前編:地蔵
あらすじにもありますが『夢の終わり』のその後です。ですので、前作を知らない方が読んでも意味不明に……。是非『夢の終わり』を読んでからご覧下さい。http://ncode.syosetu.com/n3748a/
草木も眠る丑三つ時、荒れ果てた森の中に二人の少年の姿があった。
「――ホクト、お前は一回死んでいる」
その内の一人、芥川大地か躍動感のない声を発した。それを聞いて一瞬固まった瀧本北斗だったが、すぐにいつもの冗談か、と笑いながら大地に視線を返した。
しかし、大地の目が至って真剣なのを認識すると、それに合わせる様に真面目な顔を作る。
「大地はボクの知らない何か知ってるんだね? 教えてよ」
「じゃあ目を瞑れ」
「目?」
「お前にとって大切な事を思い出させてやる」
不思議そうに目を閉じる北斗の目を覆うように、掌を近付けていった。
「ねえねえ、今度の土曜、肝試しに行こうよ」
夏休みを目前に控えた昇華高校の教室に、和泉沙苗の無邪気な声が弾んだ。
「ん?」
「あ、サナちゃん」
最後尾の窓際の机に突っ伏していた北斗と、その前の席に腰掛けていた水野真帆が沙苗に目をやる。
「相変わらずのほほ〜んとしてるね〜。で、土曜日は空いてる?」
「肝試しだっけ? 急にどうしたの?」
「真帆にとっては急かもしれないけど、ホクトには話してあるよ。ね?」
「え? そうなの?」
「ん〜?」
依然寝呆けた顔で腕を組む。それを数秒続けると、あ……、と小さく声を漏らし、笑顔で沙苗に向き直る。
「ん、そうだったね。土曜日だったら行けるよ」
「オッケ〜。真帆は? 行かないって言うなら、ホクトは私が――」
「行きます」
「あ、でもたまには恋人同士が別々に過ごす休日っていうのもいいかもよ? ほら、私がいる――」
「ダメ」
一切の感情を出さず、淡々と最小限の言葉を返していく。それを危険信号と判断したのか、北斗が乾いた笑いを漏らし立ち上がる。
「じ、じゃあ、詳しい話はまた後で」
「はいは〜い。後で電話するね〜」
「……」
北斗が立ち去った教室で静かに見つめ会う二人。気のせいか二人の間には火花が散っている。
「どうしたの? 難しい顔しちゃって」
「サナちゃん……まだ北斗の事……」
「あれ? 真帆はそんな事気にしてるの?」
「そんな事って……」
「私が誰を好きになっても、真帆に口出しする権利はないよね?」
う、と言葉を詰まらせ、困惑した表情を浮かべる。
「あのあどけない表情と澄んだ瞳、誰にでも優しく振るまう人の良さ。それに――」
ウットリとした中にも、敵意をちらつかせた表情で語る沙苗。対照的に真帆の表情は曇っていく一方だ。
「そっか、サナちゃんも好きなんだ」
その真帆の力ない呟きを聞くと、何を思ったか今までの刺のある表情を崩し、満面の笑みで真帆の頭を撫で回す。
「も〜、本当に真帆は可愛いな〜」
「え?」
愛犬を愛でるようにクシャクシャと掻き回していく。
「冗談だよ。北斗は真帆が好きだし、真帆も北斗が好きなんだから」
「でも……」
「いやいや、正面から告白して振られたんだから、もう綺麗サッパリ、恋愛対象としての気持ちは捨ててるよ。『好き』って言うのは人間としてって意味だから」
「サナちゃん……」
「さ〜て、詳細を決めないとね〜。お〜い、芥川〜」
真帆とは対照的に晴れ晴れとした表情で、教卓の前で雑談をしている大地に駆け寄っていく。それを複雑な表情で眺める真帆だった。
「さ〜! ついにやってまいりました! 夏の風物詩、肝試し大会〜!」
「……」
一人盛り上がる沙苗の周りには、北斗、真帆、大地がなんともいえない表情で立っていた。
