104.決戦の地へ
事態が事態である。レイドールがブレイン要塞へと向かうことを止める者はいなかった。しかし、それでも誰が供として帯同するかについては揉めに揉めた。
中でも、とりわけ強くブレイン要塞行きを主張したのはアンジェリカ・イルカスである。
「一族の仇を討つ絶好の機会! 皇帝は殺してさらし首にする! 帝国兵も一人残らず撫で斬りにしてやる……!」
再び復讐鬼の面が前に出てきてしまい、目を血走らせて主張するアンジェリカ。ぬいぐるみのように抱きしめていたスヴェンを解放して、右手に愛用の短剣を握り締めている。
彼女を帝国軍の前へと連れて行ってしまえば、決闘も和睦もあったものではなくなってしまうだろう。我を忘れて皇帝と帝国軍に襲いかかるのが目に見えている。
「…………スヴェン、頼んだ」
「えー……」
レイドールは少年軍師に丸投げした。
スヴェンは顔を引きつらせて主君を見上げながらも、命じられた通りにアンジェリカを抑えにかかる。
「えーと、アンジェリカさん? 僕と一緒にお留守番をしてくれませんか?」
「なっ……いくらスヴェンの頼みでもそれは聞けないわ! これはイルカス家の仇をとる絶好の機会なのよ!?」
「ぼ、僕は怖いから行きたくないなあ。だけど、アンジェリカさんと離れちゃうのは寂しい……」
「うっ……」
もじもじと両手の人差し指を合わせるスヴェン。恥じらいに頬を染める少年に、アンジェリカが胸をズキュンと射抜かれて後ずさる。
「だ、だが……皇帝が前線に出てくるなどめったにあることではない。これを逃したら……。ああっ、だけどスヴェンを残していくわけには……かといって、危険な戦場に連れていくのも……!」
頬を押さえ、髪を振り乱しながらアンジェリカが葛藤する。
もう一押しで落ちる――スヴェンはそれを確信して、トドメの一撃に打って出る。
「僕と一緒にいて欲しいなあ…………お姉ちゃん?」
「はうあっ……!」
アンジェリカが電撃に貫かれたように身体を震わせる。
思わずといったふうにスヴェンの手を引いて抱き寄せ、正面から胸に抱きしめる。
「大丈夫……! お姉ちゃんが傍にいるから! スヴェンのことを守ってあげるから……!」
「…………わー、嬉しいなあ」
ふくよかな乳房に顔をうずめながらスヴェンが棒読みで言ってのける。
恨めしそうな目でレイドールを一瞥して、諦めて抱擁を受け入れ、柔らかな胸に顔をうずめる。
「……よし、決まりだな。アンジェリカは留守役としてこの町を守っていてくれ」
「承知いたしました! 必ずやスヴェンを守って見せます!」
「……町も守ってくれよ?」
目にハートを浮かべて断言するアンジェリカに、レイドールが溜息まじりにつぶやいた。
続いて、ダレン、ジャスティへと視線を向ける。
「ブレイン要塞には父、バゼル・ガルストがおりますので、私も同行させていただいたほうが話も早く進むかと」
「私も留守役で残らせていただく…………万が一、アンジェリカ殿が暴走した際に武力で止められる人間が必要だろう」
「……そうしてくれ」
これで決まった。レイドールの供としてブレイン要塞へと付いていくのはダレン・ガルスト。決闘の日時として指定されている期日までそれほど時間もないので、少数での強行軍をすることになった。
決闘の結果はどうあれ、和睦がこじれて再び帝国と戦いになったときのことも考えて、ダレンの副官であるサーラ・ライフェットには残りの軍を率いて後から進軍してもらうことにする。
レイドールは百騎ほどの護衛を率いて馬に乗り、その隣にダレンが並んだ。
「途中の町や村に替え馬と食料を用意してもらうように手配いたしました。これで最短時間で要塞までたどり着くことができるでしょう」
「ご苦労、それじゃあ大陸最強の皇帝とやらの顔を拝みに行こうか!」
「はっ!」
レイドールらはカルトリスから見て南西にあるブレイン要塞へと馬を走らせた。
休憩も最小限にして、食事も可能な限り馬上でとり、途中で疲れた馬を何度も交換しながら要塞へと向かう。
その努力の甲斐もあって、事前に指定されていた決闘日時の二日前にはブレイン要塞へ到着することができた。
最後に訪れたときには帝国に勝利したことで沸き立っていた要塞であったが、現在は静まり返っている。よほど皇帝の登場が兵士達に衝撃を与えたのだろう。見張りとして城壁に立っている兵の顔もどこか影が差している。
「レイドール殿下が来られたぞ! 開門せよ!」
見張りがレイドールの姿を確認するや声を張り上げる。
レイドールは護衛を率いて城門をくぐり、半年ぶりにブレイン要塞へと入城したのであった。
いつも応援ありがとうございます。
よろしければ下の☆☆☆☆☆から評価もお願いします。




