第17章:まがい物の館
昼を過ぎても、どこか重苦しい空気に包まれた、ノルム・ドレスト前補佐官の館。
私は応接間の隅で、リアナの聞き取りを黙って見守っていた。
「茶葉は、いつ開けられたものか覚えていらっしゃいますか?」
声は柔らかいが、言葉の選び方は鋭い。
「封が最近開けられたような跡があったと、台所の方が……」
ドレスト夫人は、かしこまった姿勢のまま、少しだけ首を傾けた。
「ええ、確かに。あの棚は普段使っていないのですが、先週、掃除をした際に、袋の口が妙に整っていたのを見ました。使ったあと、誰かが丁寧に閉じ直したような感じで……」
リアナは頷きながら、手元の紙に何かを書き込む。
「そのとき、他に気になることは?」
「洗濯物が、少し増えていたような気がします。あと、洗濯籠の中に、見覚えのない下着が混ざっていて……素材も折り方も、私たちのものとは違っていました」
リアナは頷き、視線を紙から外す。
「ちなみに、衛兵の方々は、最近どのくらいの頻度で館に出入りしていましたか?」
「ええと……先週は三度ほど見かけました。いつも決まって夕方に来て、帳簿の束を持ち帰っていたような……」
「帳簿?」
「はい。この辺りの商店の売上記録です。館の者がそれを集めて、衛兵に渡していたと聞いています」
視線を移すと、横では王子が家人たちに聞き取りをしている。
当然、聞かれる側は皆、がちがちに固まっていた。
使用人などは、厳つい拳闘士の圧と口元をはらした魔術師の放つ殺気に耐えきれず、目も合わせられない。
かわいそうに、とミレイユは思う。
あれでは、まともな答えは期待できないだろう。
怪談とやらの中身はよく知らないし、興味もない。
だが、午後はリアナに張り付くという方針である以上、勝手に離れるわけにもいかない。方針を決めた当人は、ここにはないのだが。
「まあ、王子たちの護衛もいますし、あまり多すぎるのも良くないので」
なぜ同行しないのか、の質問にハルトはそう答えた。
代わりについたのは、このロブという男。
確かに装備は他の護衛に見劣りしないが、歩き方も、視線の配り方も、頼りないというか場慣れしていない素人の様な印象を受ける。
これではどちらが主かわからない。
……いや、どちらにしろ主はエーデル伯で、まがい物の貴族には似合いの役回り、というところか。
いけない。頬を両手で挟む。
私は私だ。負けるわけにはいかない。ハルトにも、リアナにも、自分にも。
「ということで、ここまでの証言や詰所の記録を総合した結果、ドレスト郷が衛兵を使って、管轄の商店や食堂から非公式な取り立てを行っていた、という構図が見えてくるわけだけど」
関係者が退出した後、リアナの言葉に、アルウェルが身を乗り出す。
「悪質な横領じゃないか。すぐエーデル伯に…」
「待って」
リアナは静かに制した。
「まず突き止めるべきは、彼らが最後に立ち寄った場所よ」
「最後に?」
「ええ。彼らが死ぬ、みんなの認識から消える前に、”徴税”しようとした店…」
私は、リアナの横顔を見つめた。
言っていることは半分もわからなかったが、その目は、すでに次の場所を見ているようだった。
昼の光が届かないほどに暗い店の奥、水盤の表面には、ドレスト邸の応接間がぼんやりと映っている。
見覚えのある顔ぶれだ。アルウェル王子にその婚約者、護衛の男たち――歪んだ鏡のように揺れながら、その動きが水面に浮かんでいた。
「確かに。間違いなさそうだな」
隣に立つ男が、手にした鱗と護衛の一人を見比べながら呟いた。
シフリンの部下の複製体。外見は人間と寸分違わないが、目の奥には何もない。
男は懐から、ずっしりと詰まった袋を取り出した。
「報酬だ」
私は袋を受け取りながら、空っぽの瞳を見返す。
「こういうものよりも、早く帰れるように、殿下からお口添えいただけませんか」
「それは今後の首尾次第だな」
男は、影の中へと滑るように消えた。
残された空気は妙に冷たく、術の余韻だけが奥に漂っている。
「給仕の一人でも増やせるか……」
誰に言うでもなく、ぽつりと呟いた。
その声は、静けさに吸い込まれるように消えていった。
*前々回に書き忘れましたが、ガルドの職業名を変更しました。