「なあ、なんで和泉はあんなにテンションが高いんだ?」
「さあ……。それに今さらだけど、人数少ない気が……」
「サナちゃんが誘わないでって言ってたから……」
「ほら、ごちゃごちゃ言ってないでクジを引け〜!」
そう言って筒に入った四本の割り箸を、三人の前に突き出す。
「これでペアを決めるわけか?」
「そのと〜り! 決まったペアは絶対組み直さないから、心して引くように!」
依然沙苗のハイテンションに押されながらも、三人がクジを引く。
「じゃあ、『せ〜の!』で自分のアルファベットを言ってね。……せ〜の! A!」
その掛け声に四人が揃って割り箸を差し出す。ちなみに沙苗以外は声を出していない。
「……」
「これって……」
「これは……」
「おいおい、マジかよ……」
クジによって決まったペア。それは――
「ボクが大地と?」
「私はサナちゃんとだね……」
しばらく石化していた沙苗が、突然引きつった笑顔に変わり、素早く割り箸を回収する。
「さあ、今のは練習で、次が本番です」
「それはオレが許さん」
束ねられた割り箸を、沙苗の数十cm上空から奪い取る。
「ああ〜」
玩具を取り上げられた子供のように、ピョンピョンと跳び跳ねるが、腕を上げた大地には到底届かなかった。
「自分が言ったことに責任を持つんだな」
「うぅ……せっかくさり気なくホクトとペアになって、騒ぎに乗じてウハウハ出来ると思ったのに……」
「ま、まあまあ、こうなったのも何かの縁かもしれないよ。今回はこのペアで楽しもう。ね?」
そう言って助けを求めるように真帆に視線を送る。
「う、うん。北斗の言う通りだよ。ね? 大地君」
お願い、と力の籠もった視線を受け、大きくため息をつき、沙苗の頭に手を置く。
「北斗と戯れるのはまた今度いいだろ? 今回は諦めろって」
鷲掴みにした頭をグラグラと揺する。
「分かりましたよ〜だ。……って、いつまで掴んでんだー!」
「この森林公園一周するだけだろ? 何が面白いんだか」
真帆達に遅れること二十分、北斗と大地が出発していた。
「面白くはないけど、肝試しにはなるんじゃない? 真帆は大丈夫かな」
「相変わらず過保護だな。まあ、オレには関係ないけど」
それだけ話すと、後は無言で真っ暗な公園の中を歩いていく。
「あれ? こっちでしょ?」
ちょうど公園の角に差し掛かったところで、北斗が立ち止まる。
「ああ、肝試しの順路はそっちだが、オレ達はこっちに用がある」
「え? ボクも?」
「そうだ。行くぞ」
そう言って振り向きもせずに、公園よりも更に深い闇へ歩を進めていく。それを少し戸惑った北斗が小走りで追い掛ける。
「こっちに何かあったっけ?」
「まあな。つーか、そんなに心配すんなって」
うん、と小さく頷く。
「よし、着いたぞ」
ようやく振り返った大地が示した場所は、古びた地蔵の前だった。
「ここ、覚えてるか?」
「ここ? 来たことあったっけ?」
「ああ、一度だけな」
ん〜、と小さく唸り声を上げ、辺りを見回す。しかし、それでも心当たりがないのか、困惑した表情で再び大地に向き直る。
「――で、ここが何だって言うの?」
それに応える代わりに顎で小さな社の中の地蔵を示す。しばらくそれを眺めていた北斗だったが、結局首を傾げたまま唸り声を上げるだけだった。
「やっぱり覚えてないか。まあ、覚えてなくても無理はない」
「大地は何か知ってるんだよね? 教えてよ」
「じゃあ目を瞑れ」
「目?」
不思議そうに目を閉じる北斗。
「お前にとって大切な事を思い出させてやる」
そう言って北斗の目を覆うように掌を近付けていった。




