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魔王(よしこ62歳)と勇者パーティ  作者: 歩人
Arc4: 聖教会の子どもたち

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第64話: 招待状

◆よしこ視点




 朝。


 カインくんが帰る日。




 台所で——朝ごはんを作りながら、考えた。


 和平の密書の返答は、ヴェルちゃんとメルちゃんが書いてくれた。立派な外交文書。わてには読めへんけど、二人が「これで問題ありません」と言うなら大丈夫やろ。




 でも——もう一つ、やりたいことがある。




「ヴェルちゃん」




 食堂に来たヴェルちゃんに声をかけた。




「……ヴェルザでございます。何でしょうか、魔王様」


「紙とペン貸して(^^)」


「…………何にお使いで」


「手紙書くねん」








 テーブルに座った。紙を広げた。ペンを持った。


 ——この世界の字は、あんまり上手く書けへん。ミーナちゃんに教わったけど、まだカタコトや。


 でも——大事なことは、自分の手で書かなあかん。




 1通目。




 「おうさまへ」


 ひらがなで書いた。他に書き方がわからん。




 「おへんじ、ヴェルちゃんとメルちゃんがかいてくれました。むずかしいことはあの子らにまかせてます(^^)」


 「わてからは、ひとつだけ。」


 「ごはん、たべにおいで。」


 「まっとるで(^^)」


 「まおう よしこ」




 ——短い。これでええんかな。でも、言いたいことはこれだけや。


 ごはん、食べにおいで。それだけ。








 2通目。カインくんへ。




 「カインくんへ」


 「また来てな(^^)」


 「こんどはハンバーグつくったるわ。」


 「カインくん、ごはんのとき、おかわりしたそうにしてたやろ。えんりょせんでええのに。」


 「おかわりはいくらでもあるで(^^)」


 「よしこ」




 ——カインくん、二日目のスープの時、お椀が空になっても手を挙げなかった。あれは——遠慮や。軍人さんやから。


 次は「おかわり」って言わせたる。








 3通目。


 ——ここで、ペンが止まった。




 グレイヴスさん。


 シオンくんの「上司」。聖教会の大神官。和平に反対している人。


 会ったことはない。カインくんから聞いた話だけ。




 カインくんが言ってた。「グレイヴスの鎧に——ヒビが入っています。以前よしこ殿に会った後から」。


 ——よしこ殿に会った後。


 わて、この人に何か言ったんやろか。覚えてへん。いや——シオンくんを通じて、何か伝わったんかもしれん。




 ペンを動かした。




 「グレイヴスさんへ」


 「はじめまして(^^) まおうのよしこです。」


 「あなたのことは、シオンくんとカインくんからきいてます。」


 「いそがしいひとなんやろなぁ。」


 「むずかしいことは、わてにはよくわかりません。」


 「でも、ひとつだけ。」


 「ごはん、たべにおいで。」


 「シオンくんのぶんも、あなたのぶんも、よういしてまっとるで(^^)」


 「よしこ」




 書いた。


 ——読み返した。




 ひらがなだらけの、短い手紙。


 大神官に送る手紙としては——ぜんぜん足りてへんのかもしれん。メルちゃんが見たら「これでは外交的に——」とか言いそう。


 でも——わてが言えることは、これだけや。


 ごはん、食べにおいで。


 それだけ。






◆カイン視点




 出発の朝。




 食堂に——全員がいた。


 13人分の椅子。私の分も出ている。ドルガが朝のうちに追加した——と、レオンが言っていた。




 テーブルの上に——朝食。


 焼いたパン。スクランブルエッグ。サラダ。スープ。果物。


 よしこが全部作った。朝5時から。ガルドがパンを焼き、リーゼがサラダを切り、シオンが皿を並べた。




「いただきます(^^)」




 よしこの声で——全員が手を合わせた。


 「いただきます」。12人の声がバラバラに重なる。


 私も——手を合わせた。




「いただきます」




 自然に——言えた。


 前回は言えなかった。軍人が敵の食卓で「いただきます」を言うのは——職務上の問題があった。


 今回は——言えた。なぜか。




 パンをかじった。温かい。ガルドの焼いたパン。外がカリッとして、中がふわふわ。


 スープを一口。塩加減がちょうどいい。ニンジンが甘い。——いつも同じ。変わらない。








 食後。




 城門の前に——全員が並んでいた。




 見送り。


 13人が——私一人を見送る。


 ……大げさだ。密書の使者が帰るだけなのに。




「カインくん」




 よしこが——封筒を3つ差し出した。




「密書の返答は——ヴェルちゃんが書いた封筒。これ。王様に渡してな(^^)」


「……了解しました」




 1通目。王家の紋章に対応した魔王城の封蝋が押してある。ヴェルザが一晩かけて仕上げた正式な返答。




「もう1通は——カインくんへ(^^)」


「……私に?」


「帰ったら読んで(^^)」




