、皇帝が自らこの要塞を滅ぼすと宣言しています」
「なるほど……人質を無視してあちらから仕掛けてきたわけか」
とはいえ、皇帝にしてみれば娘であるセイリア・フォン・アルスラインを見捨てたつもりもないのだろう。
この状況でセイリアを盾にとったり、見せしめに殺したりするようなことをしてしまえば、怒れる皇帝が全身全霊でザイン王国へと攻め込んでくることになる。
そんな迂闊な真似をするはずがない。猫を殺して虎の怒りを買うような度胸は、国王であるグラナードにはないはずだと読まれている。
(まあ、どちらにしてもセイリアを傷つけるつもりはないけどな)
レイドールがセイリアと過ごした期間は長くはなかったが、それでも同じ屋敷に寝泊まりした仲である。
戦場で剣をぶつけ合っている状況ならばまだしも、見せしめのために抵抗できない皇女を殺せるほど非情にはなれなかった。
(我ながら甘いとは思うが……殺すメリットもないからな)
「それで? 兄貴はなんて言っているんだよ」
当然ながら、この決闘の要求については国王であるグラナードにも報告されているはずである。はたして帝国の首魁登場という事態に、あの兄は王としてどのような決断を下すのだろうか。
レイドールの問いかけに、バゼルは微かに表情をこわばらせた。
「……もちろん、陛下にも報告をして指示を仰いでおります。しかし、いまだ返答はありません」
「うん? 決闘の日時は明後日だろう? そんな悠長なことで間に合うのかよ」
「ブレイン要塞から王都まではどれだけ急いでも五日はかかりますので返答が遅れても仕方がないかと。とはいえ、すでに報告の使者を向けてから十日以上は経っています。陛下から指示があるとすれば、じきに来るはずなのですが……」
「そうかよ。まあ、決闘までまだ二日あるからな。それまでに国王の英断が下るのを待っているといいさ」
レイドールは嘲るように唇を吊り上げる。
この状況で兄王がどんな判断を下すのかには興味があったが、それで事態が好転するとは思えなかった。
(もしもこの状況を変える可能性があるとすれば、グラナードがここまで出向いてきて直接、皇帝と交渉をすることくらいか。こちらの国王が直々に話し合いに来たとなれば皇帝だって無下にはできないだろうし、決闘とは違う形で交渉がまとまるかもしれないな)
しかし――おそらく、そうはならないだろう。
グラナードはここには来ない。皇帝と顔を合わせることもないはずだ。
もしも交渉というテーブル上の戦いとはいえ、グラナードが帝国と真っ向からやり合う覚悟があったのであれば、とうにこの場所に来て帝国の交渉役と舌戦を繰り広げていたに違いない。
「……弱い国王、動くべき時に動かない国王か」
「は……? 何か仰いましたか?」
「いや、なんでもない。それよりも今日のところは休ませてもらおう。兄貴の使者が期日までにたどり着くかどうかはわからないが、ここまで強行軍だったからな。十分な休息をとって決闘に備えさせてもらおう」
レイドールは訝しげな表情をしているバゼル将軍へと軽く手を振って、建物の中へと入って行った。
結局、それから二日が経過しても王都からの返答は訪れることはなかった。
トラブルがあってブレイン要塞までたどり着けなかったのか、それともグラナードが最後まで決断を下すことができなかったのか。
どちらにしても、ザイン王国とアルスライン帝国の戦争の結果は二人の聖剣保持者へと委ねられることになった。
決闘の期日、事前に指定された時刻とほぼ同時に帝国軍がブレイン要塞へとやってきた。
かつて要塞を攻めたときと同じように丘の上に並んだ帝国軍――その先頭には、燃え上がる業火のように真っ赤な鎧をまとった男の姿がある。
帝国皇帝ザーカリウス・ヴァン・アルスライン。
常勝不敗。現代最強とも謳われる聖剣保持者が獣のように牙を剥いて要塞を見下ろしていたのであった。
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