第十話:屍人
「残念ね。ラズ、貴方優秀だったのに」
デネブは、白衣を脱いだ男に話しかけていた。
ラズは隣にいた、助けた男の肩を軽く叩く。
「手筈どおり動けよ、任せるぞ。ネロ」
ネロはポーチから瓶を取り出し、飲み干した。口元から赤黒い液体がこぼれ落ちる。
誰かはわからないが、「龍血」と言う小さな声がした。
「ああ、やっと狩りができそうだ」
ネロの瞳孔が開き、額の血管がはち切れそうなほど浮き上がる。どこか満たされた表情だった。
ネロは引きずっていた男を手放し、腰に付けていたフォルカタを二本抜く。同時に、その姿が掻き消えた。
人間離れした速さで一番近くにいた冒険者へ迫り、首が宙を舞う。
ネロは負傷した冒険者を狙い、距離を詰めた。
デネブは杖を振り、呪文を唱えた。何も起きない。
近くにいた護衛の二人がデネブを庇うように立ち、周囲を固める。
「どういうこと……?」
デネブの嘆きと同時に、ネロがミスティアへ向かい走りだした。
ハクはネロの前へ飛び出し、ネロの口角を上げ斬り込む。
ハクが正面から短剣で器用に受け止めるも、ネロの力に押し負け、握っていた片方の短剣が弾き飛ばされた。
ネロは首筋へ斬撃を放ち、ハクは紙一重で回避するも、ネロの蹴りを喰らった。
ハクは後方へ崩れ込みながらナイフを投擲するも、ネロは気にせず前へ踏み込む。
ハクは身体をねじり、ネロの腰についた薬瓶の入ったポーチを蹴り飛ばした。
「おいおい、俺のお気に入りだぞ。」
「その液体、どう見てもやばいよね。」
ネロは笑みを浮かべ、ハクへ斬撃を何度も浴びせ続けていると、近くにいたフォルが怒号を上げた。
「上から魔道士の攻撃が来るぞ! デネブ、何やってんだ!」
フォルの声とほとんど同時に炎の雨が降り注ぎ、後退を余儀なくされる。
ハクを残し、皆が周囲の物資の影へ身を潜めた。
デネブが指さし、フォル達へ指示を飛ばす。
「魔法を阻害されてる! アイツら、なんとかしないと、まともに魔法が使えない!」
デネブが指さす先には、3人の魔道士を守るように陣形を組んだ連中がいた。
彼らが守る魔道士の1人が炎を放ち、こちらの隠れ場所を削り続けている。
フォルは一度目をつぶり、後方の物資に頭を打ち付ける。
(落ち着け.…それに俺がへこたれるわけにはいかねぇ)
心臓の高鳴りが自身でも感じられる。でも、昨日ネームドに比べれば、まだ抗えられるどこか、安心感が感じられる所詮は相手も人間だと。
物陰から飛び出し、魔法の雨が降り続く中全速力で走り出した。
それを見た槍を持った男も続けて後を追う。
アリアも一足遅れて走り出そうとする。その時、腕を引っ張られ突き飛ばされた。その場を入れ替わるようにディーンが盾を構える。
「なんだ? 相手してほしいのか?」
ラズはディーンの盾へ拳を叩き込む。
威力を相殺し切れず、ディーンは軽々と吹き飛ばされ、後方にあった資材の箱へ叩き付けられた。
ディーンの頭が一瞬、真っ白になる。
無理だろ。
諦めに近い感想と後悔が、頭の中で溢れ出した。
腕は痺れ、肋に痛みが走る。
動きたくない。そう思うが、ラズはそれを許さない。
ラズが距離を詰め、足でディーンの顔を踏みつける。
ディーンの頬を掠め、間一髪で回避するも、地面のコンクリートに軽々とヒビが入る。
「兄ちゃん、大して強くねえんだから、さっさと死んでくれないか?」
「はは……確かに、勝てる気がしませんね」
ディーンの盾には、拳の跡がくっきり残っており、ラズが踏んだ地面はえぐれている。
魔力なしでこの威力だ。魔力で補強されたら、少なくともディーンは即死する。
ディーンは恐怖で発狂したくなるが、平常心を保つため深呼吸をする。
