たぱすた
「タ・パスタです。パスタを焼いたお菓子です。美味しいですよ」
要するに、トランプを使ったマジックと見せて、実は珍しい、おつまみをカウンターに出しただけのことだった。
だが、この一連の出来事で、女達は当初の目的を忘れてしまっている。
彼女達は青井を捕まえる為に乗り込んで来たはずなのに……。
「あらっ、おいしいじゃない」
夏樹が最初に手を出して食べ始めると、冬美もスティックを手に取った。
「バジル風味ね。なかなかイケるじゃない。マスターが作ったの?」
「市販品です。コンビニで買えますよ。ビールやワインのおつまみに合うんです」
「みんな、ずるーい。あたしにも、ちょうだい」
秋奈が遠慮なく口を挟んで要求した。
「いいわよ。……はい」
真ん中に座った冬美が、秋奈に手渡してやっている。
そんな話題で、しばし過ぎたが、冬美が事の発端を思いだしたようだ。
「してやられたわ。マスターが逃がしたのね?」
冬美は、強く責める口調ではなく、穏やかに言った。
やっぱり、そこへ来たか……と、僕は思った。
青井を逃がす為に、次々と目まぐるしいまでに、意表をついて女達を眩惑する、マスターの作戦は成功した。
青井が逃亡する為の時間かせぎは成功した……それだけではない、下手をすれば器物を壊され、修羅場と化す最悪の事態を見事に回避させたのだ。とは言え、その後に、女達から責められる事も当然、予想できた筈だ。
マスターは何と答えるのだろう?
マスターはカウンターから出て、秋奈に近寄った。
「秋奈さん、ちょっと、その犬を……いいですかな?」
「ええっ? もう? もっと抱いていたいのに」
マスターは、秋奈から子犬を受け取り、そのまま冬美へ抱かせた。
「あらっ!」
冬美は驚いて声を発したが、嬉しそうに子犬を抱いている。
「この子犬は、青井くんから預かったのです」
「えっ? そうなの?」
「あなた達の共通点は、いずれもキュートな美人で、しかも犬が好きな点です。違いますかな?」
「ええ、たしかに犬は好きだけど……」
「彼があなた達と親しくなった決め手は、犬の話題ではなかったですかな?」
「あっ、そう言われれば……そうかも? あたし、この前、ペットショップに一緒に行ったもの」
秋奈が応じた。
「あっ、あなたも?」
夏樹が秋奈へ視線を向けた。
「なあに? じゃあ、あなた達も【ぺトランド】へ連れて行かれたの?」
冬美が、秋奈と夏樹に交互に確かめると、彼女達はうんうんと頷いている。
マスターは、カウンターの中へ戻り、煙草に火を点けてから告げた。
「彼と過ごした最初の夜を思い出して下さい。恐らく、彼の、犬のような舌使いに、あなた達は参ってしまったのではないのですかな?」
「えっ?」
マスターにしては、下世話な話を持ち出したものだ。
「彼の技に、腰は自然に持ち上がり、ベッドの上で、のた打ち回ったのではないのですかな? あるいは、そこは、もっと、こうやるのよっ! などと奉仕させたり、しませんでしたかな?」
「マ……マスターったら……」
女達は一様に顔を赤らめている。
「その子犬は、捨て犬で、公園の入口で震えていたそうです。彼は、見捨てて置けずに、ここへ連れて来たのです。優しい男だ」
なるほど。巧みな会話の技術だ。
「マスターが逃がしたのね?」との詰問には反駁せず、それを受け流して、別の切り口で切り返した。老練とは、このことだろう。
「私は嘗て(かつて)青井くんに一つだけ、言ったことがあります。それは……」
マスターは言葉を選びながら続けた。
「成り行きで、女を怒らせることはあるかも知れない。だが、悲しませてはいけないと」
マスターが、そう語った時、僕は、アッと思った。
なるほど、彼は何人もの女性を怒らせた。
しかし、泣かせてはいない。女性を悲しみに暮れるような目に遭わせてはいないのだ。
僕は、つい、さっきまで、青井はサイテーな男だと感じていたのだが、マスターの話を聞いていると、なかなかイイ奴だと思えて来るから不思議だ。
「冬美さん、私の知る限りでは、青井くんと一番、付き合いの長いのは、あなたではないですかな?」
「えっ? そうなのお? あたしは、他に女がいるなんて知らなかった」
秋奈が声を上げたが、それは冬美も夏樹も同じ思いだったに違いない。
「マスターは、知ってたのよ。あたしが一番なんですって。これで解ったでしょ?」
冬美は、秋奈と夏樹を交互に見た。
「古い順番で一番なんでしょ? ねっ! そう言ったのよねマスター?」
秋奈は、妙に食い下がり、対抗心を露わにした。
「私は、付き合いの長いのは、と言ったのです。古い新しいではない。私が話そうとしたのは……」
マスターが言いかけた時、ギイッと音が響いた。




