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9、天は二物以上を与える、こともある

  ——授業は中盤に差し掛かった。

 とはいえ、肝心の教師は何も教えておらず、生徒達も彼の協力なんてハナから求めていなかった。

 各自、自分で試行錯誤を重ねながら思い思いのやり方で課題をこなそうとしている。


 ふと、俺の前席の男子生徒が立ち上がり、教卓の方へと進みはじめた。

 いつも絡んでくる蒼井だ。

 イケメンは頭もキレるらしい。

 彼が成功したらクラスで一番目に課題をこなしたことになる。

 手には折り紙の“鶴“が握られており、これを今日の成果として老教師に提出するのであろう。


 この授業を受け持つ十坂先生は、丸メガネから見える目を細めると口の端をつり上げた。


「えぇっと……、君は蒼井紅君であったかな? 課題ができたのかい?」


「はい、できたので確認願おうかと」


「ちょっと貸してくれぃ」


 十坂先生は身を乗り出して教卓越しに鶴を受け取ると、卓上の中に用意していたお盆の中にそれを入れ、三角フラスコの栓を開けた。

  おそらくあの薬品は十坂先生のお手製の薬品だ。

 老教師は手に持った三角フラスコを傾けると、中に入った褐色の液体を折り紙の上に一滴垂らす。

 そして自分の丸メガネを片手で持ち上げながら、目を細めてふむ、と呟いた。


「ちゃんと理解できてそうじゃな……、合格、——ゴホッグエッ」


「ありがとうございます」


 相変わらず十坂先生はむせている。

 花粉症だろうか?


「ここにできた時間を記しておいてくれぃ」


 イケメン君は礼儀正しく挨拶をすると、先生に差し出された紙に時計で表示されている時刻を書き込んだ。

 そんなイケメン君にクラス中の生徒達が感心し、彼を褒めはじめた。


「——さっすが蒼井君ね、魔法陣得意なんだね」


「勉強できるのに勉強してるんだもん、……私は頭が上がらないよ」


「いや、僕も勉強しているけど勉強したからと言って早く終わるわけじゃ無いよ……」


 天は2物を与えず、というがコイツは顔も良いし頭も良いのだ。

 おまけにスポーツもできるときている。

 3物も与えられているじゃないか。

 どこのどいつがなんちゃらは2物も与えずとか、さも格言のように言いはじめたんだ?

