0話:分岐点
こちら、以前12話まで書いた作品を書き直した物になります。
諸事情で放置状態になっていましたが、改めて読み直すと色々と思う事があった為に作品を削除して再度投稿する判断をしました。
内容に一部変更はありますが、元々考えていた大筋からは変わっておりません。
前回同様に必要に応じて、文章の補助目的にAIの使用をしております。
金が足りない。
だからディーンは、確実に帰れる依頼を選んだ。
ギルドの待機場は、酒場ほど騒がしくない。
木の長机。壁際の売店。薄いスープの匂い。鎧の継ぎ目が擦れる音。椅子の脚が床を引っかく音。笑い声の裏で、依頼票を指で弾く乾いた音。
――出発前の空気だ。
ディーンは机の端に腰を下ろし、エリナの防具の修理をしていた。
短く切り揃えた暗い色の髪。若さの抜けない顔立ちをしているが、身につけた革鎧は、あちこちが使い込まれている。
応急処置は済ませたが、もって数回といったところ。
(新調は……厳しいな)
今回の依頼で多少は懐が潤うものの、次に何を買うべきか、何を削るべきか――考えが止まらない。
そこへエリナが戻ってきて、いつもの調子で言った。
エリナの肩先で、薄いグレーの髪が揺れる。
顎の下で切り揃えた髪の毛先に、わずかな癖毛がある。光の加減で色が変わって見えるような、淡い灰色だった。
「そんなに考えなくたっていいよ。物持ちいいし」
「……ハリボテだと意味ないだろう。」
生活が大事なのは分かっている。
ただ、それを理由に手を抜くのは嫌だった。
エリナは視線を逸らさずに続ける。
「見つけたよ。今回、一緒に行ってくれる人たち」
すると、エリナの後方から3人組が歩いてきた。
ディーンは立ち上がり、先程まで修理していた防具を横に避けた。
「ディーンと言います。」
ガタイの良い男は一瞬きょとんとしてから、にっこり笑う。
「おう!俺はチャップっていうんだ。よろしくな!」
隣にいた男女は、空気を量るようにディーンを一度見て、短く言葉を交わした。
女はディーンを見ると
「良かった。まともそうな人で」
「失礼だろうが」
隣にいた男は女に肘打ちをする。
ディーンは小さく息を吐いた。
(……そりゃ、そう見えるか)
防具の応急処置をしている間、依頼の手続きや段取りはエリナに任せていることが原因だろう。
ふとそんなことを考えていると、チャップ以外の男女の名前を聞きそびれてしまった。
男が銃の男で、女が治癒師か。名前は後でエリナに聞けばいい。そう考えていると、
チャップが身を乗り出す。
「なぁ?お前、防具の修理って金属系も出来るか?もう少し持たせたくてな。修理屋だと時間がかかってよ」
「ケチなだけだろ」
銃の男が即座に小言を入れる。
チャップは咳払いして、言い訳みたいに続けた。
「まぁ、修理屋が高くて渋ってるのは事実なんだけどよ。最低限の処置だけでも出来ないか?金も払うし……依頼が終わったら飯、奢るからよ」
ディーンは、同じような話を何度か聞いたことがある。大抵はタダで済ませようとする奴だ。
「ああ。いいよ、費用はどこを直すかで多少変わるけどね」
ディーンは頷き、代わりに条件を出す。
「飯よりは、知ってればだけど、材料屋でいい店あれば教えて欲しい」
「材料屋か? 任せとけよ。1日走り回ってでも探してやるよ」
ディーンは内心気持ちは嬉しいが、飯を奢ってもらう方が恩恵がある気もしてしまう。
治癒師が嫌味っぽく笑う。
「大丈夫大丈夫。無駄遣いが多いだけだからお金の心配はしなくていい。」
「おい!俺は倹約家だぞ。お前だろうが、甘い物ばっか買って浪費してんのは」
言い合いが始まり、銃の男が呆れたように言った。
「あいつらはほっといていいよ。打ち合わせしようか」
銃の男が席に座り、地図を広げる。
地図の上に、外道周辺の線が引かれる。
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「魔物の産卵期だから、外道周辺と近くの森を見回る依頼かな」
銃の男が指で地図をなぞりながら経路を示す。
「ついでにランクの高い魔物を仕留めれれば、美味しんだけどね」
チャップは首だけで否定した。
「あのな。命あっての商売だぞ。……それに今回は野営の時に合流するパーティ決めてんだ。寄り道はなしだ。」
エリナが少し力の抜けた声で言う。
「……まあ、それなら安心なのかな?」
治癒師が頷き、淡々と補足した。
「この辺りは比較的平和なエリアだよ。近くの集落に影響が出ないように、定期的にギルドが巡回の依頼を出してるの」
ディーンは内心、少しだけ肩の力を抜いた。
久々に複数人で受ける依頼で、色々心配事も多かった。
