6 聖女になる!
ダルトン子爵は家路を急いでいた。
それというのも今日の商談後、仲間達と飲んでいると最近話題になっているという『ある話』を聞かされたからだ。
彼ら曰く、
『最近街に非常に質の良いポーションが出回り出したらしい』
『余りの効果に街の人々は喜んでいたが、早くも騎士団が目を付けたらしくあちこちでそのポーションの作り手の事を調べているらしい』
と――。
それを聞いたダルトン子爵は危うく飲んでいたお酒を吹き出しそうになった。そして早々に飲み会を抜け出し、屋敷にいるはずのローズの元へと急いでいるのであった。
(彼らが言うには、それは『低級ポーション』でありながら『中級』かと思う位の効果があると……。なんでも酷い火傷なども綺麗に治ったらしい。
私はローズから健康のためにと手渡され毎日飲んでいるのだぞ? 確かにここのところ随分身体の調子が良いとは思っていたが……。それも封印が解けたせいかと思っていたのだ)
それが、騎士団も動き出すほどのモノだったとは――。
我々は自分達が偉大な魔法使いマイラの一族ということを甘くみていたのだ。それ程の力があることに無自覚だった。
これでもし本当に王家に仕えるようにさせられて魔女マイラの二の舞になってしまったら、何の為に今まで我ら一族は自らの力を封印して身を隠して生きてきたのか? そしてもしローズを連れていかれてしまったら――。
ダルトン子爵はその想像に身震いした。こうなればそうなる前にこの国を出ていくしかない。屋敷などを売りに出せば多少の路銀にはなるだろう。封印を解いた以上屋敷はもう絶対に必要なものでは無くなったのだ。
自分達には結構な魔力はあるのだし違う国に行ってもそれなりに仕事にも就けるだろう。そちらでとりあえずはポーションを作って暮らしても良いし、なんとか親子3人で暮らしていけるはずだ。そう彼は頭で算段をつけ強い決意をもって屋敷に戻った。
「ローズ! 無事だったか!!」
家に帰ったダルトン子爵は娘ローズを見ると抱きつかんばかりに駆け寄っていった。その余りの勢いにローズは目を剥く。
「お父様!? そんなに慌ててどうなさったのですか?」
「ローズ……! 大変な話を聞いたのだ、お前の作ったポーションのことで騎士団が動き出しているらしい……! すぐにこの国を出るぞ! 今の我等ならどこに行っても生きていけるはず!」
ダルトン子爵はそう言って準備を急ごうとしたが、ローズはそんな父をとめる。
「お父様。私もお父様に大事なお話があるのです。
…私、『聖女』になります!」
ダルトン子爵はローズを見つめたまま固まったのだった。
「…お父様?」
何秒かフリーズしたままだったダルトン子爵だったが、ハッと我に返った。
「ローズ? 今、なんと……? 聖女と言ったか……? 一体どういう……」
必死に自分を落ち着かせローズに問うと、ローズは父を見つめゆっくり頷きながら言った。
「そう、…『聖女』です。騎士団が調査を始めた事は私も今日ギルドで伺いました。そこで提案を受けたのです」
ローズはシェリーからの提案を父に説明し出した――。
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「騎士団が……つまり王国が魔力の強い者、ローズ、貴女を調べようとしている。王国が本気になればどれだけギルドが貴女を隠そうとしても、きっと時間の問題だわ」
シェリーが真剣な顔でローズに語りかける。ローズとて、一度王国が本気になれば力を得ようと必死にどんな手でも使おうとすることは分かっている。前世マイラの時に思い知ったのだ。…だがまさか、たかが『低級ポーション』でこんな事態になるとは思わなかったが。
「王国が貴女を見つけたら、無理矢理魔法省に入れられるなら良い方で、若い娘なら最悪どこかの貴族と結婚させられるかもしれないわ。それが国に力を取り込む最も確実な方法ですもの」
「えっ。それは嫌ですね」
思わず即答したローズにシェリーは苦笑しながら言う。
「…そうでしょうね。貴女は高位貴族や王族との結婚に憧れてる訳でもなさそうだものね」
「そんな知らない人と、しかも力目当てでの結婚の強要なんて絶対に御免です」
スッパリと言い切るローズに、そりゃそうよねとシェリーは頷く。
本当にローズはそんなの絶対に嫌だった。マイラの時も王族や貴族との結婚話があったが全力で拒否し続けた。確かその辺りから王国からの扱いが悪くなりだしたのだ。
これは本気で国外脱出を考えた方がいいかしら……。
ローズがそう考えてしかめ面をしていると、シェリーもそれに気付いたのか、「ちょっと待って」と慌てて言った。
「そこで、『合法的に国が手を出せない方法』なのよ。
…それは、『聖女』となること」
『聖女』……?
