紳士協定
アリロスト歴1898年 10月
ジャックがまた変な男を引き寄せた。
今度は70歳近い爺さんだ。
生憎と銀行内で催眠ガスが効いてから、俺はレイド警部達と中へ入ったので、モーランド公爵は強盗犯達や人質たちと同じように熟睡して居て話せなかった。
当然だけどジャックもスヤスヤと頬を腫らして安眠中だった。
ドルフの説明だと、ジャックが話し掛けに行った爺さんとカーター・シンプソンが、言葉を交わしてたと言う。
ジャックがモーランド公爵に近付くと、人混みに紛れて銀行の外へと出て行ったので、何時も使っている辻馬車の御者に、俺へのメッセージカードを託し、其処からドルフもカーター・シンプソンの後を追ったらしい。
結果は残念だったけどね。
でもって俺がゴールデン銀行へクロード達と到着すると銀行強盗事件が起きていた。
銀行内でジャックが人質に取られているとレイド警部から聞いて、俺は兄へ伝言を届けさせた。
暫くして遣って来た補佐官ヒューイ達が、兄から預かっいた催眠ガスをレイド警部達に渡して、使用場所や方法を説明し、人質救出へ向かった。
まあ、助けるメインはジャックだけどな。
ジャックを救出後、その爺さんがモーランド公爵だと俺が知ったのは、爺さんの従者がレイド警部に彼の立場を説明しモーランド家の馬車に乗せたからだった。
催眠ガスを使った事への苦情が来ないかと、レイド警部は焦って居たけど、俺は長時間に渡って人質で囚われている方が、肉体的にも精神的にも害になる筈なので、大丈夫だろうとレイド警部を慰めて於いた。
分らないけどね。
だけど、そのお陰か如何か判らないけど、撃たれた守衛たちも死ななかったし、俺は眠りこけてるジャックを無事回収し馬車に乗せて下宿112Bへと帰った。
後はヤードのお仕事だし。
その後、目覚めたジャックへ俺は嫌味を言いながら、モーランド公爵の事を尋ねると、ジャックは言葉少なに数年来の知り合いだったと話した。
ジャックと同じ様に冬場だけウェットリバーで過ごして居るらしい。
絶対にジャックと出逢ってモーランド公爵は、あの何もないウェットリバーで冬を過ごす事にしたのだろうなー、と変人ホイホイのジャックを見て、俺はそう思った。
まっ、カーター・シンプソンと繋がりが在ったとしても、公爵である彼には手が出せないのだけどね。
でも一応、命を狙われた身としては、どの程度の繋がりかは知りたいのさ。
其処でジャックにモーランド公爵と会えるよう仲介を頼んで見たけど、モーランド公爵からの返事は体調が戻るまで待って欲しいと、美麗な筆跡の返信が来た。
まっ、代筆なんだろうけど。
ジャックの部屋で、そんな俺の話を聞き終えたジャックはしんみりと呟いた。
「俺は案外、星のジジイ先生が好きだったんだぜ。」
「だろうな、ジャックの話を聞いていて私もそれは感じたよ。でもまあ此れは私の事件だから、ジャックが下手な手出しさえしないなら、モーランド公爵とジャックは今まで通りの付き合いで良いんじゃ無いか?」
「ばーか、無理に決まっているだろ。俺の中で一番大切なのは緑藍なんだからなっ。万が一モーランド公爵が緑藍の敵に成るなら、俺の敵にもなる。つっても知っての通り、緑藍を守って遣る程の力は俺に無いんだが。」
「ふふっ知ってる、でもってサンキューな。俺もジャックが大切なんだ、だから気楽に人質とかに成らないでくれよ。」
「気楽になんかなってねーよ。今回だってモーランド公爵が人質に取られてたから抜け出せなかっただけで。」
「うん、本当の所は?」
「1人なら未だしも都合4人にも囲まれてたら反撃は無理っつうーね。糞ぉー言わせんなよ緑藍。」
「あははっ、でも出来ないのに無茶をしないのがジャックの良い所だから。お陰で被害は増えずに済んだって話だから拗ねるなよ。」
そう言って俺は隣に座っているジャックを宥めて、俺よりも柔らかな背中を優しく摩った。
そして久し振りにジャック愛用の細巻きの葉巻を切って、ジャックが点したマッチの炎で俺が咥えた葉巻に火を点けた。
葉巻を燻らすジャックの仕草は、アルフレッドの頃のその侭で気品を漂わせて、今は殴られた頬の腫れが引き、凛とした風貌を取り戻していた。
強盗犯達はジャックを偉い貴族の人だと勘違いして人質に取ったらしい。
『それは仕方ないよな』とノーブルな空気を纏うジャックの背へ、何時もの様に俺は凭れ掛かり、そう思った。
