高貴な問題
アリロスト歴1899年 1月
ジョセフとテレーゼが92年に婚姻してから年に1~2度くらいの割合でウェットリバーの離れに御機嫌伺いに来てくれる2人だが今年はテレーゼが2人目を懐妊したばかりなのでジョセフだけが顔を見せに来訪した。
まっ俺に会いにっていうよりも世話に成った曾孫ウィルに「今年も宜しく!」って挨拶に来ているだけなのだけって感じだ。
殆ど領主館での仕事は家令ディストに任せてるウィルなので、ウェットリバーに滞在している時は、離れに居る俺の傍で飼い犬よろしく大抵まったりしているっつ訳で、俺とウィルで来訪したジョセフを歓待していた。
いやー馬の『レコ』の妖精と思っていたら曾祖父がレコだったとか、俺の喜びも一塩。
うん。
淡々としている話し方もレコに似ている筈だよ。
フワフワの細い薄茶の巻き毛にジョセフの銀色に見える透明なグレーの瞳が理知的に輝いている。
少し背が低いが、すっかり健康的に成ったジョセフは現在、チェスタ私立大学で事務職をし乍ら、予備役に就いていた。
ルネに似た空気を纏う曾孫ウィルと、瞳の色は違うけどレコによく似た風貌のジェセフに、俺は嬉しくって弾むような気持で珈琲を淹れた。
うん、この喜びをロンドに戻ったら緑藍へ報告しよう。
「なんだか見るたびにジョセフは立派に成るね。ウィルもそう思うだろ?」
「ええ、そうだね。上の子は4歳だっけ?確か僕の所と同じ年だったよね。うん、ジョセフがもう少し太ったら父親の貫禄が付くと思うよ。」
「ふふ、有難うございます。ええ、お祝いのメッセージにウィリアム様の所も生れたと書いてありましたから。今年で5歳に成りますね。結構食べてるのですが、此れ以上は難しいみたいです。」
「いいよいいよジョセフは無理に太らなくて。咳が出なくて夜眠れるのが一番。テレーゼは看護の才能が有ったのかもな。学校も卒業して無事に仕事へも就けて、あの青白かったジョセフ少年が今や2児のパパに成るんだから。」
「はい、ウィリアム様にテレーゼを紹介して頂いて、感謝の言葉もありません。テレーゼは本当によく気が付いて、今日も此方に伺う前に冷えるからと、此のマフラーを撒いて呉れたんです。此れはテレーゼの手作りなんですよ。」
そう言ってジョセフは照れ臭そうに室内へ入って来た時に、解いて手に持ったグレーと深い緑の毛糸で編んだマフラーを、俺と曾孫ウィル見せてくれた。
テレーゼと仲睦まじいようで何よりだ。
初め俺は、ウィルがテレーゼの為、立場を利用して強引にジョセフへ迫って婚姻させたか、と心配していたが引っ越しの手伝いをしていると、ジェセフとテレーゼが互いに労り合っていたので、安堵したのを想い出す。
本当は父親と同じ様に外交官の職員を目指したかったが、ジョセフは如何してもロンドへ足を踏み入れる勇気が出なかったと俺達に話す。
「それで、話は変わるのですけど、春にノルセー伯爵が作った劇団が当校で、公演をして下さることに成ったのです。脚本と演出は話題のパトリック男爵で『強制結婚』というコメディなので是非ウィリアム様とジャックもいらして下さい。」
「ああ、有難う。此れがパンフレットか。」
「うん、行かせて貰おう。」
おおー、流石レコの曾孫だよ。
自分の暗い話から明るい芝居の話へ切り替える機転。
つっても此れって学校への寄付のお願いだからな。
「金を下さい」じゃあ品が無いので、こういう仕様に成っている。
こう言う大掛かりなモノへのお誘いは、それだけ多めの寄付金が必要なんだよな。
でもって寄付する人の名前も肝心で、その名前に寄って入学者の層や数も変わって来る。
私立は私立の大変さがあるみたいだ。
当然、俺は序で、メインの誘いは曾孫ウィルへである。
何せ、チェスタのパブリックスクール創設者の一家であるベラルド伯爵だからなー。
一見資本主義で金さえ有れば何でも出来る様に見えて、まだまだ封建社会が根強く残っているから、由緒正しき貴族のウィルは中々の人気なのである。
そんでもって商売上手なノルセー伯爵は作品量産体質なパトリックを引き込み、ロンド以外の発展している大都市へ劇団を地方遠征させる手法を考え出して小銭を稼いでいる。
俺的には大金だが、拘りの男ノルセー伯爵には小銭レベルらしい。
パトリックも今はレナードに呪を除霊して貰う為に、献金中なので幾らでも資金が欲しいとの事。
貴族は仕事をしないと言うのは、今は昔のお話だったり。
まあ、あの2人は派手で目立つから俺にそう見えるだけなのかも知れん。
アレ?
