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エイム迷走ス  作者: くろ
104/111

プレリュード


   アリロスト歴1901年   3月



 エイム卿に急かされて俺はウエストコートに薄手の水色のウールのシガー・ジャケットを羽織りその上からドライビングコート、そしてベージュのオーバーコートを羽織り旅行鞄を持った。

 俺の厚着に呆れた顔をして麗しいエイム卿は溜息交じりに呟いた。


 「ドライビングコートは不要だろう。移動は船と殆ど蒸気機関車の車内だぞ、馬車での移動もスロン王国に入ってバールゼ駅から宿までの10分くらいしか無い。もう3月だと言うのに、そんな厚着では折角のジャックの容姿が台無しだ。」

 「ははっ、エイム卿。俺って恰好よりも暖かい方が大切なんですよ。でもちゃんとエイム卿の注文通りに毛皮のコートは鞄に仕舞ってます。全くスロン王国に行かなくても温泉ならグレタリアンにもあるのに。」

 「うん?なんだ?ジャック。」

 「いっ、いえっいっ!いええーい!えいっ!、愉しみですよ、スロン王国に或る温泉。」


 スロン王国に或る温泉を俺が否定しようとしたら、一瞬懐かしい悪魔エイム卿の冷気が発生したので、俺は慌てて、「いえいっ!いえいっ!」と、意味不明に腕を動かし楽し気に踊ってみせた。





 一応、グレタリアンのデバーレイ首相が青い疾病は終息したと言う事にして国内外に発表したけど、緑藍からの手紙では、患者も未だいるよーでパンデミックの後始末が大変そうだ。

 亡くなる人もまだ居るのは、潜伏期間も在るし、発症しても無自覚な人も居るしなー。

 でも、一番の原因は風邪つうか、インフルエンザも流行って所為だろうな。

 コッチの方は免疫力上げるしか無いし、弱り目に祟り目だ。



 そんな中なのに、エイム卿はスロン王国への温泉旅行をゴーイングマイウエイで、俺を引き連れウキウキで実施中だったり、現在は旧ギール王国の隣ルクセン公国からリュッセル駅へと向かっている所。

 つうか、馬鹿は風邪を引かないと言うが、うんな訳ありません。

 馬鹿も馬鹿なりに風邪を引くってモンすよ。

 まー、風邪って言うかインフルエンザっすからね、今、ヨーアン諸国で流行っているの。

 気管の弱い俺って冬場の外出時は基本マスク男子だが、麗しエイム卿はマスクも掛けないのに今日も元気で神々しい。


 相変わらずマフィアの大ボスみたいな黒のオーバーコートを羽織って、淡い金糸の髪を後ろにセットし黒のハンティング帽を被り、一部の隙もない整った容姿をしてやがるエイム卿がエロいテノール・ヴォイスで俺へ話し掛けた。


 「ジャックはマスクをしない方が私は良いと思うのだが。」

 「まー、この一等車内ならマスク取っても大丈夫っすね。エイム卿もランプルのホテルに着いたら嗽と手洗いをして下さいよ。性質の悪い風邪が流行っているみたいっすから。」

 「う、うむ。」

 「でも何故、此の時期にスロン王国へ?一先ず開戦前に各国で悪性の風邪が猛威を振るい、休戦に成ったからと言っても、グレタリアンは今やプロセンに取って敵国ですよね?」

 「そうなんだが外務卿に成ったデニドーア公爵が私を今回のプロセンとオーリア、モスニアの会議に連れ出そうとしたから、ジャックとスロン王国で仕事が在ると言って断ったのだ。」

 「ああ-、ぬらりひょんデニドーア公爵対策ですか。でも会議があるとは知りませんでした。」

 「まあ外交上の秘密会議だからな。」

 「、、、知りたく無かった。」

 「ジャックも、もう諦めなさい。本年からジャックも内務調査室の一員なんだから。」

 「はあ、何時の間にそんなことに成っていたんだ。ウィルは俺に何も話してくれなかったし、俺は政治の中に入りたく無かったのに。絶対に碌でもない話ばっかを知ることに成るんすよ。それにエイム卿だって知っているでしょ?俺ってグロい、つうか暴力的な話は駄目だって。」

