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8、大事なのは理解度

  ——魔法陣一及び演習。それがこの授業のタイトルだ。


 誰もが魔法が使えるこの時代、魔法は生活の中に満ち溢れ、魔法を知らないものはいない。

 しかし、まだ魔法の歴史は浅い。

 未だこの“魔法”というのは、メカニズムがよく解明されていない代物でもある。


 現在使われている“魔法”の実態というのは、数十年前、古代の滅びた民族の遺跡から、“偶然”発掘された古代文字を解読し、それを実際に試してみると成功したところに端を発するらしい。

 よって魔法は古代の人間が自由に使えたものの、現代人にはまだよくはわかっていない、古代の技術(ロスト・テクノロジー)なのだ。


 しかし、そんな魔法の歴史にも転換期が訪れる。

 近年、エネルギー問題に悩まされ始めた先進諸国は、“魔法“という、資源のいらないエネルギー供給源を研究することで、様々な問題を解決できるのではないか、と考え始めた。

 そしてここで魔法を使うときに必要なエネルギー体系のことを魔力とし、魔法の研究に拍車がかかり始めた。


 それは教育の現場にも影響が及ぶ。

 先進諸国は魔法研究で遅れを取らないように、学校にも魔法の研究でわかった内容を逐一取り入れ、新たな学問として設置した。

 その中でも日本は、国の予算をふんだんにつぎ込み、魔法の先進技術を教えるSMH(Super Magical High school)指定校という制度を作った。

 それが俺たちのいる、“東明(トウメイ)高校”である。

 SMH指定校はその実績から、全国で片手で数えるくらいしかないとても人気の難関校であるため、東明高校も自然と難関校となっている。

 この高校は先進的な魔法の教育を受けることのできる、数少ない高校なのだ。


 現在でも魔法の研究は発展途上と言わざるを得ないが、法則性はなんとなく分かってきているらしい。

 その中でも魔法陣は魔法の基礎となる大事な分野であることがわかっている。


 そして今、俺たちの前にいる禿げたお爺さんはその魔法陣の教師である。


「——デバイスを配るぞぃ。各自一つとって後ろに回せぃ」


 お爺さんは机の列ごとに、年季の入った白い手袋をその列の数の分だけ置いていった。

 白い手袋といっても、正確には“白かった”手袋である。

 昔からこの手袋を使っているのか、手袋には年季が入っており、灰色に薄汚れている。

 生徒たちは前から送られてくるそれを一つ取ると、残りを後ろの机に回した。


 俺のところにも回ってくる。

 最後尾なので、よくこんなものがあったなと思うような、とびっきり汚いものがきた。

 ……先輩へ。後輩達のこと考えてますか??


「——グッ、ゴホッ……、あー行き渡ったか?」


 お爺さんは例のごとくむせながら辺りを見回し、デバイスと呼ばれる手袋が全ての生徒の元に届いたことを確認すると、


「それでわ教科書…… ん〜と十四ページを開いてくれぃ。そこに書いてあることが今日の課題だぞぃ。——それでわ演習始めぃ!」


と云って教卓の椅子に座った。


「いつもの如く、出来たものから休憩とする。わからない所があったら聞いてくれぃ」


 どっかりと腰を下ろした老教師は、いやらしくニヤリと笑うと、予習はして来てるんじゃろ? と小さな声で言った。


「——マズイな、よりにもよってりったんの最初の授業がタイゾーとは…… ついてないな」


 魔法陣の教師、十坂 田以蔵(トオサカ タイゾウ)だ。

 生徒の積極的に授業に取り組む姿勢を何よりも大切にしており、予習をしてこいといつも口を酸っぱくして言っているイメージがある。

 予習で教科書を読めば大抵のことは分かる、それが彼のモットーだ。

 それが災いして生徒には結構な労力をこの授業の予習にかけさせている。


 しかし、りったんは予習をしていない。

 これは彼女にとって、とてもかわいそうな状況である。

 タイゾーはもし授業中に課題をこなせなかったら、居残りをさせてなかなか帰らせてくれない教師だ。

 彼にとって、彼女が転校生というのは、居残りをしない言い訳にならないだろう。

 大事なのは()()()()()()()()()()。これに尽きる。


 アイドルをしているりったんは暇じゃない。

 魔法陣(こんなもの)に居残りなんてする時間はないだろう。

 この授業を切り抜けられるか不安に思った。


 普段、俺は真面目に授業を受けていない。

 大抵の授業は、リンク君人形に目立たないように適当にやり過ごさせている。

 よってクラスの授業中の雰囲気をあまり知らないので、辺りを人形に見回させた。

 画面に映る者たちは皆、予習をしてきているのかそれぞれ行動を始めていた。

 他人事のようにいうと、彼らはとっても忙しそうである。

 りったんはというと教科書を見つめて初めてみる文章を前に集中しているようだ。


「今日の課題はなんだ?」


 自室で一人で呟く。

 俺はリンク君人形に、教科書十四ページをタブレットで探させた。


「——ええっと、紙で折り紙を折る魔法? なんじゃそりゃ」


 教科書には“基礎:紙で折り紙を折る魔法”と題して、魔法陣を紙面上に展開することでものを折り曲げることができることの解説と、やり方が載っていた。

 俺は過去にも教科書を読んでおり、すぐに読み終わった記憶がある。

 適当に読み飛ばしてしまった内容の中に、そんな魔法もあったのだろう。

 魔法の基礎としては学んでおきたい内容だが、出来たとしても感動は薄いだろう。

 しかもこの課題、手で鶴かなんかを折ったら終わりなんじゃないか?


 そう思った時に、一人の少年が手をあげた。

 それに老齢の教師は反応し、名簿を確認する。

 老眼なのか、丸メガネを片手で上下させながら見ている。


「ほう、——うーんと、君の名前は土部勝男(どべ まさお)君かな? 質問かぃ?」


「はい。この課題を手で折ったものかどうかを判別できるんですか? でないと……」


「案ずるな、案ずるな」


 土部(どべ)、と呼ばれた少年の言葉を遮り、老齢の教師は自分の荷物から薬品を取り出した。


「掛けられた魔法と手順を判別する試薬を用意してあるぞぃ。だから余計なことは考えずに課題をこなしてくれぃ」


 そう言い終えると、老齢の教師はまたゲホゲホと咳き込んだ。

 なるほどな、ただの手折りの鶴なんかは簡単にバレるわけか。

 ——だけど、なぜ皆こんなに苦戦しているんだ?


 そう難しい魔法では無く、基礎中の基礎と言っていい魔法であるが、まだ魔法の起動をできているものは2、3人程度しかおらず、それ以外のものは魔法の起動を一旦諦めて教科書を読み直すものが多い。


 思い出した、この授業のいやらしいところは、不親切な先生以外にもう一つあったのだ。

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