ふと、足元の壊れた箱からこぼれ落ちた物に目がいった。
盾を構えたフリをして、ラズから見えないようにしながら、拾い上げた。
やるしかない。
周囲の敵を見ても、明らかにラズとネロは頭一つ飛び抜けている用に見える。
こいつをどうにかして動けなくしないと、不味いのだけはわかる。
ディーンは盾を構え直し、なけなしの魔力を付与して強度を上げた。
覚悟を決めてラズへ突進する。
ラズは面白そうに高笑いし、ディーンを正面から迎え撃った。
右拳で綺麗にストレートを入れると、盾を貫きディーンの胸へ迫る。
考えなしに突進したわけではない。目眩ましになればいい。それだけのために走ったのだから。
ディーンはピンを投げ捨てると、小さな金属がアスファルトで跳ねる音がした。
「なんだ?」
ラズの疑問は白い閃光と爆音にかき消される。
ディーンは爆風で再び吹き飛ばされ、地面へ叩き付けられる――はずだった。
何かに受け止められた。
「馬鹿じゃないの! 無茶しすぎ」
アリアがディーンの背中を支えるように受け止めていた。
「ゲホッ……いや、剣でどうにかなる体付きじゃないしさ……ああでもしないと死なないでしょ。」
その時、燃えている物資が勢いよく周囲にぶちまけられた。
「おいおい、勝手に殺さないでくれよ。なかなか覚悟決まってんじゃねえか」
ラズが燃え上がる炎の中から、平然と出てくる。
先程まで服で隠れていた地肌が見える。明らかに不自然だった。
焼けた服の下から、金属でできた身体がのぞく。
首から下にかろうじて、金属と肉体の繋ぎ目が見える。人体の構成をそのまま金属へ作り替えたような、精巧な身体。
「屍人……」
ディーンは小声で嘆き、起き上がる。
隣ではアリアが武器を構えるが、剣筋が小さく震えているように見えた。
ディーンは吐きそうになった。
屍人は肉体のほとんどを金属に置き換えている――その話だけは耳にしていた。
異常に硬い肉体で周辺国家と全面戦争を起こし、渡り合っている化け物。
「悪いな。そう簡単には死なねえ身体に作り替えたんだわ」
ラズは燃える衣服を気にせず、崩れた物資をどけると走り出した。
ディーンが慌てて剣を盾代わりに構えた、その時。
大柄な男が飛び出し、身の丈ほど巨大なケースを力任せにラズへ叩き込んだ。
ケースが開き、中から巨大なハンマーにチェーンを巻き付けた武器が顔をのぞかせる。
男はそれを取り出し、勢いよくラズの脇腹へ振り下ろした。
ラズは後退する。
「選手交代だ。ここからは俺が相手する」
デネブの護衛の一人。腕が丸太かと思うほどの剛腕を持つ男だった。
護衛の男は武器を地面へ叩きつけると、息を吹き返したかのように轟音が鳴り、徐々に武器が熱を帯び赤く染まり始めた。
ラズは横腹を擦りながら、護衛の男を見返す。
「その馬鹿でけえケース、気になってたんだよ……旧式の屍人武器か。良いねえ。その骨董品、大事に貰ってやるよ」
護衛の男は首を鳴らす。
「黙れ、クソ野郎。お前みたいな模造品には勿体ない代物なんだよ」
護衛は愚痴を言いながらも、ラズ目掛けて武器を振り回す。
武器の熱気で、通った周囲の地面が溶けはじめる。
攻撃を受けるラズは、先程と違い表情に余裕がない。
すると二人の後ろに、デネブが近づいてきていた。
「アリア、貴方はフォルの助っ人に行って。ディーン、貴方はラズへの対処を手伝いなさい」
アリアは頷き、様子をうかがいながら駆け出す。
近くに隠れていたミスティアが弓でアリアの援護を始めた。
ディーンは自分の状況を確かめる。
胸に入れていた金属板はひしゃげ、盾は穴が空いて使い物にならない。
痛みが薄いのは、アドレナリンのせいだろうか。