 「大丈夫だ、私が守って遣る。しかし、スロン王国での護衛をウィリアムに頼む筈だったのだが、予定が入って来れなく成ったのは残念だ。今は、ジェローム周辺の警備を厚くしている分、こちらに人が足りないからな。」

 「そう言えば俺は吃驚しましたよ。怪盗バートが銀行強盗って新聞に載っていて。ウィルがまた何か遣らかしたのかもって、焦りました。エイム卿に、ウィルがこんな荒っぽい犯罪をする訳ないだろって言って貰えたので、俺はホッと出来ました。」

 「ふふっ、ウィリアムもジャックに誤解された侭では可哀想だろう。それに彼は正しくありたいと願っているようだしな。」

 「ははっ、そうでした。俺といる時はチャラいですが、まあ「自由」「平等」「友愛」「寛容」「人道」を基本理念にした活動をするって言ってましたしね。しかしバートの名を騙っても別段、犯罪スキルが上がる訳でも無いのに、強盗犯は何をしたかったのやら。」

 「まー、恐らくはジェロームを(おび)き出す為の罠だろう。ブレード地区では手出しが出来ないから。」

 「それって。」

 「ああ、モーランド公爵からジェロームへの招待状じゃないかな。」

 「ええー、らしく無いな―。モーランド公爵は、あんまり目立つような犯罪をする人と思って無かったので。もしかして、ウィルが来れなかったのは、此の銀行強盗を捕まえる為?」

 「ふふっ、そうだ。ウィリアムは、こんな雑な犯罪に怪盗バートの名を使われたく無いそうだ。新聞報道によると、チェスタにあるピンペイント銀行が閉まった夜中に犯行が行われたようだ。銀行内で警備していた警備員が1人は死亡、もう1人も重症、そして金庫に仕舞われていた50ポンドと10ポンド紙幣と金貨が盗まれた。丁度チェスタ大学に贈られた寄付金を、ピンペイント銀行が引き受けた後で、通常より多くの紙幣や金貨を金庫へ閉まっていたそうだ。外から無理矢理押入った形跡が無いので、チェスタ警察はその手際に、怪盗バートと書かれた置手紙を素直に信じたそうだよ。」


 「はぁー、俺が油断して居たら、サクっとエイム卿に事件の説明をされてしまった。確かにチェスタならウィルの領地の隣だし、チェスタ大学は創設家の1つだし、オマケに怪盗バートの名を騙られていたら、ウィルなら動きそうですね。それにサマンサもジェロームを地方へ行かせてくなかったから、丁度良かったかも。」

 「何故、モーランド公爵は怪盗バートの名を出したと思う?ジェロームが犯人を突き止めていない人間だからだよ。私もジェロームは罠だと解っていても、怪盗バートの名に釣られてしまうのではと、危惧しているのだ。ジャックも言っていた通り、ジェロームは負けず嫌いだからね。だから私はウィリアムにジェロームのフォローも頼んだのだよ。」

 「エイム卿からジェロームに怪盗バートの正体を明かす訳にはいかないのでしょうね。」

 「ああ、ウィリアムと私との契約だからな。」

 「全く、面倒な。」


 俺はそう呟いて、一緒について来ている従者のリノとドルフからバスケットに入れていた温いエーデルティーをカップに注いで貰って乾いた喉を潤しつつ、蒸気が途切れた車窓を眺めた。

 豊かな若い緑が溢れる森林風景を抜け、田園地帯に入るとランダ国と良く似たベージュ色や白色の背の高い建物にチャコールグレーの屋根の上に小さなペディメント乗った家々が見えて来た。


 戦いとは無縁に見える長閑な車窓からの風景を見つつ、俺はエイム卿が変わったなと思った。

 昔なら、ジェロームつうか緑藍に罠が張られたと知った段階で、エイム卿は国外などに出ず、緑藍の傍で覗き見、、、いやっ見守り続けて居ただろう。

 それを緑藍が可成り鬱陶しがっていたので、緑藍に取っては良い傾向だとは思う。

 まあ俺に取っては、、、色々在るよな、人生って。


 

 

 

 

 

