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エイム迷走ス  作者: くろ
105/111

最後の事件

  アリロスト歴1901年   3月




  「ジャックを傷つける心算はないから、安心して眠りなさい。」


 低く優しいモーランド公爵の声が馬車に乗せられ意識が朦朧とした俺の耳へ届いた。

 俺を人質に取って、どう使うかは分らんが、駄目だよモーランド公爵。

 悪魔エイム卿は、人の手でどうこう出来る存在じゃ無いから、俺とか人質にしたらモーランド公爵は絶対に逃げられないよ。

 モーランド公爵が幾ら人生を諦めて居るからって言ってもさ。

 俺はモーランド公爵が壮絶な拷問に遭う姿とか想像をしたく無いよ。

 俺は案外じじい先生の事を気に入っているんだぜ、なあ、じじい先生。

 俺を解放すれば、国外になら逃げられるのに、、、。


 そんな詮無い想いに囚われつつ、俺の意識は遠のいて行った。






   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




  ゴォーゴォーと強大な猛獣の咆哮が途切れることなく続き、顔や髪へミストのような水気を浴び余りの寒さと冷たさで俺が目を覚ますと、俺を痩せた両腕で抱き締めているモーランド公爵と左側から従者、右側から執事が拳銃を俺の頭と心臓にピタリと押し付けていた。

 そして怖ろしい背後に或る滝壺より、なお恐ろしい圧力を感じ俺が顔を上げると、目の前には、淡い金糸の髪が朝日に透けてキラキラ輝き、スロン山脈の雪景色よりも一層凍える冷気を纏った麗しい悪魔エイム卿が毅然と立っていた。


 「ジャックは留守番も出来ないのか。」

 「済みません、エイム卿。お手数を掛けます。」

 「全くだ。さてモーランド公爵、言われた通りに私は1人でジャックを返して貰いに来たのだが、この山道を下る出口や国境沿いにはスロン兵に協力を要請して警備隊を敷いている。今、素直にジャックを解放し投降すれば、グレタリアン帝国まで公爵として丁重に遇する事を約束しよう。」

 「ふふっ、それは心惹かれる提案だが、私も遊んでいる訳ではないのでね。私の方の条件は1つだけだ。決闘だ、私は、エイム公爵へ決闘を申し込む。正か断ったりはしないだろ?」

 「ああ、勿論。しかし見届け人がモーランド公爵にしか居ないのは公平ではないな。」

 「ジャックが居るでしょう。受けて呉れるなら私の使用人を1人下げますよ。腕の拘束は解けないがジャックに突き付けている拳銃は外そう。」

 「それは、当然だな。判った、モーランド公爵からの決闘の申し出を受けよう。」

 


 如何やら話が纏まったようだが、決闘とか言ってるし、俺にはマジで意味が分かんない。

 つうか、エイム卿に万が一があったら如何するんだよ。

 緑藍もクロエもエイム卿の庇護が有るから、あのロンドにある下宿112Bで伸び伸びと、生きて行けてるんだぜ。

 緑藍もクロエもこの世界で、やっと未来について語れるようになったつうのに。

 俺はさ、

 俺はいいんだ、ホント。

 

 俺の内心、、、、心の中は、フロラルスとじじいとレコとルネばかり。

 

 色々さ、色んな思いに蓋をして、俺も頑張ってみたけど、この世界には俺と交わるモノがない。

 強いて言えばパルテの戦乙女位か。

 そんな俺にグレタリアンの政府中枢でエイム兄弟は働けと言う。

 勘弁してよと思っていた。


 でもって此の世界で無責任に生きている俺の為、決闘しようとしているアホなエイム卿。

 「アホか」と、時間が有れば俺は百篇エイム卿へ言いたい。

 そしてこんな俺に関わってエイム卿に万が一なんてあったら俺が死んでも死に切れないじゃん。

 死に切れず、既に俺は2~3回死んでるけどもさ。


 俺は焦りつつ必死で考え、結論を導き出した。


 『うん、死ぬなら俺で良くね?』


 つか俺が死んだら、この馬鹿げた決闘もなくなるだろうし。

 俺が唯一心残りで心配して傍にいた緑藍も、この世界で大切な栗鼠のワート君と出逢って、美しいケモナー物語を錬成している。

 クロエもマスター・ルスランと子供達と一緒に覇王グランマ・マスターとしてブレード地区を制圧し、新たなページを開いている。

 此処で緑藍とクロエに必要なのは、この世界のガードナー悪魔エイム卿しかいない。


 俺はそう決断すると細いモーランド公爵の腕から抜け出し、躊躇うことなく、勢い良く吹き上がり続ける蒸気機関のような水煙舞う、其処の見えない奈落へと飛び込んで行った。




 




   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※






 チェスタ銀行の謎も解け「怪盗バートの名を騙る」銀行強盗を突き止める依頼をして来たウィリアムと共に俺はチェスタ警察で事件解決の報告をし、署内の玄関ホールで別れの挨拶をしようとしていた。