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アリロスト歴1898年 11月
ジャックが大改装を行ったジェローム探偵事務所。
四の五の文句を言う俺を柔らかな笑顔で封じて、窓を背にワークデスクと椅子、そして暖炉の前には俺愛用の寝椅子と安楽椅子そしてコンソールテーブルを置き、部屋の隅に作っていた避難場所をパーテーション事取り払い、元の部屋へと戻した。
黒い扉の近くに応接セットが置かれ、黒い扉側の壁に沿わせたセインの書机と椅子は其の侭だった。
まあ、二つ折りのパーテションの一個はジャックが俺の私室へと入る扉を隠してくれたけどな。
「他人が出入りする部屋で私室への扉を隠して無いのが俺には信じられん。」
つうてジャックから物言いがついたけど、ジェローム探偵事務所の黒い扉はクロードが守ってるし、下宿112B玄関にある真鍮で造られた褐色の扉はトマスが守っているし、変な所でジャックは神経質なんだよ。
まあ俺も他の奴が遣ったら文句を言うけど、ジャックが俺の為にして呉れる事はなんか嬉しい。
そんな訳で、外見は強いて変わってはいないけど、新装ジェローム探偵事務所に成った。
でもって事務所で遣るだけの事を遣って、ジャックはクロエの居る南セントラルにある男爵邸に顔を出して、霧のロンドを逃れる様にウェットリバーへ向かい、11月の冷たい空気を背にして旅立った。
俺は、ジャックがウェットリバーへ旅立つとロンドの空気が停滞し、白い靄が濃くなって来る冬の訪れを改めて知覚するのだ。
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アリロスト歴1898年 12月
シェリーが子供を連れてセインの家で過ごし、、オリビアと結婚について説得して貰っている間に俺とセインはジュリアの相手を模索した。
第一候補は、出世頭のアーロン・ウェーリン中佐は現在28歳で独身。
第二候補がアーロン中佐の友達、コナン警部補も28歳。
でもってジュリアは30歳だけど、俺の元へ捜査依頼に来た波打つ黒髪に綺麗なグレイの瞳と快活だった姿を想い返すと、2歳位女性が年上でもギリおっけーな気がした。
「どっちが良いとセインは思う。本来はこう言う事は女性の役割だから難しいよね。」
「御免ねジェローム、手間を掛けさせて。オリビアをジュリアには懐いて居るし、今後もナニーとしての仕事に就いて貰いたいんだよ。特に此れからはオリビアに相談出来る年上の女性が必要に成って来るだろうから、なんとか縁を繋いでいたいんだ。僕の勝手な願いだけどね。」
「そうだな。オリビアが1歳位からジュリアはずっと面倒を見ているし、信頼しているからなー。ある意味オリビアの母親だよね。」
「うん、そうなんだ。ジュリアもずっとオリビアの傍に居るって真面目に言ってくれるんだ。オリビアのナニーとして働くことを、許してくれない相手とは婚姻しません、って僕とオリビアに話してくれた。元妻がヒステリックに成っていた時も、オリビアを連れ出して庇ってくれたしね。ジュリアには感謝してもしたりないよ。」
俺は、雇い主ゼロ―スへの違和感を感じジェローム探偵事務所を訪れた、その用心深さと、それでも前に踏み出す勇敢さを兼ね備えたジュリアに感心した4年前の日の事を想い出した。
彼女なら自分で判断して最善を選ぶだろう。
俺はそう思い、アーロン・ウェーリン中佐には参加するパーティーを調べて、ジュリアが参加出来そうなものを選びセインと共に行かせる事にした。
そしてコナン警部補には、近頃オープンしたグロリア・レストラン『フィガロ』へ誘い、セインとジュリアと共に気楽な食事会を開くことに決めた。
まあ、ジュリアが何方も好みで無い時は、又、俺とセインで考えよう。
そんな事を一階の談話室で俺とセインは話し合い、想っていたよりも時が過ぎて居た事を時計で知り、午後から来る依頼人の準備をする為に、食べ掛けていたサンドイッチを少し急いで紅茶と共に食べ終えた。
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アリロスト歴1899年 1月
忙しなかったロンドでのタイトな日々を想い出して俺は煙草の煙と共に溜息を飲み込んだ。
そして、リアル嫁に会って来るのを忘れて居た事を想い出し、俺は切なさに頭を抱えた。
いや、リアル嫁って言っても、常設のアシェッタ展に或るパルテの戦乙女の彫像だよ?