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それからすぐに、依頼は始まった。
周辺を捜索しつつ、まっすぐと集合地点へ向かって行く。
どうやら待ち合わせしていた冒険者達はチャップの先輩らしい。
先輩を見たチャップが背筋を伸ばすのを見て、ディーンはどことなく故郷を思い出した。
(……今夜は人も多くて、心強いな)
焚き火のそばで、エリナがディーンの隣に腰を下ろす。
「しばらく、この依頼あるみたいだけど……受けない?」
「ちょっと連勤になっちゃうけど」
ディーンは火の揺れを見ながら答えた。
「そうだね。しばらく仕事があるなら、ありがたい」
チャップがにやにやしながら近づいてきた。
「それなら、しばらく俺らと組まないか?」
その声が耳に入ったのかチャップの先輩が笑って横槍を入れる。
「気をつけろよ、兄ちゃん。そいつ――修理代が安く済んだから、一式してもらう気でいるぞ!」
「ちげぇよ」
チャップが即座に言い返す。
「俺には結婚したい女がいてな。金、ためてんだよ」
銃の男が疲れた顔で「居ねぇだろ」と切り捨て、周りが笑った。
周りの冒険者たちがケラケラ笑い、軽く石を投げつける。
「いてっ! おい! 人に石投げつけるなって教わらなかったのかよ」
「私、脳筋には投げても良いって育てられた」
治癒師の女はここぞとばかりに、小石を投げつけていた。
陽気な笑い声が焚き火の上に散った。
火の粉がぱちりと跳ねる音が、やけに近く感じる。
焚き火のそばで上がる笑い声が、妙に耳に残った。久々に、仲間の声がある。それだけで十分だった。
「久々に、仲間の声がある」と思ったからだ。
チャップの先輩は手慣れていた。見張りの割り振り、野営の設営、緊急時に逃げる方向など丁寧に教えてくれた。
やがて野営は眠りに落ち、見張りだけが残っていた。
ディーンも横になったが寝つけない。外の声が、妙にはっきり耳に入ってくる。大声で話しているようには聞こえないのに、
(……風もあるのに声がよく通るな)
耐えきれず、ディーンはテントを抜ける。
見張りのところへ行くと、二人の男がこちらを見た。そのうち1人はチャップの先輩である。
「ん? 交代の時間はまだだろ」
「その、声がよく聞こえて眠れなくて...…」
二人は目を合わせる。
「俺たち、そんな大声で話してたか?」
そこへ銃の男がふらふらと歩いてきて、眠そうに言った。
「受付嬢の誰が好みだとか、くだらない話が聞こえてるぞ」
「マジかよ」
「少なくとも、あの会話じゃここにいる女には見限られてるな」
「……賄賂でも渡しておくか?」
冗談めいた空気が、ふっと途切れた。
チャップの先輩が首を巡らせる。
「……待て。風もあるのに。……なんで、こんなに静かなんだ」
言われて初めて気づく。
頬に当たる風は冷たく、風も強い。
森の木々の葉の擦れる音がしない。
ディーンは、寝つけなかった理由に気づく。
(そうか、静かすぎるのか)
「おい相棒、全員起こしてこい。なんか妙だ」
チャップの先輩は見張りの男に指示を出すと、筒から地図を取り出した。
その地図には、青い点がいくつも灯っている。周辺で野営している冒険者の位置、そのはずだった。
銃の男が指を差す。
「なぁ……この付近にも冒険者がいたはずだろ」
指先の先には、光がなかった。
「……消えてる」
チャップの先輩が息を吐く。
「おかしい」
チャップの先輩が、腰の銃に手をかけた。その時だった。
遠くで、赤い光が夜空を染めた。
一発じゃない。赤が立て続けに上がっている。
「……導蟲弾?」
低く走る赤。
空で砕けて、魔法で出来た虫の群れが散り、木々の間へ溶けていく。
光はすぐ色を落とし、周辺の冒険者の地図に場所を示すため、一直線で飛んでいく仕組みだ。
灯はやがて印となり、地図に危険な場所を示してくれる。
ただ、合図としては過剰だった。
余裕のある撃ち方じゃない。――死を覚悟して、仲間に何かがいると叩き込むための連発だ。
「特殊個体の可能性……札付き級かもしれねぇ」
ざわめきが走る。
ディーンはギルドで教わったことを思い出す。魔物の中でも懸賞金がつくほどの魔物は札付きと言われ、固有の名前がつくことがある。
焚き火の周りで眠っていた冒険者たちが跳ね起き、武器を探し、荷を掴み動き始めたその時。
「……は?」
チャップの先輩の声が低くなる。
その直後、黒い影が滑り込むように現れ、チャップの先輩を覆った。
ディーンは剣を抜こうとして、手元にないことに気づいた。
初歩的なミスだ。人数が多いことに甘えて武器をテントに置いてくるとは。
遅れて、焦りで頭が真っ白になる。
銃声が響き、周囲にいた仲間が斬り込むと、影は力なく倒れ込んだ。
