カフェロワイヤル
「まーっ、かわいーっ! ちょっと、あたしにも抱かせて」
秋奈が、冬美と夏樹の間に割り込んで子犬に手を伸ばした。
女という生き物は、小さくて弱いものを可愛がり、育てようとする本能が強いのだろう。
子犬に気を取られて、彼女達は青井が逃亡したことに、まだ気づいていない。
だが、僕は知っている。
マスターがブレーカーを落として、青井を裏口から逃がしたことを……。
「あっ、正樹は?」
ようやく気づいたようだ。
「ねえ、マスター……正樹は、どこへ行ったの?」
夏樹が問いかけた。
「おやっ? そう言えば……」
マスターは店内を見回しながら上手に、とぼけている。
「あっ、勝彦のヤツ、逃げたわね!」
冬美は、青井が姿をくらまして既に店内に居ないことを、いち早く察知したようだ。
「ええっ? そうなの? ジョージは、どこに……? まっ、いいっか。ねえ、おチビちゃん。あなたの、お名前は、なんでちゅかあ?」
秋奈は、気持ちの切り替えが早い女のようだ。目の前の子犬に夢中になってしまっている。
「あなたは、フワフワで可愛いいでちゅねーっ」
子犬を入れたのだって、マスターの仕業に違いないのだ。
なんという機敏な機転なんだろう。
窮地に追い詰められた青井を逃がす為に、こんな方法があるとは思わなかった。
僕はマスターの知恵を仰ぎ見る思いだった。
「さあ、お待たせしました! 停電のお詫びに、カフェロワイヤルをどうぞ」
マスターは、僕の前にコーヒーを置いた。
小振りのカップの上にスプーンが渡してある。そしてスプーンの上には角砂糖が乗っていた。
「えっ? なに? マスターも、あなたも【怪盗】ゲームやってるの?」
秋奈がロワイヤルという言葉に反応して僕に訊いて来た。
「え、ええ。僕も怪盗ゲームをやってますけど……でも、これは違うみたいです」
「なにが違うの? あっ!」
秋奈が問い直して来た時、急に暗くなった。
「きゃっ!」
「な、なに?」
彼女達の声が店内に響いた。
またしても、マスターが照明を調節したのだ。
しかし、今度は光量を下げただけで、真っ暗ではない。
マスターがマッチを灯して、それを角砂糖に近づけると、薄青い炎が立ち上がった。
角砂糖が燃えている。
「わあっ! なにコレ!」
「きれい……」
「これが、カフェロワイヤルです。ささっ、きれいどころの、お嬢さん方の分も、こちらへ用意しました。こちらへどうぞ」
マスターは女達にカウンター席へ座るように促した。
「さ、いいですか? このカップをデミタスカップと言います。デミとは半分の意味です。こうして先端部にひっかかりを設けた専用の器具、ロワイヤル・スプーンを渡します。
ここへ角砂糖をひとつ乗せます。そしてブランデーを注いで染み込ませる」
マスターは説明しながら、作り方を実演してくれた。
「そして、角砂糖に火をつけ、まず青い炎を見て楽しむのです。きれいでしょう。溶けかけたところで、コーヒーに落とし、かき混ぜて飲むのです」
マスターは僕にそうせよと指し示した。
「あ……は、はい」
「これは、部屋を暗くした方が、より炎が美しく見えます。雰囲気も出ます。だから照明を抑えました」
マスターはマッチを擦り、次々に火をつけて、炎を並べた。
その手際の良さに感嘆し、僕等は魅入った。
マスターは明かりの光量を元へ戻した。
「あっ……おいしい」
女達は、カフェロワイヤルを玩味しながら、顔を見合わせ、笑顔で頷き合っている。
「ちょっとしたマジックのようなものをお見せしましょう」
マスターは、そう言ってカウンターの下からトランプを取り出した。
「さあ、いいですかな。まず、これをシャッフルします」
マスターは器用にシャッフルしたのち、裏返しに置かれたトランプのトップカードを左手で取り、ゆっくりと差し上げて行く。
何が始まるのか?
僕等はトランプを注視した。
マスターはカードを爪で弾き、パンッと音を響かせてから、くるんと反転させた。
ハートのエースだった。
マスターは、そのカードをゆっくり元へ戻して行く。
すると……
「あらっ? なに? これ!」
トランプの脇に、カクテルグラスが現れ、中には見慣れぬ物が方円状に並べられて入っていた。
細いスティック状の、おつまみらしい。
「たぱすたです」
「えっ? なんですって?」
その言葉を聞いた時、最初は僕も意味が解らなかった。