「自分じゃ、傷一つ付けられませんよ。どうすれば.…」
「私の魔法が使えれば良いんだけどね。でも、あの武器は燃費が悪いの。意識を逸らして援護するだけでいいから」
デネブは言うだけ言って、ミスティアと、もう一人の護衛の女がいる所へ戻っていった。
護衛の男とラズの方を見る。
二人の周囲は熱気で、少し霞んで見えた。
(あんなの、どうやって援護しろってんだ)
ディーンは周囲を見渡す。
使えそうな物がない。何も思いつかない。
とにかく盾の代わりになるものはないかと。
その頃、弓を射ながらもミスティアは悩んでいた。
自分は魔力操作が上手くできない。ただ放った矢では大した威力にならない。
市販の魔力が付与された矢も、本数に限りがある。
この場で全員に役割がある中、自分だけ浮いてしまっている。
無力感が胸にくる、もどかしくなってくる。
「あああ……もう!」
思わず声が出てしまう。
「落ち着いて、弓の腕は良いんだからできることに専念しな」
突然声をかけられ、振り返る。
隣にいたのは、デネブの護衛をしている女だった。
女はどこから取ってきたのか、矢筒をミスティアの隣に置いた。
「とにかく、矢でお友達を援護して。貴方とデネブに近づいてきた奴は、私に任せな」
ミスティアは頷く。
敵の数が一番多い、フォルのいる方面へ矢を放ち、一人の剣士の気を逸らした。
その隙を見逃さず、フォルが剣士の利き腕を斬りつける。
周囲には十人ほどいる。服装からして野盗に近い。
彼らが守る魔道士は三人。
幸いにも、デネブの魔法阻害に忙しいのか、魔法は放ってこない。
「こいつら強いし、この人数に二人は難しくないか!」
背中を任せている槍の男の動きを感じ、フォルは体勢を低くして位置を入れ替え、敵を少しずつ削っていく。
「あんた、良いな! こんなに動きやすいの、初めてだよ!」
槍の男は槍を回転させ、好き勝手に暴れ回る。
フォルはその動きに合わせ、ひたすらカウンター狙いの防御へ徹していた。
相手は人数が多いものの、槍の男の間合いとフォルの防御を抜けられない。
幸い、この場に遠距離の手は見えない。
ただ、体力を温存し、二人の呼吸が乱れるのを待っているようにも見える。
(このままやと不味いな。流石に限界があるで……)
考えていると、こちらに気を取られていた野盗の一人の胸に、背後から剣が突き立った。
その背後から小柄な人影が見えた。
フォルはアリアが来たことを理解した。
彼女のスピードはフォルには到底マネできない代物だった。獣人の身体能力を活かし、手当たり次第、身の丈ほどの剣を力任せに振り回している。
同時に周囲に稲妻が走り、火花が散った。
周囲を囲んでいた野盗の連携が乱れる。
デネブが呪文阻害を抜け、魔法を放ったらしい。
理屈はわからない。
ただ、三人相手のアンチメイジに対して魔法を使えるデネブが、並の魔道士ではないのは確かだった。
乱れた盗賊達の連携を、フォル達は一気に崩しにかかる。
フォルは槍男の背中を肘で突き、アリアの元へ走り出す。
近くにいる敵は2人。
フォルが目視した時には、男の胸にやりが突き刺さった。
「おっさん!肩貸せ!」
フォルは足を止めると、右肩に衝撃が走る。
軽々と自身を足場にして男は飛び越えると、呆然としている野盗へ飛びかかり、地面へ叩きつける。
男は片手を上げ、指を鳴らすと、野盗の胸に刺さっていた槍が消え、瞬時に男の手元に現れる。
「高そうな武器やな!」
フォルは先程まで胸に槍突き刺さっていた野盗にとどめを刺す。
槍の男は少しニヤける
「値は張ったけどよ。これを呑み屋でやると女受けが良くてよ。良い買い物だったぜ。」
アリアは呆れた顔をして、2人に近づいた。