チャップの先輩は倒れ込んだ何かから這い出る。
「くそ……」
起き上がろうとしても立ち上がれずにいた。
「……脚に力が入らねぇ」
太ももが大きく裂け、血が滲んでいた。
「こいつ、ブラッケンウルフじゃないか。なんでこんな所にいやがる」
ディーンはゾッとした。冥樹の森の獣。
――名前だけは聞いたことがある。ここに居ていい名前じゃない。
「……冥樹の、森の……?」
「黒い茨毛だ。触れりゃ皮膚や防具が裂けちまう。群れなら新入りじゃ無理だ」
「ディーン!」
背後からエリナの声。
振り返る。
エリナがディーンの剣を抱えて走ってきた。呼吸は荒いが、目は冴えている。
「置いてきたままだったよ。……これ」
ディーンは受け取って頷くしかなかった。
手当てに来た仲間がしゃがみ込んだ。
「止血する。動くな、今――」
チャップの先輩が手当てしにきた男から袋を奪い取った。
「待て、何をしてる。それは爆薬だぞ。」
「……よく周りを見ろ。囲まれてるぞ」
そこで初めて、声に覚悟の色が滲んだ。
「……俺はもう無理だ。ディーンだったな。これを持ってけ」
チャップの先輩は、緊急用の導蟲銃を放り投げた。
爆薬を握りしめ、喉の奥から声を叩き出す。
「シェルターまで死ぬ気で走れ!」
怒号が夜気を裂く。
シェルター、それはギルドが緊急時に冒険者が身を隠せるように作られた場所だ。
「振り返るな、今すぐ――」
そこまで言った瞬間だった。
チャップの先輩の声が途切れた。
まるでラジオの電源を切られたみたいに、ぷつりと。途中で切れた言葉の“続き”だけが、耳の奥に残る。
ディーンはチャップの先輩の口を見た。
まだ動いている。
叫んでいる。
指示を出している。
なのに、何も聞こえない。
周囲を見渡しても、他の冒険者も同じだった。
口が動いているのに声が聞こえない。
焚き火が爆ぜる音すら聞こえない。
(……一旦何が起きてるんだ。)
ディーンは理解できず、足が止まってしまう。
その瞬間、誰かの手がディーンの背を叩いた。
チャップがシェルターへの方向を指している。――走れ、と。
ディーンは頷くしかなかった。
そして彼らは走り出した。
しばらくして、背中から熱気と爆風を感じた。それなのに何も聞こえない。
誰もが恐怖のあまり、ただ必死に走り続けた。
――突如、音が戻る。
「畜生!」
掠れた声が闇を裂いた。
「導蟲弾を打て!」
誰かのその言葉で、ディーンは我に返る。
トリガーを外して撃つ。それだけだ。
……それだけのはずなのに、指が言うことを聞かない。
焦りでロックが上手く外れず、手が滑る。
その瞬間、視界が青白く染まった。
近くで何かが爆ぜ、鼓膜の奥がきしんだ。耳鳴りが遅れて追いかけてくる。
熱が頬を叩き、肌がひりつき、焦げた匂いが一気に鼻に刺さった。
導蟲銃が焼け焦げている事に気づいた。
ディーンは導蟲銃を握り直し、何度も引き金を引く。何も起きない。手の中の銃をもう一度握り直した。
後ろへ振り返ると、後方にいた冒険者が煙を上げながら地面に崩れ落ちていた。
前方では治癒師が体勢を崩して転けた。
ディーンは咄嗟に治癒師の腕を掴み、強引に担ぎ上げた。
後方にいた冒険者の一人が、ディーンを呼び、予備の弾が入った小袋をディーンに投げつけた。
「お前らの仕事は、皆に知らせることだ」
「前だけ向いて走れ!」
チャップの先輩の仲間達は武器を構えて、迫りくる獣に対峙した。
「クソったれ、雷撃か?。」
「付き合ってやるよ。あんたに死なれちゃ貯まってるツケを返してもらえねぇからな」
男は引かない。歯を見せて笑ったまま、獣の方へ向き直る。
ディーンは何度も銃の引き金を引くが、導蟲銃の中で弾が焼きついていた。
何度も引き金を引いても弾は出ない。
指先に伝わる抵抗が、焦りを煽る。
(俺が……俺がもっと早く放ててたら)
駄目になった弾を投げ捨て、予備に入れ替えた。
何度も必死に、引き金を引き続けた。
「クソ……出ろよ……!」
すると火薬が爆ぜ、玉が前方へ飛び出す。
真上ではなく低く、前方へ――夜の闇に吸い込まれていった。
ディーンは顔を引きつらせた。高さが出ていない。これで周囲の冒険者は気づけないかもしれない。不安で押しつぶされそうになる。
「よくやった!」
銃の男の声が背中を押してくれる。気を遣わせているのは分かる。それでも今は、その一言はありがたかった。
後方での戦闘は長くは続かなかった。
咆哮とともに、冒険者の怒号が徐々に消えていった。
怒号が消えた頃には大きな足音が少しずつ近づいてくる。
治癒師の体が、一歩ごとに重く感じる。それでも、ディーンは体力が尽きるまで走り続けると覚悟を決め、走り続けるしか出来なかった。