普段は此の居間に置いたサイドボードに飾って在る石膏で造られた胸像だけだから。
折角フルで全身像を愛でれるチャンスだったのに、糞ぉー、銀行強盗めっ。
そんな俺の切ない胸の内を知らずに、曾孫ウィルは相変わらずのイケメンぶりで、長閑に俺へと話し掛けた。
「ジャックが妖精レコと言っていたジョセフ・ロイって、祖父を調べて辿って行くと、その父親は『アルセーヌ・レコ=ヴィラン公爵』だったんですね。使徒ルネと同じ様に救世主アルフレッド様に仕えていた方なんですよ。ヴィラン公爵も謎の多い方だったのですが、、、」
「そう、、、そうだったのか、、。」
俺は曾孫ウィルの落ち着いた低い声を聴きながら、懐かしくて大切な友の名を内心で呼び直した。
『アルセーヌ・レコ=ヴィラン』
アルフレッドの肉体で俺の意識が覚醒してから、初めて俺が自分から求めた友の名。
俺は『カチリ』と、何かが嵌り込んだ音が聴こえた気がした。
それが何の音かは分からなかったが、俺はレコと過ごした日々を次々と思い出して行った。
俺の突飛な行動や発言を苦笑しながら、柔らかな瞳で受け止めていて呉れていた。
2人で飲んだ薄い水割りや珈琲の味を想い出して俺の胸は熱くなった。
そして何時の間にかルネも俺の傍に控えているのが、当たり前の日々になって行ったんだ。
俺の始まりと終わりのレコ。
全くレコもルネも俺を心配して、彼方此方に自分と似た種をばら撒いていたのか。
大体レコもルネもこんなに子供を作っていたとか、俺へ何一つ話してくれてないんだから。
レコが悪戯っ子の目をして笑いを堪えている顔が脳裏に浮かんだ。
あの頃とは関係性が違うが、俺は新たなレコとルネと出逢えたのだ。
緑藍やクロエが居なければ生きる事を早々に諦めて居ただろうが、それでも友の居ない日々は何処か虚ろで現実感が薄かった。
違う形だけど、レコとルネがまた俺の傍へと戻って来てくれた。
俺には矢張りレコが居ないと駄目だったみたいだ。
こうして俺にルネとレコが揃ってくれた。
それが俺には堪らなく嬉しくて、あの眩いフロラルスの陽射しの中へと戻って行けた気がした。
「、、、、、ジャック?」
「あっ、ああ、済まないウィル。少し遠い昔を思い出していたよ。ウィルも珈琲を飲むだろ、今、淹れるな。」
「ああうん、有難う。アレ?なんだかジャックの表情がスッキリとして凛々しくなった。」
「うはっ、凛々しいは言い過ぎだろ。でも何時か、ウィルの淹れる珈琲も飲んで見たいモノだ。」
「僕の淹れる珈琲?ふふっ、ジャックの望みとあらば淹れられる様に精進しますよ。この所、エイム公爵に、僕は負けてますからね。」
「いやウィル、其処でエイム卿と競わなくても良いだろ。それにエイム卿はウィルの雇い主に成るんだろ?」
「それに僕とエイム公爵は協定を結んだだけなので雇い主では無いよ。」
「協定?」
「ああ、何より僕の忠誠はフロラルスに有るからね。グレタリアンの下には着けないよ。」
「おい、ウィルそんな事をエイム卿に言ってないだろうな。」
「ふふ、ある程度は調べて知っていたみたいだよ。其処で、お互いの国には害をなさない、と言う条件でエイム公爵の仕事を手伝うことにしたんだ。まあエイム公爵の場合は、グレタリアンでは無く弟のジェロームに害が及ぶ様な事をしない、だけどね。」
「うん、歪みなくエイム卿だ。」
「でもジャックが倒れてからは、ジャックも追加されたのだよ。僕がジャックに害を為すとか有り得ない話だ。そうジャックは思わないかい?」
「うーん、そうだなー、貞操の危機以外でウィルが俺に害を為すとは思わないよ。」
「アレは友達同士の挨拶だよ。ジャックも嬉しくて感情が昂る事もあるだろ?」
「ねーよ、ウィル。ちょいお前は其処へ座れ。俺の友人ルールを確りと教えて遣る。」
俺は今までウィルの方が年上だし、一応グレタリアンでは伯爵サマだし、と防衛本能で控えていたアグレッシブなグレタリアン式友情が、庶民には有り得ない事とだとウィルへ滾々と説いた。
俺が話し終えるとウィルは可成り凹んでいたが、可愛い曾孫だと甘やかしていた俺にも責任があるので、心を鬼にして節度ある友情を求め、俺とウィルの友情における紳士協定を結んだ。
後は曾孫ウィルと認識している俺の問題だな。
でもって俺へエイム卿の過干渉な行動は、心が不感症なので変わったことをしていると認識してないらしい。
何それ、心が不感症って。
やっぱり宇宙の深淵事案だったか。
俺は覗かなくて良かったとホッと胸を撫で下ろした。
そのエイム卿は俺が想った以上にポンコツだったので、新たに創る予定だった組織を、今は大幅な修正をしている最中だとか。
ポンコツとか、酷い。
俺の武力は成人男性の平均だからな。
緑藍やウィルエイム卿自身をスタンダードなレベルとか思わないで欲しい。
つか、そのメンバーから俺を外しても良い、てか、外してください、エイム卿。
ウィルは俺の淹れた珈琲を美味そうにコクリと飲み込み、澄んだ深緑色の瞳を細めて微笑んだ。
でも、まっ曾孫ウィルは可愛いよなー。




