微睡むー5
長くなりました。説明回です。
「君は、このセカイの事をどういうものだと思ってる?」
「夢。だな。でも普通の夢じゃない。」
「そう。何が違う?」
「現実みたいに自由に動ける。人に会ったり、会話もできる。一緒に遊んでやりたい事ができる。」
「その通り。」真琴は満足そうに頷いた。
「オーケー。そういう認識ね。じゃあ歴史からかな〜。」ホワイトボードに丸を付ける。
「正確にはわからないんだけど、今から約十年前に突然、人の夢が繋がり始めた。」
真琴は続ける。
「最初は誰も信じなかった。夢なんて曖昧だからね。偶然同じ夢を見ただけだって。そう思われてた。」
スクリーンを起動する。
「でも。」
真琴がパソコンを操作して映像を映し出した。昔のニュース映像だ。
曰く “夢で会った知らない人と現実で会った。お互いに夢で会ったことを覚えていて声をかけた。”
曰く “夢でお友達と一緒に遊園地へ行った。それを現実でもなんとなくみんなが覚えていた。”
曰く“夢の中でした知らない人との約束を覚えていた”
そんな見出しが並ぶ。
「段々と検証が進んで、やがて本当に日本中の人のゆめ繋がっていると分かった。そこから爆発的にユメの中の世界を利用する人が増えた。誰が呼んだかわからないけど、ユメセカイなんて名前もついた。」
悠真は腕を組んだまま聞いている。
「……それで?」
「問題はここから。」
スクリーンが切り替わる。病院の一室のような場所。モニターの電子音だけが響く中で眠っている人が映る。
「ユメセカイが広まるにつれて眠る時間が長くなり、夢に依存する人が増えた。その人達はユメセカイが楽しくなり、現実へ戻らなくなる。」
その単語だけ、真琴は真剣な声で言った。
「眠り病。」
「聞いたことくらいはあるでしょ?正式名称はまだない。から私たちもそう呼んでる。」
悠真は少しだけ表情を変えた。
「ニュースで見たことはある。でも、夢が原因なんて発表されてない。」
「そんな事あの頭固ーい政府のお役人なんかにできるわけない。証明できないしね。」
真琴は苦笑した。
「だから水面下で調査してるの。それが私の組織。NEST。」
ホワイトボードに大きく四文字を書く。
NEST
「ちゃんと国からも支援を受けてる立派な組織よ。」
「適当にやってるわけじゃないって事か」
栞が少しムッとした気がした。
悠真は気にせずに話題を変える。
「で?何で俺のところにそんな組織の人が来てるんだ?」
真琴の笑みが消えた。
「君を観測したから。」
「観測?」
「精神波。」
スクリーンへ脳波のような波形が映る。
「ユメセカイに入っている人間は特殊な精神波を出す。私たちはそれを観測できる。もちろん君の夢も。」
「勝手に?」
「うん。」
「おい。」
「ごめん。」
全く悪びれていない。
栞が小さくため息をついた。
「真琴。」
「はい。」
「そこはちゃんと謝るところ。」
「……ごめんなさい。」
「軽い。」
「反省はしてる!」
「してない。」
悠真は思わず吹き出しそうになり、慌てて咳払いした。
「……で。なんで俺なんだ?」
真琴はホワイトボードへ「Lv3」と書く。
「きみの精神波の観測結果はレベル3だったの。夢の中に自分だけの世界を作れる段階。」
「NESTがユメセカイにハマっている人を精神波の強さに応じてランク分けしたの。実際にユメに入ってわかってきたこともあるけど…」
どんどん書き出してくれる。
「ただユメセカイを使っている人達はレベル1。大多数の人はこのレベル。問題はほとんどない。」
「次にレベル2。たまーにユメセカイにいると思うんだけど、ペットとか架空の彼女とか他の人には見えない何かと話したり遊んだりしてるのを見た事ない?その人達がレベル2。自分のイメージ通りの物を作っちゃう。ただし、このレベルで作った物は他人には見えないし、影響もない。」
「次がレベル3。ここからが危ない。文字通り自分のセカイに入ってしまうユメセカイ内に別空間として自分の理想のセカイを作ってしまうんだよ。だいたいここまで来る人はユメセカイの方が現実よりいい人だから、段々と現実では無気力になり、睡眠時間が増える。夢から出たがらなくなって、そのうち起きられなくなる。」
悠真は眉をひそめる。
「危険なのはわかった。でも俺は毎日起きてるし、生活している。夢の方が楽しいのは確かだが…」
「そう!」
真琴は指を立てた。
「そこがおかしいんだ。君はレベル3クラスの精神波を出しながら、普通に生活してる。しかも…」
澪を見る。
「創った存在に自我がある。その上、澪ちゃんは作られたのをわかっているし、ここが夢なのもわかってる。」
「私たちが今まで見てきたレベル3で作られた人や存在…人だったら〈夢人ーゆめびと〉って呼んでるんだけど、自我なんて存在しない。せいぜい決められた数パターンお話ができたり、動いたりするレベル。その夢の主人がいればもう少し変わるけど違和感はでる。」
「なのに澪ちゃんは受け答えをして、お茶を入れて、本を呼んで過ごしている。しかも夢の主人がいない時に。これは私たちが見てきたもので言えばありえない。だから面白いんだよ。」
「後ね、きみはおそらくレベル4だ。」
「はぁ?」
「昨日私たちが攻撃した時に、家や瓦礫を動かしたり夢の中の空間を移動しただろう?極みつけは変身かな?自分でやっただろ?」
「…色々動いてたな。でも自分のセカイなんだからそのくらいできるもんじゃないか?」
「それができないんだよ。レベル3だと自分の理想のセカイを作れるからある程度不思議空間にはなる。でもね、レベル3では現実を越えられない。現実以上の事はできないんだ。自分のセカイを自由に動かしたり変えたりできるのはレベル4になるんだよ。」
「ちなみにレベル4になると、普通はもう起きない。植物状態に近いかな。生きてはいるけど、ずっと寝てる。世間で眠り病って呼ばれてる人はほとんどレベル4。」
「確かに昨日は色々動いてたけど、そんな事俺にはできないぞ?今軽く念じてみても何も起きない。変身は確かにあの時できるって思ったけど、セカイを動かすなんてできないぞ?」
「うん。きみは何も知らなそうなんだよね。でもね、私たちが見ていて思ったことを言わせてもらうと…」
栞が静かに言う。
「昨日、世界を書き換えたのは澪ちゃんだった。」
部屋が静かになる。みんなが澪を見る。
澪はきょとんとしていた。
「私?」
「気付いてなかった?」真琴が優しく尋ねる。
澪は困ったように笑う。
「お兄ちゃんが危ないって思ったら……。」
「気付いたら壁が動いてた。」
真琴はホワイトボードへ大きく丸を書く。
「これ、理論上あり得ません。夢で作られた存在は、自我を持たない。まして自分で世界を書き換えるなんて。だから詳しく調べたら…」
悠真は黙ったまま澪の頭を撫でる。
「……澪は澪だ。それでいい。」
その言葉を聞いて、栞はほんの少しだけ目を細めた。
真琴は何かを言いかけたが、口を閉じる。
研究者として聞きたいことは山ほどある。それでも今は、兄妹の間に踏み込むべきではないと判断した。
静かな空気の中、真琴はホワイトボードを裏返した。
そこには、たった一行だけ書かれていた。
**『お願いがあります。』**
真琴はまっすぐ悠真を見つめる。
「私たちと一緒に、眠り病の人を助けてほしい。」