「教会の庇護を受けるのよ。そうすれば王国も簡単に貴女に手を出せない」
勿論、200年前にも聖女はいた。そして確かにその時も聖女は教会の管理の元にいたのだが……。
「でも結局は教会も、その在籍する国の意向には逆らえないですよね?」
この世界は女神セレスを唯一神として祀っている。小さな地域によっては違う宗教のところもあるが主には一つ。
そして2つ向こうの国に教皇のいる総本山の教会のセレス聖国がある。
けれどもそのそれぞれの国にある教会は、やはりその国の意向が強く反映されてしまう。聖女になっても教会は自分を国からは守ることは出来ないのではないかと思う。
「いえ。この国の聖女に関する事ならば守ることは可能だわ。この国の魔法使いへの扱いは本当に底辺。有能な魔法使いは外国へ逃げてしまっている。そして『聖女』とは、聖魔法を主に使う所謂魔法使い。今まで教皇様はこの国へだけは聖女の派遣はしないと明言されていたの」
教皇様に名指してそんな事を言われるとは余程のことだ。
「だから貴女を教皇様よりこの国の民の為だけに特別にご配慮いただいた『聖女』ということにすれば、流石にこの王国も手出しは出来ないはずよ」
自信たっぷりに言うシェリー。確かに教皇様より特別に貸し出された『聖女』ならば国のものには出来ないだろうが……。
「だけどシェリーさん。流石に教皇様にこの王国のただの一国民である私に、そのような事をお願い出来るはずもないもの……。それに聖女になって無償でポーションを作るのは家計的に厳しいし……」
ローズは少し申し訳なさそうにシェリーに言ったのだが、彼女は自信たっぷりに言った。
「実は私の実家は教会で、私以外の親族は殆ど教会関係の仕事に就いているの。今私の兄は聖国の総本山で教皇様の側近の1人としてお仕えしていて、この事を教皇様にお伝えしてもらったのよ。教皇様は貴女の人となりを確認出来たら『聖女』として認定する、と仰ってくださっているわ。そしてポーションの卸値は今まで通りで大丈夫よ」
「私の人となり……。では、教皇様のいらっしゃる国に、行ってお目にかからなければならないのですね……」
教皇様のいらっしゃるのはこの国から2つ向こうの国。行って帰る行程は2週間はかかるのではないだろうか。魔法で『転移』すればすぐだけれど、そんな事をしたら益々強い力を持っているとバレてしまうわね、とローズは少し迷った。
「大丈夫よ。代わりにこの国の教会の大司教であるうちの父と会って欲しいの。…いいかしら?」
「シェリーさんのお父様は大司教様でしたか……」
道理で、いとも簡単に『隠蔽』などの魔法を使えるなと思っていたのだ。しかし最初からシェリーと会えていたのも何かの縁なのだろう。国を出て行くのは簡単だが、それだとこの先ずっと逃げ続けることになる。そんな不安定な生活も辛いものだろう。
「…分かりました。シェリーさんにお任せいたします」
シェリーはパッと笑顔になり、後ろの扉に向かって言った。
「分かってくれてありがとう、ローズ。…お父様! お入りになって!」
もう既にシェリーの父、この国の教会の大司教が来てくださっていたらしい。ローズは佇まいを治す。
扉が開き、白い神父服を着た少し大柄な大司教がゆっくりと部屋に入ってきた。そして穏やかな目でローズをじっと見つめた。
「こんにちは。私はモーリス ハミルトン。…君がローズかい?」
教会で普段から皆の前で話をされる方だけあって、とても良いお声だった。
「…はい。ローズ ダルトンと申します」
ローズは立ち上がり、淑女の礼をとった。学園などにも通えず家で家事をしている身だが、貴族であることを忘れぬようにと亡くなった母から躾けられていた。
大司教はそれを見てゆっくりと頷く。
「私はシェリーの父でこの国の大司教をしている者。君の作ったポーションを見せてもらったよ。…とても、澄んだ魔力が込められていた。いつからポーションを作っているのだい?」
最初寡黙そうだと思った大司教は、ゆっくりだが意外にもスラスラと話し出した。
ローズは少し迷ったが、自分の思いの丈を正直に話すことにした。
「…私は3年前に母を亡くしました。その時、母にポーションを飲ませてあげたくて本を読んで見様見真似で作りだしたのです。だけど、間に合わなかった……。作れるようになったのは、つい最近です。私は出来ればポーションは街のみんなに行き渡ればいいと思っています。だから、王国に囚われたくはないのです」
真っ直ぐに大司教の目を見て話すローズを、優しく見つめじっと話を聞いていた大司教。
「…貴女から、黄金の輝きが見えますね……。大変美しい魔力です。まさしく貴女は『聖女』となるのに相応しい。
…可能な限り人々の為、『ポーション』を作り続けてください。教会は力の及ぶ限り貴女を、『聖女』をお守りいたしましょう」
え?
ローズが呆気にとられる位簡単に、アッサリと大司教はローズを『聖女』と認めてくれた。
ローズはあまりの簡単さに心配になりシェリーを見るが、彼女はローズを見て笑顔で頷いた。本当にそれでいい、ということか。
そしてローズはシェリーの父であるこの国の大司教に無事『聖女』と認められたのだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
ダルトン子爵家の人々は、毎日ポーションを飲んで体調はバッチリです!