 老教師は自席に戻ろうとした蒼井にそうじゃ、と言って引き止めた。


「——ゲホッゲホッ、君はもう暇になったじゃろ。もしよかったらわからない生徒に教えてやってくれぃ」


 蒼井は頷くと、わかりました、と言い振り返ると、


「蒼井君、教えて!」


と真っ先に手を挙げたのは、朝に話しかけにきていた釜瀬だった。


「いいよ」


 蒼井はにこやかに返答する。

 釜瀬の蒼井を引き止める早さに一歩遅れた人達は、悔しがっていた。

 こういうものは、早い者勝ちなのだ。

 対する釜瀬は今にも椅子から飛び上がりそうな勢いで喜んでいた。


「よかったぁ。予習してきたけど、どこが誤植なのかわからなくてさぁ……」


「今回は前回に比べて誤植が多かったからね……、少し僕も手こずったよ」


 ——“誤植“。

 今、彼らの会話には“誤植“という言葉が出てきた。

 そうなのだ。

 この授業のいやらしいもう一つの点は、教科書に“誤植“が多いことである。


 SMH指定校は最先端の魔法の授業を学習できる分、教科書となる本はできたてほやほやのものが多く、内容は洗練されていない。

 そのせいで誤植は沢山あり、予習してくる生徒はどこが誤植であるか考えながら本を読まなければならないのだ。


 予習してきたとしても誤植に気付けていなかったら課題は一向に消化できないのだが、この老教師はそのことを了解している上でこのような授業形態をとっている。

 ちゃんと理解できているなら、“誤植“も見抜けるはず、という考えが根底にあるからだ。


 リンク人形に右隣に顔を向けさせた。

 りったんは熱心に教科書を読んでいる。

 それが理解できるかどうか。

 誤植に関していうならば、りったんは問題ないはずである。

 なぜならば……。


 すると、突然、りったんは目をパッと少し開いたかと思うと傍においてあった白い手袋を両手に装着した。

 5指がしっかり手袋の端まで入ったことを確認すると、よし、と一息ついて机の上に白い紙をおいた。


 両手を紙の上にかざす。そして美少女は目を瞑る。

 すると、手袋に何やら青白い線が浮かび上がり、その明滅は血管の如く拍動している。


 ——ドクン、ドクン、ドクン!!


 俺は息を飲んだ。

 青白い線は儚げに光るものの、その明滅はしっかりと地に足をつけて生きる生物の、心臓の拍動を想起させる。

 青白い線が消えては光り、消えては光る。

 それが3回目を迎えた時、卓上の紙にも変化があった。


 紙面上には微かな青白い点が直線的に並んで行き、複雑な図形を描いて行く。

 点の一個一個をよく見ると、それは一つの魔法陣を小さくしたものであるとわかる。


 青白い点は並び終わり、それは線となると光を強め、紙はその光をいっぱいに吸う。


 直後、紙は生を受けたかのように独りでに動き始め、青白い線を折り目として自ら折れた。

 紙はパタパタと目まぐるしく形を変えて行き、最後に残ったのは一角獣(ユニコーン)であった。

 

 卓上には一角獣(ユニコーン)の折り紙が、四肢をもって立っていた。


「できた! ねぇ、網島君! できたよ!!」


 りったんは喜び、嬉しそうにその卓上の折り紙を見つめていた。


「……おぉ、すごいな」


 ——俺はドン引きしていた。

 確かにこれは簡単な魔法であり、基礎ではあるものの、魔法陣の展開の仕方にはセンスが出てくる。

 その点でいうと、今彼女の行った全ての段階には無駄がなく、俺の目から見ると彼女はとてつもない才能の塊に感じた。

 そして一つの不安も生じた。


 ——もし、彼女は魔法に関して十分すぎる才能があるのならば、他方向からも彼女は狙われる可能性がある。


 俺はモニターを見つめながら、自室でため息を吐いた。

 天は2物を与えずといっていたが、彼女も例外である。

 容姿に才能、……そして秘めたる力。

 しかし、とここで思う。


 ——不幸で天恵のバランスをとっているのだとしたら……。


 彼女は様々なものたちから危険に晒され、不幸な人生を送ってしまう。

 それを防ぐためには他ならぬ俺が頑張るしかない。

 そのための俺の魔法だ。


 クラスの生徒たちも先ほどの幻想的な現象に流石に気がついており、息を飲んでいた。

 そして授業中であるというのに自分の課題そっちのけで、りったんの机の周りに一人、また一人と群がり始める。


「すごいですね……。どうやって作ったのですか? あんなの見たことないです!」


「頭いい! 莉子ちゃんって魔法も得意だったんだ! 私に教えてくれない??」


 そんな騒がしいクラスを叱ること無く、老齢の教師もまた珍しそうに近づいていった。

 そんな教師の姿に気づき、生徒たちは先生に道を開けた。


「……ムホッムッフォ、ありがたぃ」


 十坂先生は相も変わらず咳き込みながら近づいて行き、りったんと机を挟んで向かい合った。


「——少し見せてくれるかぃ?」


 そう言いながら老教師は一角獣の折り紙を手に取った。

 先生はメガネを持ち上げると片手に持った折り紙を見ながら、う〜む、と呟き、


「名前はなんだったかな?」


と、りったんに尋ねた。


「大園 莉子です。今日転校してきました」


「——転校生か。それは驚かされたわぃ、覚えておこう……」


 十坂先生は咳き込む前に折り紙を返した後、盛大にまた咳き込んだ。

 これでこの課題を2番目に解いたのは転校してきたばかりのりったんである。


 この噂は瞬く間に学校中に広まった。


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