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エイム迷走ス  作者: くろ
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   アリロスト歴1898年 8月




 俺とセインが、素晴らしい彫刻を施された手摺に縁どられた大階段を降りると、直接ダイニングルームの大広間へと辿り着けた。

 既に300人近くの紳士淑女も集まり、其々がポーターに案内された席へと座り、俺達の後ろからも悠然と仕草で降りて来た招待客がいた。

 俺もセインも黒のタキシードに身を包み、ポーターに案内されて、白いリンネルのテーブルクロスを掛けられた円形のテーブルへと向かって行った。

 シャンデリアの照明を浴びて、キラキラと煌めくクリスタル・グラスや銀食器類、そしてフロラルス王家の百合の紋章、トラッドランドあざみ、グレタリアン・ローズなどで飾られた椅子が趣味良く並べられていた。


 中央の席にトリス・ローデらしき人を見付けたので、俺とセインは歩いて彼の前まで行き、軽い挨拶を交わして、サープ植民地首相就任の祝辞を述べた。

 心にも無い事を言うのは俺も慣れているけど、大きい印象的な目で(まばゆ)げに俺を見て、素直に感謝の言葉を告げられると、如何(どう)も調子を狂わされる気がした。

 まあ、他にも多くの人がトリス・ローデの傍へと来ていたので、俺とセインは粛々とその場を辞して、自分達に用意された居た席へと戻った。



 俺の他にも公爵家の子弟達や、大地主や他の貴族も居て、後は俺でも知っている金融資本家達なんかも列席していた。

 うーん、持てる者達が勢揃いしてる。

 公爵家の子弟達とも顔は合わせた事があるだけで、今日来ている中では一人としか交流が無い。

 大抵が軍属に成っているプラスアルファ王立協会の理事に為ったり、名誉なんたらに成って居たりして、真っ当な貴族子弟として生きてるから、俺との接点は余り無い。

 まー、向こうも平民に混じって齷齪(あくせく)と働いているように見える、俺とコンタクトは持ちたく無いだろうしね。

 何かの合図が有ったのか、皆が三々五々に散り、各々の席に戻って、如何やらトリス・ローデのスピーチを待っているみたいだ。

 自分の席から立ち上がって、皆に感謝の言葉を述べてトリス・ローデは話し始めた。



 「神は世界地図がより多くグレタリアン領に塗られることを望んでおられる。できることなら私は夜空に浮かぶ星さえも併合したい。」

 『俺の内心)ハアーーっ!?何言ってんの?このオッサン。』


 「~~~(略)、以上この事を学び、私はグレタリアン人こそ最も優れた人種であり、グレタリアン人により地球全体が支配されることが、人類の幸福に繋がると信じて疑わいません。 此れからも私はグレタリアン帝国の為に働き続けます。」



