11 招待
「エイレンが来たと申すのか」
帰ってきたアイレンさんにお姉様の事を報告すると、途端に不機嫌そうに眉をひそめた。
「あまりにアイレンさんにそっくりなので、間違えてしまいましたわ」
「似ていて当然じゃ。双子じゃからな」
カナさんみたいに大きなお子さんがいるのに、姉妹そろって子供の姿なのは何故だろう。聞いてみたいが、触れてはいけない気がして、言葉を飲み込む。
「あやつはなんの用だと言っておったのじゃ?」
「わたしに話者の試験の事を聞いていかれましたよ」
「フン、どこで嗅ぎつけたのやら」
アイレンは苦々しそうな顔をした。
「フィオナの事を随分気にされているようでしたけれど」
わたしが言うと、アイレンさんの顔色が変わった。
「誰じゃって? ナディア様の側に誰かおるのか?」
「ええ……アイレンさんはご存知なのかと思っていました」
わたしは、フィオナが向こうでわたしの試験を手助けしてくれていることや、わたしにそっくりなことを話した。アイレンさんは、お姉様と同じように何かを考え込んでいる様子だった。
「エイレンは何か言っておったか」
「『現し世に有らざる魂』とかなんとか……」
「……そうか。我々が把握しきれぬ話者など、本来あり得ぬこと。ナディア様のみぞ知る、ということじゃな」
ナディアさんもフィオナのことを詳しく話してくれない。あの子にはどんな秘密があるのだろう。
フレアランスに滞在して二週間。お城に部屋を用意して貰っているものの、今日まで全く使うことはなかった。表向きには、結婚の儀に向けた準備中である立場上、あまりお城に寄り付かないのも問題がある。
丁度気にかけていたところで、エルドリック王子からお昼御飯のお誘いを頂いた。わたしはブラウンと共にフレアランス城を訪れることにした。
城内に入ると、兵士たちが最敬礼で出迎えた。わたしは知らず知らずのうちにため息をついていた。やはりわたしは、王家の人間として扱われるのが嫌で、この場所を避けているのだと自覚する。
アイレンさんの家は、居住空間としてはお城には及ばないが、アイレンさんたちの温かさが、この上なく心地よいのだ。
正面の廊下を抜けて中庭に入ったところで、花壇の側でエルドリック王子が待ち構えていた。
「やあ、王女。ようこそいらっしゃいました」
王子は一礼をすると、庭の中程を指し示した。使用人たちがガーデンテーブルの上に料理を並べている。
ここまでして貰っているのに、わたしは一方的な好意に甘えてしまっているだけ。
「あの、せっかくお部屋を用意していただいているのですが……」
わたしが言うのを手で遮って、王子は優しく微笑んだ。
「そういう話は無しで。さあ、おかけください」
わたしは気後れしつつ、席についた。向かい側に王子が座り、わたしの隣にブラウンの席も用意してある。
「王子、同じテーブルという訳には」
「君も王女と同じく来賓なのだから、気にすることはないよ」
わたしと同じく、ブラウンも躊躇っていたが、恐縮しつつ席についた。いつものわたしに対する失礼な態度とは別人のようだ。
「王女に採取して頂いた、スターベリーを使ったデザートもご用意していますよ」
「ああ、あのときの」
アイレンさんと訪れた『星見の険』の、雲より高い景色を思い出して、少し身がすくむ。
「前菜はロゼローザのサラダです」
側に控えていたコックが料理を説明する。淡いピンク色の野菜が、ロゼローザの花のように盛り付けられている。
「いただきます」
『ロゼローザ』は、フレアランス内でのわたしの冠名。こちらの国では、王族の女性に花の名を冠する習わしがある。わたしがその名を知ったのは、初めてエルドリック王子と会った日の事だった。
わたしがまだ五歳のとき、将来を約束された相手として、王子と顔を合わせた。当時のわたしはその意味を理解しておらず、歳の離れたお兄様ぐらいの感覚だった。
エルドリック王子は五歳のわたしにも礼儀正しく、ロゼローザの花を差し出して、こう告げたのだ。
「この花のように美しく咲かれる事を願います」
長い間、それは外見の美しさを指しているのだと思っていた。
「王子、なぜわたしは『ロゼローザ』なのでしょう」
わたしが聞くと、王子は優しい眼差しを向けてきた。
「ロゼローザの花言葉をご存知ですか」
花言葉が関係しているかも知れないことは、わたしも考えた。花の本で何度も調べたのだ。
「『親愛なる者』……ですよね」
他にも『愛の誓い』のような意味もある事は知っていた。王子は初めて会うにあたって、ロゼローザの花言葉を掛けて、わたしにくださった。それがそのまま冠名になったというのがわたしの予想だ。
「花言葉というのは、地方によっても異なりますし、複数の言葉を持つ花もあります」
王子は、テーブルに添えられたロゼローザの花を見やった。
「この花は希少で高価な反面、環境の変化に弱く、大切に育てなければ花を咲かせません。しかし、花が咲いたときには、この上なく美しい」
薄桃色の花弁が、どこか儚げで、可憐な花。冠名にされていることもあるが、わたしも好きな花ではあった。
「ロゼローザに込めた願いは、『永遠に美しく』。それは、普遍的な心の美しさの事です。そして、花が周りに与える感動も、永遠に消えない。王女の冠名はそういう意味です」
王子のヘーゼルの瞳に見つめられ、わたしは身体が熱くなるのを感じた。