【第4話-三年生の始まり】
長い春休みが明け、三年生になって初めての登校日にアリスは期待とともに少し心配している事があった。
それは学園トップ3の内の一人である、ルーフ・オルトスに罵声を浴びせられることだ。
アリスは『魔術の加護』という強力な加護を持っていながら落ちこぼれている、名門ミラージュ家の娘といっても落第寸前の事実に変わりは無い。
そんな名家に生まれながらも落ちこぼれているアリスを、陰で馬鹿にする者は名家の人間でなくとも多くいる。
だが、それとは反対にルーフは、アリスと同じく名門オルトス家の人間のため、アリスとの身分は大して変わらない。
だからこそ、ルーフは直接アリスを馬鹿にしてくるのだ。それも毎日のようにしつこく…。
春休みに入る前で一番最後に浴びせられたのは、
「二年生ももう終わるっていうのに未だに実技単位0とか…君、卒業できるの?」
みたいなものだっただろうか。
彼の嘲笑うような声であれば、脳内再生がほどには頻繁にアリスの心を抉ってくる男。
心の弱いアリスにとっては、そんな小さな言葉でもグサグサと心臓を撃ち抜かれている気分になる。
ルーフと再会するのは嫌だけれど、それと同時に久しぶりに唯一の親友と会えることが楽しみでアリスは複雑な気持ちのまま学園の寮を出た。
* * *
アリスがせっせと急いで寮を出ると、寮のすぐそばに見覚えのある一人の女の子の姿が見えた。
そこには、綺麗な紫色の目に、ココアを思い出させるような茶髪でショートヘアの少女が佇んでいた。
「おーい!こっちよ、アリスー!!久しぶりね!」
アリスに声をかけて来た少女は、手を振りながらこちらに近付いてくる。
その女の子は、アリスの数少ない幼なじみで、唯一の親友…クラリス・ロンドだ。
アリスは、親友との久々の再会に胸が弾み、自分の頬が少し緩み始めているのにも気付かずに足早でクラリスの元へ駆け寄っていった。
「おはようクラリス、久しぶりね!いつも早起きの苦手なクラリスが、私より先に身支度を済ませてるなんて思わなかったわ…!」
いつも寝坊してアリスを待たせているのに、今日は違和感しかない。早起きの理由を少し考えてアリスは、ひとつ問いかけた。
「…ま、まさか春休み中に彼氏でも出来たの?」
「── んな訳ないでしょう!馬鹿小娘!」
見当違いの回答に、思わず苦笑したクラリスだったが、そんなアリスの失言を予想していたかのように、クラリスはすぐに機嫌を直し、ニヤニヤとした顔でアリスに返答する。
「ふっふっふー!実は私ね、あと少しで大精霊との契約が許されるの!次の誕生日が来たら18歳になるからって!」
そう答えるとクラリスは自分の右手を見せつけた。
その右手には、大精霊との契約に必要な紋章が刻まれていた。春休み前まではなかった物だ。
アリスも、クラリスから少しは聞いていたが、想像していたよりもかなり立派なものだった。
クラリスのいるロンド家は代々『精霊の加護』を受け継いできた名家で、大精霊との契約は、精霊の加護を持つ者にとって最大の名誉だ。
待望の大精霊との契約を待ち切れない様子のクラリスは、その瞳が星のようにキラキラと光り輝いているように見えた。
アリスはそんな少女に、祝いの言葉をかけるために向き直り、
「それ、ほんと!?クラリス、ずっと大精霊との契約ができる日を楽しみにしてたもんね!!いいなー!」
クラリスは「ふふっ」とだけ言って微笑み、少し間を空けてアリスに問いかけた。
「そういうアリスちゃんは、春休みに何かしたのかい?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべてこちらを伺ってくるクラリスは、まるで可愛い小悪魔のようだった。
そんな小悪魔に向けて、アリスは返答をしようとするが…
「春休みは、えっとね…私は……あれ、何したっけ」
「待って、嘘でしょ、流石に記憶力低下しすぎじゃない?」
そんなクラリスの的確な指摘を「あはは…」とはぐらかしたアリスは、すぐに、ふと閃いたように「あっ!」と声を上げた。
「思い出した!えっとね春休みは…」
「料理をしてみようとして、卵焼き作って失敗してお母さんに怒られたのと、買い物の手伝いをしようとして、買う物の書かれた紙をなくして、何も買わずに家に帰って怒られたのと……」
「待って待ってアリス、今のところ全然春休みらしい楽しい思い出の情報が見当たらないんだけど?」
「えっ、でも楽しかったよ?」
「えぇ…?まあアリスがいいならそれで良いんだけど……他には?」
「えぇと、あとは…何だろう…あっ!そういえば氷牢を覚えたよ!」
すると、クラリスは何故か急に師匠面になった。
それもそのはずで、理由としてはクラリスが氷魔術に適性があるという点である。
「ほぉほぉ、氷の上級魔術、氷牢ですかぁ…うちの子も成長したもんだねぇ、私ゃ魔術式を理解して覚えるだけでも七日間はかかったよ」
「──えっ、普通って一回読めば大体分かるものじゃないの?」
思いもよらぬ言葉に、早速師匠面が崩れた。
「流石アリス…魔術式に対する理解力だけは、昔からめちゃくちゃ高いもんね…」
そんな他愛もない日常の会話を交わしていた二人だったが、ふと目の前の建物に掛けられた、大きな時計の指針が指す時間を見て、一瞬で青ざめた。
「あっ!いけない、遅刻しちゃう!急ご!」
クラリスも「そうだね!」と答え、二人は急いで学園に向かった…。