 そう高らかにトリス・ローデは宣言して、来賓客達へ謝意を告げると、着席していた皆が一斉に立ち上がり彼へ、拍手を送り始めた。

 そして、信じられない事にトリス・ローデからは、全く悪意を感じられなかった。

 悪意無き純粋さで覇権主義を謳う。

 俺は何となく薄ら寒いモノを感じ、品よく話す明るいブラウンの巻き毛をしたトリス・ローデをもう一度見ると、あの印象的な目と視線が交わった。


 俺は視線を逸らして、トリス・ローデから何かを伝えようとする意思の疎通をパスした。


 その後、歓談の時間になり、ひっそりと俺とセシルは豪華客船ホワイトローズ号を降りて、待たせていた辻馬車へと乗り込み、プリマス駅へと向かわせた。








     ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



   アリロスト歴1898年 9月




 曾孫ウィルとエイム卿の『どちらが俺の好みを知っているか競争』に、俺は心底疲れ果て、面倒なのでエイム卿と一緒に南セントラルにある男爵邸へと向かった。

 まっ、7月に出産を済ませたクロエの様子を見て於きたかったつうのもある。

 玄関ホールでエイム卿と別れて、俺は顎鬚ディックの案内でクロエが居る部屋へと歩いて行った。

 木製の重い扉を開いて俺が部屋に入ると、若草色の寝椅子に腰掛け、楽そうなコットンワンピースを着て、小さな乳児を腕に抱えたクロエが居た。


 「お帰りージャック、思ったよりジャックは元気そうね。」

 「只今、サマンサ。出産おめでとう、おっ、この子って、髪がルスランと同じ白金じゃん、将来モテそう。」

 「ふふ、有難う。ニコラスって名付けたの。普段はニックって呼んでるの。」

 「おー聖人の名前じゃん。目元はサマンサに似てるなー。そういやルスランは?」

 「あー、今向こうの部屋で商会の会計を遣ってるわ。ニックを産んで私が良く昼寝をするようになって少しサボってたから、今慌てて挽回して貰ってる。まだ私の集中力が戻らなくて。」

 「もしかしてサマンサって母乳?」

 「ええ、当たり前でしょう。」

 「だからかもな。案外母乳造るのにも体力使うそうだし。それにサマンサも、もう年だ、、、あっ。」

 「はいはい、ジャックは年だって何時も思ってたのね。はい、もう40歳に成ったし、年って事で良いわ、流石に30代の頃は嫌だったけど。やっぱりニックの免疫の事を考えると生後3ヶ月までは母乳で育てたいのよ。特に此処で暮らして居る間は、私もする仕事が無いから。」

 「ははっ、ジェロームは、サマンサが早く戻って来ないかな、って俺への手紙で愚痴ってたよ。サマンサの味が恋しいそうだ。でも母乳なら半年くらいは此の男爵邸でゆっくりしたら?基本的にメイドは西側の仕事をさせて貰え無いから、彼女達もきっと喜んでると思うよ。」

 「ええー勿体ないわ。」

 「だろ、俺もそう思うけど雇い主の意向には逆らえません。」

 「そう言えば、私は此処へ来た初日にエイム公爵に会っただけで、全然会えてないのよね。お礼とか色々と言いたいのに。」

 「ああー、そう言うのはディックに言って於くと、エイム卿に伝えて貰えるよ。でも、サマンサもニックも元気そうで良かったよ。俺は11月までロンドに居るから何か手伝いが必要なら言ってよ。」

 「有難うジャック。てっ、ジャックは中途半端な時期に、ロンドへ戻って来たのね。11月までって後、2ヶ月じゃない。」

 「まーね、色々在るんだよ。俺さ、世の嫁姑問題で悩む夫の気持ちが凄く良く判ってさ、うん、旦那のルスランを大事にしろよサマンサ。」

 「意味が分かんないわジャック、言われなくても大事にしているわよ。」

 「はははっ。」



 俺は乾いた笑いで、エイム卿を妻として例えていた自分をクロエに誤魔化して、滋養回復用にクロエに作ったローズ・キャンディーやアロエ・キャンディーを土産に手渡し、下宿112Bへ戻る為に、急ぎ足で馬車へ乗った。




    ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 10ヶ月ぶりに下宿112Bの真鍮の扉をロビンに開けて貰い俺は螺旋階段を登り、探偵事務所の傍まで行けば自動ドアの様に黒い扉が開き、影が滲み出した男のクロードが室内へ招き入れて呉れた。