  スロン王国へ入ると肌寒さが増したので、俺は持って来た鞄から毛皮を出して、茶色のビーバーコートを着た。

 駅に着いたらまだ時間があったので、リュッセル駅から乗り換えて蒸気機関車でランブル駅へと向かい、駅の近くに建っていた真新しいロッジのようなホテルへと宿泊する事にした。

 近い様に見える山々には真白や青味を帯びた雪が残り、キリリと立つ山々は俺達を拒んでいる様に見えた。

 その日は此処で泊まり、明日はスロン王国の首都ネーブルに行き、そこから温泉の或るマリンゲを目指すことにした。

 宿について直ぐにエイム卿は電信を2通出し、俺にも打つかと聞いたので明日ネーブルで緑藍へ手紙を出したいと伝えると了承の意味を兼ねてエイム卿は大きく縦に頷いた。

 荷物をホテルのポーターにも任せ、俺とエイム卿は食堂へ行き、大きな暖炉の近く置かれたアッシュで造られたラウンドテーブルの席に着いた。


 暫くしてベリーソース掛けの子牛のソテーや、季節の野菜、スープ、ロールパンが出され俺とエイム卿は赤ワインと共に、舌鼓を打ち、その美味しさに会話も弾んだ。

 そしてカップスープのパイ包みが最後に出され、パイを銀のフォークでカップに落とし始めた頃、

 エイム卿の傍に50代位の男性が入って来た。


 「ネーブルにあるホテルで爆弾が仕掛けられていただと。」

 「はい、丁度、明日休戦会談が行われる予定のホテルです。」

 「ふむ、コッチには何人来ている・」

 「私を含め2人です。」

 「うーん。」

 「あっあの、エイム卿、俺は部屋で大人しくしているので、リノとドルフも使ってそちらの仕事を済ませて下さい。」

 「しかし、、、。」

 「此れが俺の初任務と思って下さい。その会談が上手く行けば戦争を回避する事が出来るかも知れないんですよね。お願いしますエイム卿。」

 「分かった。部屋で大人しくしているんだぞ。」

 「はい。」



 家庭的な食堂から俺とエイム卿は出て行き、ポーターに案内され艶出しをされた褐色の扉を開いて、落ち着いた室内へと入って行った。

 麗しのエイム卿は徐に俺をハグして「気を付けるんだぞ」とエロいテノール・ヴォイスで耳元で囁き、慌ただしくリノとドルフとエイム卿の部下を連れて出て行った。



 既に窓の鎧戸は降ろされ、冷気を追い出すようなペールベージュの漆喰壁に低い天井の部屋で、赤々と燃える暖炉の温もりを室内へと広げていた。

その室内の暖かさに、俺はオーバーコートもドライビングコートも脱ぎ、ウォールナットのローテーブルと合わせて作られたアームチェアに座り、椅子の傍に置いていた旅行鞄の中から本を取り出した。


 『ジャック、此れは可愛い話だった筈だよ。』


 そう言って緑藍から渡された「6ペンスのお願い」つうワート君が書いたジェローム探偵の冒険の中の一冊を俺は読み始めた。

 あの緑藍が6歳の少年の依頼を受けて母親を捜すお話だった。

 

 あのエイム卿も変わったように、思えば緑藍も変わったよな。

 この世界で意識を取り戻した緑藍は、何か在れば壊れてしまいそうな硝子細工に思えて、俺は内心で何時もヒヤヒヤしながら緑藍を見ていた。

 でもデッカイ栗鼠のワート君と過ごす内に俺とクロエ以外を拒絶していた緑藍の精神が緩み、気が付けば緑藍がワート君やオリビア達を気に掛け、クロエの息子たちの未来も語るように成っていた。

 1884年から1900年に起きたパンデミックまでの16年を俺は思い返していた。

 俺はあんまし変わってない気がする、なんせ、童貞だし。


 ふと時計を見ると深夜2時を過ぎていた。

 流石に、そろそろ眠らないと朝に起きれなくなる可能性がある。

 


 