 急にウィリアムは立ち止まり左手で瞼を抑えた。


 「うぁ、済みません。目が眩んで、、、。」


 俺は立ち眩みを起こしたウィリアムに近付こうと足を一歩踏み出した。

 するとガチンと俺の脳内で掛け金の嵌る音が大きく響き、俺は喪失感で胸が苦しくなった。

 『ああー、ジャックが消えた。』

 この世界で俺が意識を取り戻して、ずっと傍にあったオレンジ色の温もりが消え、その温もりはジャックだったと知覚し、その消失を知った。


 俺はいつかこんな日が来るような気もしていた。

 優しく俺を包みながらも、この世界には馴染まないジャックを歯痒く思いつつも、仕方ないと俺は諦めて居た。

 ジャックの感性と此のグレタリアンは、どうしても相容れないモノだと俺も判っていたから。

 俺もジャックにこの世界へ馴染ませようと色々強引な手を使ったけれど、ジャックはこの世界と交わって行こうとしなかった。

 レコへの拘りと言い、俺より重症だったのかも知れない。

 それを言っても今更だけど。

 何が切っ掛けで消えたのか分からないけど、此れは兄もウィリアムも大変な事に成りそうだと、俺は額に手を当て大きく溜息を吐いた。


 「大丈夫か、ウィリアム。」

 「ああ、ジェローム探偵。最近忙しくて立ち眩みを起こしたみたいだ。もう大丈夫だ、事件も解決したしジェローム探偵もロンドに戻るのかい?」

 「そうだね、えーとウィリアムは大丈夫かい?ジャックの事は、、、えーと、また此処では話せないな。うーん、如何しよう。」

 「うん?ジャックって何処のジャックの事だい?ジェローム探偵。」


 爽やかなイケメンフェイスで、にこやかに問い掛けて来たウィリアム。

 その素直な疑問の表情は、本当にジャックの事が判らないみたいだ。

 ウィリアムの声に嘘もない。

 もう少し確かめてみよう。



 「そう言えば兄はスロン王国へ行っているんだけど、ウィリアムは何か聴いている?」

 「あっーまぁー、ジェローム探偵なら言っても大丈夫か。実はエイム公爵はデニドーア公爵と一緒にスロン王国でプロセンとモスニアとオーリアを交えて内密の会議をしているんだ。」

 「へっ、へー、そうだったのか。なるほど、有難う。さてまあ、今回はお疲れ。では、またなウィリアム。」

 「ふふっ、お疲れさま、何かあったら又よろしくお願いするよ、ジェローム。」


 そう言って微笑むウィリアムに、俺は軽く手を振り、チェスタ警察署を出た。

 ジャックが居たと言う事自体が無くなっていた。

 ジェローム探偵事務所へ依頼をしに来た時、兄とジャックがマリンダの温泉で逗留する事を、兄の職権乱用だとウィリアムは不平タラタラだったのに、そのこと自体も消失していた。

 マジで神の呪いか悪魔の祝福か、碌でも無い事を飛んでもない規模で起こしやがって。

 俺はクロエが戸惑っていないか心配に成り、急ぎ足でチェスタ駅を目指した。






 下宿112Bの真鍮の扉を開き、俺は玄関ホールから一階の談話室へと入って行くと安楽椅子に座ったクロエが少し憂鬱そうな顔で俺の方を向いた。

 俺はクロエの向かいに座り、沈んだ表情のクロエに話し掛けた。


 「ジャックが此の世界から消えたね、クロエ。」

 「はぁー、やっぱりそうなのね。胸の奥にあった温かいモノがシュって消えて、酷い喪失感に襲われたのよ。思わずジャックっ!って名前を呼んだら、誰だい?って、ルスランに問われたから、少し混乱しちゃったの。今は私も落ち着いたけどね。」

 「そっか、やっぱり俺とクロエ以外はジャックの記憶が消失するみたいだね。一緒に居たウィリアムもジャックの記憶が無く成っていたよ。」

 「嘘、あのウィルが?あんなにジャックに惚れていたのに。」

 「全くさ、神か悪魔は碌でも無い。つう訳で俺はジャックに何が起きたのかを調べて来るよ。恐らく一緒に居ただろう兄もジャックの様子を説明が出来ると思えないし。」

 「私も行きたいけど、って、緑藍、セインは?」

 「ああーっ!チェスタ大学前のレストランで待たせた侭だった―。俺も焦って居たみたいだ。クロードに頼んでくるよ、クロエは確り留守番を頼む。」

 「ええ、緑藍も気を付けてね。」


 そう言って俺は談話室から出るとロビンが兄からの電信を持って来た。

 其処には、「モーランド公爵を確保、帰国するードルフ」と打って在った。

 ドルフって兄がジャックに就けて居た護衛だよな。

 兄が俺を出し抜いてモーランド公爵を確保するとは考えられない。

 つう事は、消えたジャックがなんか遣らかして、兄がモーランド公爵を確保するような事態に成ったって訳か。

 俺は階下からクロードを呼び、チェスタへセインを迎えに行って貰うことにした。

 