 2通目。封筒に「カインくんへ」とひらがなで書いてある。




「最後の1通——」




 よしこが——3通目を差し出した。




「これ、グレイヴスさんに渡してくれへん?」


「……グレイヴスに」


「うん(^^)」




 封筒の表に——「グレイヴスさんへ」。ひらがな。




「……何が書いてあるのですか」


「ごはん食べにおいで、て書いた(^^)」




 ——。




 ごはん食べにおいで。


 魔王が、聖教会の大神官に。


 「ごはん食べにおいで」。




「……お伝えします」




 声が——かすれた。


 なぜだろう。泣く場面ではない。軍人として。








 ヴェルザが——一歩前に出た。




「カイン殿。道中のご安全をお祈りいたします。——次にお会いする時は、交渉の席で」


「……ああ。そうなることを——願う」




 メルが——微笑んだ。




「カイン殿。お土産に焼き菓子を包みましたわ。道中のお供にどうぞ」


「……いただきます」




 焼き菓子の包みを受け取った。蜂蜜の匂いがする。——また食べてしまうだろう。




 レオンが——壁にもたれていた。




「……おい、カイン」


「なんだ」


「……別に。——気をつけて帰れっつーの」


「……ああ」




 レオンの緑の目が——少しだけ、揺れた。




 シオンが——直立していた。白い鎧。姿勢が完璧。




「カイン殿」


「シオン」


「……お気をつけて」




 それだけ。短い。——だが、昨夜の「おやすみ」より、声が温かい気がした。




 ドルガが——腕を組んで立っていた。




「……フン。また来い、人間」


「……ああ」




 リーゼが——小さく頷いた。ガルドが手を振った。ピプが上空でくるくる飛んでいた。ティアとトールとミーナが手を振っていた。






◆よしこ視点




 カインくんが——城門の外に出た。


 振り返った。




「……魔王」


「よしこでええよ(^^)」


「……よしこ殿」




 ——初めて、名前で呼んでくれた。




「……また、来てもいいですか」


「当たり前やん(^^) ごはん用意して待っとるで」




 カインくんが——深く、頭を下げた。


 軍人の礼。膝を折りかけて——止めた。中途半端な礼。軍式でもなく、民間でもなく。


 何と呼べばいいかわからない礼。




 ——でも、気持ちは伝わった。




「いってらっしゃい(^^)」




 言った。


 見送りの言葉。保育園で、毎朝お母さんたちに言ってた言葉。




「またおいで(^^)」




 カインくんが——背を向けた。歩き始めた。


 密書と、3通の手紙を持って。




 ——ごはん食べにおいで。


 王様にも。カインくんにも。グレイヴスさんにも。


 わてにできることは、それだけや。




 でも——それだけでええ。


 先代が植えたかった花は、わてが植えた。


 先代が食べたかった朝食は、わてが毎朝作ってる。


 先代が聞きたかった「おはよう」は、わてが毎朝言ってる。




 ——あとは、もっとたくさんの人に「ごはん食べにおいで」と言うだけや。




 ドルガが——門を閉めた。




「……魔王。次は俺が焼いたパンを出す。あの人間にも食わせてやる」


「ドルガさんのパン、美味しいもんな(^^)」


「フン。当然だ」




 城に戻った。12人で。


 台所に行った。昼ごはんの準備をしなくちゃ。


 今日のメニュー——何にしよかな。




「ヴェルちゃん、お昼何がいい?」


「……ヴェルザでございます。——シチューをお願いいたします」


「またシチューか(^^) ほな、ニンジン多めにしよか」




 いつもの、何でもない一日が始まる。


 先代が欲しかった——何でもない一日が。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


第64話「招待状」。Arc6の最終話です。


よしこの手紙は——ひらがなだらけの、短い手紙。「ごはん食べにおいで」。王様にも、カインくんにも、グレイヴスさんにも。外交的にはどうなのかと思いますが、よしこの武器は最初からこれです。


カインが帰る朝の「いただきます」。前回(Arc3)は言えなかった。今回は自然に言えた。——たったそれだけの変化ですが、カインにとっては大きな一歩です。「敵の食卓で手を合わせる」ということは、もう「敵」ではないということだから。


そして「よしこ殿」と名前で呼んでくれたこと。魔王でもなく、あなたでもなく。——よしこ。


Arc6「先代魔王の遺言」はこれで完結です。先代ナハトレーゲンの孤独。ヴェルザの後悔。真名の秘密。和平への第一歩。——全てが、最終章に向けて動き始めました。


先代が植えたかった花は、よしこが植えました。先代が食べたかった朝食を、よしこは毎朝作っています。先代が聞きたかった「おはよう」を、よしこは毎朝言っています。——300年遅れの願いが、全部叶っている城。


最終章では、ヴォルグラーナの完全な意味が明かされます。グレイヴスが「ごはんを食べに来る」日が来るのか。和平は成るのか。——全ての答えが、次のアークに。


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