 緑藍は寝椅子で仰向けに寝転がり、薄い躰の上に書類を置いて目を通していた。

 淡い金糸の髪をサイドから後ろへと束ねて此のグレタリアンでは珍しいロン毛もその美しい容貌にはマッチして益々の美少年ぶりだった。

 ちょっと待って。

 緑藍、お前ってもう三十路じゃねーか、許せん若さだ。


 「お帰りージャック。今年はロンドに戻らないかと思ってたぞ。」

 「ジャック、お帰りなさい。元気そうで良かった。」

 「ただいまー、ジェローム、ワート君。有難うワート君、ジェロームも少しはワート君を見習えよ。」

 「ふふっ、私がジャックに気を使っても無意味だろ。でも男爵邸での仕事は暫く休みだろ?」

 「うん。ちょっとサマンサの顔も見て於きたかったからな。高齢出産だから心配だったんだ。中々に綺麗な顔の子だったぞ。ニコラスって名でニックと呼んでいるってさ。」

 「おーっ、なんかジャックが嬉しそうだ。シェリーの子が生れた時とは顔付が違う。」

 「いやさー、サマンサの子って俺には、なんだか特別なんだよね。家族の子供って感じ?」

 「うんうん、ソレはあるね、身内感って奴?グランマおめでとうっ!って思ったよ。私も会いに行きたいけど、男爵邸に通って兄が作ったあそこを今は知られたく無いしな。」

 「おい、まだジェロームは狙われてるのか?」

 「んー、多分ね。一応は外を歩いたりして、様子見ているけど反応がない、まっ念の為。セイン達には窮屈な思いをさせてるよ。」

 「ジェロームは、何を言ってるんだよ。ブレード地区から出る時は、トマスを僕やオリビアに就けて呉れてるじゃないか。それに元の生活もジェロームの依頼が無い時は、此処か僕の屋敷に居るかのどちらかだから、全く窮屈さを感じないよ。僕の心配より、ジェロームは自分の心配をしてよ。」



 うんうん。

 緑藍とワート君が互いを労り合って麗しきグレタリアン流友情かな。

 セリフだけ聞いて居ると素敵な友情物語なのに、そうやって直ぐに見詰め合わないで欲しいっす。

 僅かに動いた緑藍の腹の上からヒラリと紙が落ちたので、俺は椅子から立ち上がって、それを拾って緑藍に渡した。



 「ジェロームが持ってるソレは新しい事件?」

 「うん。まあ、もう解決したけどね。」

 「グロ系?」

 「いやっ、話を持って来たのはコナン警部補で実は依頼では無く相談だったんだ。丁度ジャックも知っての通り現在ジェローム探偵事務所は会計係が産休でいない、つう事で話だけは聞くことにしたんだ。」

 「はぁー、ジェローム、あんまり遣り過ぎてるとサマンサが戻って来てから怒られるぞ。」

 「ふふっ、そこまで私はお人好しじゃ無いからジャックも安心しろよ。」



 そう言って整った鼻根にしわを寄せて緑藍は笑って俺に話し始めた。




     ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 コナン警部補の友人ネスター・シール家はウェンリー町で金貸と質屋を営んでいた。

 銀行の融資とは違い、大抵が1ポンド以内の貸し出しで急に入用に成った時に借りると言う形態で、1ポンド以上必要な時は担保が必要になるので質屋を利用して貰う。

 担保なしの貸し出しは金利が高くなるからだ。

 俺はふとフロラルスに多く居た悪徳金貸し達を想い出していた。

 如何やらそれとは違い、ウェンリー町の人に返せる金利だと言う。

 なんでもネスターの祖父さんが、金に困っていた時にウェンリー町の人が金を貸してくれたお陰で妻と自分が救われた、その恩返しも込めて余裕が出来た資金で金貸しと質屋を始めたそうだ。

 父親は幼い頃に亡くなり祖父にネスターは育てられた。

 昨年その祖父も亡くなり、跡は継がなくてもいいと祖父に言われたが自分も祖父の遺志を継ぎたいとネスターは考え、現在勤めている古物商を止める準備を進めていると、ある日太った男がネスターの住む家に訪ねて来た。


 実は祖父は男に金を借りていて、亡くなったら店ごと男に譲渡する契約を結んでいた。

 書類に書いてあったサインは確かに祖父の物だった。

 契約書に書かれている金額はとてもネスターに用意出来る金額では無かった。

 店と家は一体になっているので、引っ越し先も探さなければならなかった。

 暗い気持ちでコーヒーショップで、ネスターが珈琲を飲んでいると、知人のコナン警部補に声を掛けられた。

 ネスターの沈んだ様子を、疑問に思ったコナン警部補は理由を聞き、ネスターが沈んでいる事情を話した。

 ネスターからの事情を聞いたコナン警部補は、暫く考え込んだ後、ネスターを連れてジェローム探偵事務所の黒い扉を開いたのだった。


 「ええー、それでジェロームに相談に来たのか?」

 「どうもコナン警部補の頭の中では困ったら私に聴けという模範解答があるらしい。まあ、私も気分転換をしたかったから、ネスターとコナン警部補に付き合うことにしたんだ。今回もセインには良く動いて貰ったよ。近隣の住人にネスターの祖父の為人や、日常生活の様子とかを聞いて貰ったんだ。」