ウィルもエイム卿も仕事しているよな?
俺の知る貴族達がビジネス・ジャンキーな件。
昔は有閑貴族だった緑藍も今ではすっかり探偵業に勤しんでるし。
俺はそんな事を考えながら、ジョセフと新しく植えたハーブに就いてウィルを交えて歓談し、春に又ハーブ園を歩きたいと言うので二つ返事で了承した。
なんだろうな。
レコによく似たジョセフの声や表情を見ていると俺の胸が熱く成って来るんだよね。
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アリロスト歴1899年 2月
大きな飴色の瞳を動かして、セインがジュリアにアーロン・ウェーリン中佐とコナン警部補を、会わせた後の俺に報告をしてくれた。
婚姻するか如何かは分らないけど、暫くはコナン警部補と付き合ってみるそうだ。
アーロン・ウェーリン中佐が嫌なのでは無くて軍人だと遠征が在るので、ソレを待つと言うのが不安なのだそうだ。
でもってシェリーがオリビアの説得を無事に成功させ、セインとジュリアを結婚させようとすることも無くなった。
それの交換条件て訳でも無いけど引き換えに、セインがオリビアへ政略結婚を強制させられなくなった。
『婚姻は人に強制されるモノではなく、神から予め相手を遣わせられている』
つう話をシェリーがオリビアにしちまってるからなんだけどね。
まっ、元々がセインも子供の婚姻で栄達を望んで無いから、オリビアに結婚を強制する事など有り得ないので、シェリーからの話にセインは「オッケー」と頷いたらしい。
赤々と燃える暖炉の近くに座り俺は、セインの話を静かに聴いていた。
パチパチと薪が爆ぜる音が静かな室内に安らぐ音を奏でている所へ、スルリとクロードが動き、ジェローム探偵事務所の黒い扉を華麗に開き、ダークブラウンのトップコートを纏ったパトを招き入れた。
コートをクロードに預けて、セインが座っていた長椅子の隣にパトは腰を降ろし、左の安楽椅子に深く座っていた俺へ顔を向けた。
パトは明るい灰色のフランネルのスーツを着て、少し年を取ったが相変わらずの色男ぶりを見せていた。
「いやー、ジェリー元気だったかい?」
「あーパトの顔を見た途端に不調に成った。つうか、パトは今公立の幼年学校を策定する法案造りで忙しい筈だろ。何しに来たんだよ。」
「うーん。ジェリーに相談があってね。」
「うん?もしかしてパトがレナードを諦めたとか。」
「何を馬鹿な事ジェリーは言っているんだ。俺のレナードへ捧げるこの崇高な愛が尽きる筈が無いだろう。ただとてもセンシティブな相談なのでジェリーだけと話したいんだ。別にワンコを信用して居ないって事じゃ無いから。」
「はぁー?パトは何を言ってんだよ。つうかワンコじゃ無くセインなっ!ていうか、セインに聞かせられない話らなら、私も相談を受けないよ。パトの場合は相談から依頼に発展する事があるんだから、その時の為にセインも同席させておきたい。」
「ふーっ、ジェリーは我儘だな。」
「うっせよー、パトには負けるわ。」
俺の返事にパトはヤレヤレというように肩を竦め、気を効かせたセインは何時もの壁際の書机へと向かった。
セインが座っていた場所が空いたのでパトは寝椅子の中央へと移り、座り直して長い脚を組んだ。
「此処では名前を呼べない高貴なお方に起きた問題なんだよ、ジェリー。」
ええー、それってスチュアート4世の話になるじゃん。
しまったカモ。
確かにセインは聞かない方が良かったかも知れない。
パトの話によると実は南カメリア出身の娘に、スチュアート4世がベタ惚れしてしまい、婚姻したいと議員でもあるパトへ相談した。
『すればー。』
俺だとそう一言で終わらすのだけど、まあ色々と難しい。
先ずスチュアート4世は既婚者で、序に相手の女性も既婚者だったり。
当然身分的にも駄目だし、彼女の家が旧教徒であることも、新教が国教のグレタリアンでは受け入れられない。