 そんな事を考えている扉をノックする音が聴こえた。

 うん。

 まー、予感は在ったんだよな。

 何となくね。


 俺は空いた椅子に掛けてあったオーバーコートを手に取り羽織りながら、褐色の扉の前までゆっくりと歩いていった。

 「はい。何か?」

 「ジャック、久し振りだね。扉を開けて呉れると嬉しいんだが。」


 俺は静かに褐色の扉を開き、ハンティング帽に毛皮のダークブラウン色したコートを羽織った品の良いモーランド公爵を静かに温かな部屋へ招き入れた。

 後ろからウェットリバーの貸別荘で会った従者と執事もモーランド公爵について来ていた。

 俺は空いているアームチェアーをモーランド公爵に勧め、俺は元居た向かいの席へと腰を掛けた。


 「ジャックは驚いて無いんだね。私が此処に来た事を。」

 「ネーブルに或るホテルに爆弾が仕掛けられて無ければ、スロンでじじい先生と会えば当然に驚きましたよ。俺はジェロームに対しての人質ですか?」

 「ふふっ、いやエイム公爵に対してだよ。ジェローム探偵はグレタリアンで多忙だろう。」

 「ホント、じじい先生は何を遣っているんだか。エイム兄弟に手を出しても敵う訳がないでしょ。」

 「ああ、それに気付いたのは狙った後だったのでね。私の旧知の駒を、ほぼジェローム探偵に取られてしまったよ。大幅に私の計画が狂って、今いる手駒を総動員してグレタリアンとスロンで事を起こした。ネーブルのホテルの爆弾を撤去されなければ、此処に来てジャックと会う心算も無かったんだよ。まあ、まだエイム公爵には私の犯行とバレてはいないようだがね。」


 「どうせ、じじい先生の事ですから、運が良ければ爆破するって、みたいな細工をしていたんでしょ?コットランに在ったテヤの鉄橋崩落事故もそうだし、この間のデッセンホール駅の事故もそうだし、ジェローム狙撃もそう。最後の引き金は運に任せてしまう。神様と決闘でもしているんですか?」



 テヤ鉄橋の蒸気機関車崩落事故も確りと保守や点検をしていれば防げたし、あの後エイム卿と危険そうな鉄橋をピックアップして点検作業をしてみれば、似た細工をした橋が2つあった。

 そしてデッセンホール駅の事故後、コナン警部補が緑藍に頼まれ運転士の事を調べる為に俺の離れに宿泊し、色々と情報を置いて行った。

 で、テヤ橋もデッセンホール駅も共に、昔昔のお話でモーランド公爵家が仕えていたローデアン王国だった場所なんだよね。

 鉄橋や線路は点検が厳しくなったから、今度遣らかすなら人かなって思って運転士の情報を読んで見ると、「あっ、こいつ実は精神的にイッテル」つう兆候があった。

 でもって18時間労働が頻繁に連続6日間続いてたりしていた。

 運転士の仕事がどんなものかは俺には分らんが、普通の事務労働でも精神がプッツン切れるか過労死レベルっすよ、この勤務体制。

 ノーブレーキだった事を想うと、誰かに囁かれたんだろうなーって感じたんだよな。

 道連れにされた人達は不幸以外何ものでもないが、運転士の精神は既に会社に殺されていた。



 つう感じで、考えていると緑藍の狙撃事件も約1800mからなんて当てるのに運が居るよなーって、思って居るとテヤ陸橋の崩落事故と同じ匂いを感じたんだよな。

 まあ、他にも起こした事件が或るんだろうけど、俺ってそう言うのは気分が悪くなるんで知りたくないんだよな。

 俺は自分の考えに耽っていると、低いが聞き取り安いモーランド公爵家の声がした。

 


 「ふふっ、神様と決闘か、そうかも知れんな。私は此の国の資本家と呼ばれる者が信仰している富を棄損させて遣りたかっただけなのだよジャック。偽1ポンド紙幣は上手く行っていたんだがね。」

 「まあ、その気持ちは俺も気持ちは分かるけど、でもジェロームは俺の大切な友達なんで彼を危険な目に遇わせたくないんですよ。だからジェロームと敵対するを止めて欲しいんっすけどね。」

 「それは無理だよジャック。私は負けず嫌いだからね。それに私が止めてもジェローム探偵は止まらないだろう?」

 「はぁー、そうだった。此れだから負けず嫌い同志は面倒なんだよ。」



 そう思って居ると背後から来た従者に、ハンカチのようなモノで俺は鼻と口を塞がれた。

 俺って、また攫われるのか。

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