「馬鹿じゃないの?」
「酒の席限定なら、ちょっと考え物やな〜」
「うるせぇ。嬢ちゃん好きに暴れろよ。援護してやる!」
魔道士を守るように立っている野盗が残り八人
アリアは、正面から突っ込み力任せに剣を叩きつける。
槍の男は苦笑いしたように見えたが、繊細な動きで相手を翻弄し、アリアの隙を魔法で障壁を張り、的確に援護し野盗の仲間を近づけないよう立ち回る。
砦の前でアリアを痛めつけたことに、フォルは思うところもある。
今は心強い。削り切れる。
――そう思ったのも束の間だった。
突如、槍の男がアリアの足を石突で引っ掛け、転ばせた。
そのままアリアを庇うように野盗の攻撃を受け止める。
すると脇腹に、投擲されたフォルカタが刺さった。
フォル達が助けた男、、ネロが持っていた武器だ。
ハクが負けたなら、かなり不味い。
その考えが一瞬よぎる。
2人の援護へ向かおうとするも、フォルの行く手を遮るように、野盗の一人はアリアや槍の男に目もくれずフォルへ向かって走ってくる
フォルは身構えると同時に、矢が飛んできて思わず剣で弾く。
何かがおかしい。
本能が告げていた。
フォルはたまらずバックステップをすると風を切る音がした。
武器をその方向に構えると重い一撃が入り、更にアリア達から引き離された。
何も見えない。ただ、魔法ではなく金属ぶつかり合う音が聞こえたのは確かだった。
風を切る音だけが聞こえ、フォルが感だけで回避すると、地面に亀裂が入る。
「クソったれ!」
フォルは腰のポーチから、瓶を投げつけると宙で割れ、空に染みができ、地面にこぼれ落ちる。
思わず治療薬を投げつけてしまった。
デネブの邪魔をするのは、姿を消した人間を隠すためだと気づき、息を呑む。
アリアと槍の男の行く手を防ぐように、野盗の男は盾を構える。相打ち覚悟の捨て身にも見える。どこか違和感がある。
そんな事を考える時間は与えてくれない。
フォルの身体は重い衝撃をくらい、体勢を崩してしまう。
(音はしなかった。峰打ちで音を消したのか。)
行く手を防いでいた野盗は、フォルの首筋へ斬撃を放ち。皮膚が切れた痛みが微かに走る。
頭上から力強い風を切る音を感じ、武器を盾に構えるも、金属が叩きつけられた激しい音共に、地面へ押し潰されそうになり膝をついてしまう。
「大剣か.…お前ら何者だよ。」
「しぶといんだよ。」
姿は見えないが声は聞こえてくる。
フォルは重心をずらし、自身にかかっている重みを逃がすも、顎を蹴り飛ばされ後へ飛ばされ身構えるも、次の攻撃はこない。
口を拭い立ち上がると、正面の景色血が滲み空間そのものが赤く染まっていく。
矢の先端が、消えてはいるが何かに刺さり血が流れている。
盾を構えている男は、どこか驚いているように見える。
フォルの背後で何かが崩れ落ちる音がし、振り返ると短剣を手にした男が同化した周囲の景色から姿を表し首には矢が突き刺さっていた。
フォルの視界に一瞬映り込む矢が眼の前で撃ち落とされる。
フォルは思わず、ミスティアのいた方向を見る。
とんでもない技量だ。
本人も驚いたのか、唖然としている。
褒めてやりたいが、そんな時間はない。
野盗達は動きを止め、アリアと槍の男の近くに居た2人が矢の放たれた箇所へそれぞれ走り出した。
周囲に見えている敵は六人。
矢を放っている敵はまだ捕捉できていないが、この援護があればどうにかなる。
フォルは盾を構えている男へ向かい、強引に突き飛ばす。アリアと槍の男の元へ向かった。
申し訳ございません。
諸事情でかなり遅れてしまいました。
安定して投稿出来るようになれば再度
投稿予定日の記載をします。