 暫くすると、ロンド・ポストの号外が俺に届けられ、スロン王国でホテルを爆破しようとしていたモーランド公爵一味をスロン兵たちと協力してエイム公爵が捕縛したと言う報せを載せていた。

 モーランド公爵は、何を遣らかして居るんだろうか。

 ウィリアムが言っていた秘密の外務交渉をブチ壊す心算だったのかもね。

 モーランド公爵は、一気に戦争にでも舵を切らせたかったのか。

 そんな事をせずとも戦争には雪崩れ込むのに。

 少なくともルドアとは近々遣り合うことに成るだろう。

 で、ルドアと遣り合ったらプロセンも出て来る。

 今回プロセンが秘密会議のテーブルに着いたのはモスニアが参加して居たからだろうし。

 全くモーランド公爵は、年寄りの癖に。

 ああ、年を取っているからかもな。

 ホント、ヨーアン諸国は気忙しいな、ジャック。

 

 さて、俺はジャックを捜しに行こうかな。

 そう俺は考えて、セインへと伝言を残して真鍮の扉を押し開き、賑やかなブレード通りへと大きく足を踏み出した。




 



   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




 自然の咆哮が続き水煙が巻き上がる奈落の底へジャックが消えてから、モーランド公爵とエイム公爵は動きを止め硬直した侭、ヘンゼルニーベの滝を見詰め続けて居る間に、2人の脳内でジャックの全ての記憶と事象が消失した。

 ただ、大切な何かが滝壺の底へ沈んで行った感覚だけが残り、2人は滂沱の涙を流していた。

 モーランド公爵の執事と従僕は彼を支えてハンカチを渡し、モーランド公爵が落ち着くのを待ち、そして暫くするとエイム公爵の従者たちも現れ、首を捻りながらエイム公爵にハンカチを渡した。


 モーランド公爵もエイム公爵も何が起きたのかは理解出来なかったが、大きな喪失感で数日間は会話する事が出来なかった。


 いつしかヘンゼルニーベの滝は忘却の滝と呼ばれる様になった。








  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




   アリロスト歴1764年   3月




  沈み込んでいた意識が、強烈な臭気で俺は目覚めた。

 うげー、此の鼻が曲がりそうな匂いとリボンとレースを髪や衣服に山ほど付けた男たちは、フロラルスのエトワール宮殿ではないか。

 俺ってアフルレッド王太子に戻ったのか。

 如何やら10歳の俺は侍従たちと自室へ向かい歩いていた様だ。

 

 水の爆煙へと飛び込み俺は何処かホッとしていた。

 あの侭、あの時代に居れば世界大戦が始まってしまう。

 グレタリアンはどうなるか分からないがプロセンと隣接しているフロラルスは戦争で大きな被害を出してしまうだろう。

 そして俺の好きだったオーリア帝国がこれ以上弱体化していくのを見ているのは辛かった。

 つうか弱体化させてるのがグレタリアンってのがさー。

 今まではエイム卿の言ってることを何も考えずに補佐官ヒューイや配下ーズに告げるだけだったが、此れからは俺の考えも言えとか、もう拷問だからな。

 俺に取っては。

 いや個人的に嫌いでは無いんだよ。

 エイム卿も配下ーズも。


 ずーっと幾度も、俺はアルフレッドでは無くジャックだ、と内心の奥深くへ感情のピースを押し込み封印していたけど、グレタリアンでの生活はもう限界だった。

 心配だった緑藍とクロエもパンデミックの前に話し合って、ああ、もう2人は大丈夫だって思うと、俺がグレタリアンで歯を食いしばって生きるレーゾンデートルの喪失が起きたんだよね。

 でもってモーランド公爵とエイム卿が意味不明な決闘とか言い出すし、てか、エイム卿が重傷を負ったり死んじゃあ駄目じゃんつうて思ったら、俺は滝へドボンしていた。

 はは、飛び込んだ途端、やべっって思ったら俺って気絶してるし。


 まあ、相変わらず何時でも吐けそうな悪臭なんだけど、鮮やかな日差しが懐かして嬉しくて。

 ちょっと俺のテンションがヤバイ。

 でもってやっぱりじじい陛下を助ける為に今世も頑張るよ。


 つうか、あの今、部屋から澄まして出て来て、俺に気取った礼をしているのはレコだっ!

 また盗みをしてたんだな。

 その碧掛かった瞳と理知的な容貌は、俺がずっと逢いたくて堪らなかったアルセーヌ・=レコ=ヴィラン。

 今は未だ、アルセーヌ・ヴィラン。


 思わず駆け出して、今は10歳の俺より可成り背の高いアルセーヌに飛びついた。



 「君の名はアルセーヌ。」



 そして俺とアルセーヌの物語が此処から始まる。

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