 「ジェロームが、また面倒な頼みごとをワート君にして、お疲れワート君。」

 「いえ僕はジェロームの役に立つ事なら嬉しいので。大丈夫ですよジャック。」

 「うん、ワート君ならそう言うよね。」


 「でもってセインの報告や、私が金貸しの事務所や質屋を調査したけど、金を借りる必要性も無ければ、金を借りた気配も無い、なのに借用書がある。こう言う有り得ない事が起きた時は、有り得ない事を疑うってのが、基本だよね。」

 「いやジェローム。俺に探偵の基本を言われてもな―。」

 「ふふっ、まっ私なら借用書を疑うって話だ。さて、私は何をしたかジャックなら分るよネ。」

 「はい、ジェロームは借用書を持って来た人間に殴り込みに行った。」

 「正解だ、ジャック。良く判ったね。」

 「ハア―、だって謎解きしないで、行き成り俺に問い掛けるんだから、判るっつうの。ホントにジェロームとエイム卿って似てるって思うわ。まあジェロームの方は問い掛けが、エイム卿より滅茶苦茶、優しいから許せる。」

 「ふっ、私はジャックに許された。まあクロードとトマスと一緒にボコりに行って、犯人達は借用書は偽物だと自白した。」

 「それってジェロームが、強引に自白させたんだろう。相手に傷害で訴えられたら如何(どう)してくれる?被害を被るのは、今でも所長の俺なんだぞ。」

 「それは大丈夫だよ、ジャック。」

 「なんでさ。」

 「奴らの屋敷には、作りたてほやほやの新たな借用書と、それまでに作った11枚の借用書が在ったから。良い腕を持った偽造職人を仲間にしていたよ。夫や子供が戦死して落ち込んでいる所へ乗り込んで借金返済を迫り、困った被害者に安い金利で返済をし安くして上げると、新たに今度は正式な借用書を書かせる心算(つもり)だったみたいだよ。その為に、ネスターのシール金融商店が欲しかったと告白した。」


 「えげつない、、、。」

 「そっ、でもコナン警部補が私へ相談に来たから、ポーラン戦争での未亡人たちへ無用な被害を出さずに済んだって事で、コナン警部補はお手柄だよ。」

 「だな、悲しんでる所へ借金の話とかされたら堪らないよ。でも、あれだな、ジェロームは探偵事務所を始めたばかりの頃、殺人しか捜査しないって言ってたのが懐かしいな。そんな相談まで乗ってあげるなんて。」

 「そうだな、案外と殺人で無い事件の方が、興味深い謎を持って居るって解って来たからね。それに私が追い掛けている相手は、何かの事件に今も絡んでいる筈なんだ。って訳で是から忙しく成るんだけど、、、チラっ。」

 「パスっ。」

 「ええー、良いじゃんかー、少しジャックも手伝ってよ。」

 「無理っ。」

 「いや、事件の調査とかは勿論ジャックに頼まないよ。ただサマンサが今は居ないだろ。事務の方を手伝って欲しいんだよ。新しく人を雇っても、サマンサが戻って来たら辞めて貰うことに成るし、一先ず11月まで遣ってみてくれるとマジ助かる。」

 「全くジェロームは。ホントに捜査系はパスっ!だからな。つっても俺は何処で事務をすれば良いんだ?あのワークデスクはワート君のだし、一応はレディーのサマンサの部屋には畏れ多くて入れないし。」

 「ああ、今私が寝転がってる寝椅子で良いだろ。私のワークデスクの隣に或るコンソールテーブルを使えば丁度高さは合うはずだ。」

 「いやー、此処だと依頼人の話も聞こえるし、ジェロームとワート君が事件の事を話してたら聞こえるだろ。うん、やっぱり俺の部屋でするわ。」

 「(チっ)、あいよ。」



 俺は何となく緑藍の不穏な気配を察して、自室で事務をすると言う結論に達した。

 緑藍のワークデスクに散らばっている請求書を、籐を編んで作った浅い籠に居れ、昔作って置いたファイルケースを書棚から発掘した。

 自分のテリトリーを掃除しない癖に、他人に片付けられると不機嫌に成ると言う、困った緑藍の性癖を想い出して、俺は溜息を吐いた。

 暫し、緑藍のお世話係も復活させられそうだ。

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