まあ一番の問題は皇帝の離婚は許されていないってトコ。
法的にも信仰的にも。
もしこの話が対外的にバレると皇帝でも違憲だとして首にされかねない大問題になる。
パトも初めはエールトン・ハウスでノルセー伯爵達が催していた夜会に陛下も家主として参加しているだけだと思って居たのだけど、昨年の年末にスチュアート4世から内密で「別の女性と婚姻したい」と相談を受け驚天動地に陥った。
流石に下半身だけの男であったパトでも「此れはヤバイ事案だ」と危機を察知して、誰にも知られないようにと陛下と側近にも注意した。
「うーん私から言えるのは、、、諦める様にパトが説得するしかないよね。」
「そういうのが全く通用する状況では無いんだ。ジェリーにもあるだろ?相手が恋しくて片時も離れたく無いと言う想い。今まさにあの方はそれに陥っているのだ。」
「あははっ、知らねえよ、じゃあ退位するしかないよね。んー直系は彼だけだったけど傍系にノーロック公爵がいたな。色々と黒い噂もあるけど今は52歳か。」
「俺は退位させたく無いから、ジェリーに相談に来てるんだぞ。」
「だろうなー、なんだかんだ言われてるけど、あの方の力でパトは後押しされているもんな。でもさ、妃は今、2人目を懐妊してたよな。つう事は夫婦仲は悪くないんだろ?暫く大人しく見守っていれば、案外元に戻るんじゃねっ?」
「ソレが懐妊が判る前の9月に知り合ったんだよ。其処から燃え上る想いっ!俺には良く判る。」
「燃え尽きれば良いのに、2人共。で、コレって兄に話しても良い案件?」
「ああ、ただ極秘で頼む。エイム公爵が全く顔を見せなくなって俺も困っていたんだ。でも俺と目が合うと殺しそうな目で睨んでくるから、俺がエイム公爵には話せないけどな。ジャックが居れば話が早かったんだけど。」
「チっ、私はジャックの変りかよ。」
「ははっ、じゃあレナード・ホームかタウン・ハウスへ連絡を寄こして呉れ。頼むよ。」
そう言ってパトは立ち上がると、クロードから杖とコートを受け取り、芝居掛かった仕草で俺に帰りの挨拶を寄こし、クロードが華麗に開いたジェローム探偵事務所の黒い扉を潜り、スタスタと歩いて行った。
「セイン、結局、パトの相談は恋愛絡みだったな。」
「でも大問題ですよジェローム。」
「うん、セインの言う通り大きな問題だし、探偵が関わる謎もないし、此れは兄に話して終わりだな。」
「でも相手の女性も肝が据わってると言うか、僕は感心したよ。カメリアの女性は、貴き方にも自由に接する事が出来るんだね。流石にロンドに居る貴婦人は、其処まで奔放に成れる気がしないよ。」
「確かに。ノルセー伯爵が、陛下の許可を得て開催しているエールトンハウスでの集まりには、爵位を持たないモノも多く参加しているしな。22歳のまだ若い陛下には宮廷での夜会より気楽で楽しかったのかも知れない。セインやジャックと話す時はこうして自由に話したいけど、私は男女の付き合いはロンドのマナーに則った付き合い方の方が好みだな。静かで良い。」
「ふふっ、ジェロームはハンカチの質で相手の女性を見分けるからね。」
「ふっ、テーブルに置いたハンカチや落としたハンカチには性格が出るからね。相手と会う前に私と趣味が合う合わないが解るのは便利だよ。もうそんな時間も無いけどね。」
「うん、そうだね。」
セインは大きく頷いて優しい笑顔を俺に見せた。
そして俺とセインはゆっくりと暖炉の前へと歩いて行き俺は何時もの安楽椅子へと腰を降ろして深く座り、セインは側の長椅子へと腰掛けた。
其処へクロードが薫り高い珈琲を運んで来て、俺は厚手の陶器の珈琲カップを取り縁へと口を付けた。
熱い珈琲を口に含みつつ、春にジャックが戻って来た時に俺はこの話をした後のジャックの顔を想像して、笑いと共に美味い珈琲を喉へと流し込んだ。
シェリーの言に習えば、神から予め遣わされたスチュアート4世の相手って事なのかな?
うーん、予め用意されている相手というのも興が醒めるな、俺はね。




