第1話 終焉
世界は力によって支配されていた。
弱者は奪われる。
強者は奪う。
それが当たり前の世界。
そして、その頂点に立つ者がいた。
魔王。
誰もが恐れ、誰もが絶望し、誰もがその名を知っていた。
だが今、その魔王の前に立つ者たちがいた。
世界の希望、勇者パーティー。
⸻
重厚な扉が開く。
魔王城最深部、玉座の間。
静寂に包まれた広間の中央に、一人の男が立っていた。
魔王。
護衛はいない。
従者もいない。
ただ一人。
まるで世界そのものを支配しているかのように。
赤髪の魔法使いレイナが眉をひそめた。
「護衛も置いてないなんて、ずいぶん舐められたものね」
獣人族の重騎士ビラが鼻を鳴らす。
「俺たちを止められる奴なんて残ってねぇんだろ」
神官サラは胸元で祈りを捧げた。
「気を付けてください。今までの敵とは違います」
その前へ出たのは黒髪の青年。
勇者リョウ。
剣を抜き、静かに構える。
「大丈夫」
穏やかな声だった。
「ここまで来たんだ」
「みんなで帰ろう」
ビラが笑う。
「ああ、当然だ」
レイナも口元を上げた。
「負ける気なんてしないわ」
サラも小さく頷く。
魔王はその様子を見ていた。
理解できない。
なぜ互いを信じる。
なぜ命を預ける。
なぜ笑える。
理解できない。
⸻
終焉の魔眼。
魔王だけが持つ異能。
生あるもの全ての終わりを見通す力。
ビラを見る。
死。
サラを見る。
死。
レイナを見る。
死。
未来の断片が脳裏を流れる。
いつものことだった。
終わりのない存在などいない。
神ですら例外ではない。
そして。
勇者を見る。
魔王は眉をひそめた。
見えない。
何も。
終焉が存在しない。
そんなことはあり得ない。
さらに奇妙だった。
勇者には恐怖がない。
怒りもない。
ただ真っ直ぐ余を見ている。
理解できない。
「お前が勇者か」
リョウは剣先を向けた。
「そうだ」
「戦いを終わらせるために来た」
魔王はわずかに口角を上げた。
「面白い」
⸻
戦いは激しかった。
レイナの炎が空間を埋める。
サラの加護が仲間たちを包む。
ビラの盾が魔王の魔法を弾く。
そして。
勇者の剣が魔王へ届く。
⸻
魔王が右手を掲げる。
「消えろ」
巨大な魔法陣。
漆黒の閃光。
世界を貫く一撃。
サラが叫ぶ。
「リョウ!」
レイナが叫ぶ。
「避けられさい!」
間に合わない。
誰もがそう思った。
閃光が勇者たちを飲み込む。
世界が白に染まる。
轟音。
衝撃。
やがて光が消える。
そこには、勇者が立っていた。
上半身の装備は砕け散っている。
だが。
身体には傷一つない。
ビラが目を見開く。
「リョウ、助かったぜ」
サラが震える声で呟く。
「悪に対する絶対耐性……」
レイナは呆れたように笑った。
「無茶苦茶ね、あんた……」
魔王は言葉を失った。
耐えたというのか。いや、違う。
術そのものが成立していない。
勇者という存在が。
余の力を拒絶している。
⸻
魔王は悟った。
敗北を。
初めて理解した。
だが絶望はしていない。
元より世界に価値などない。
余は負けたのだ。
魔王は静かに自らの左腕を掴む。
そして。
引きちぎった。
骨が砕ける。
血が噴き出す。
サラが顔を強張らせる。
レイナが息を呑む。
ビラでさえ言葉を失った。
地に落ちた左腕が蠢いた。
肉が膨張する。
骨が変形する。
やがて。
黒い人型へと姿を変えた。
顔はない。表情もない。
ただ黒い。
魔王はそれを一瞥する。
「時間を稼げ」
黒い人型は片膝をついた。
「御意」
それだけだった。
魔王は、その存在にもう興味はない。
役割を果たせばそれでいい。
⸻
魔王の周囲に巨大な魔法陣が広がる。
先ほどとは比べ物にならない魔力が集まっていく。
空間が軋む。
世界そのものが悲鳴を上げる。
レイナの顔色が変わった。
「まずい……!」
サラが青ざめる。
「こんな魔力……」
ビラが唸る。
「おい……冗談だろ」
魔王は静かに告げた。
「ならば共に滅びるがよい」
終焉の魔法陣。
世界そのものを終わらせる禁忌。
レイナが叫ぶ。
「リョウ!」
「行くなら行きなさい!」
「でも死ぬんじゃないわよ!」
サラも叫ぶ。
「リョウ!」
ビラが吠える。
「ぶん殴ってでも止めてこい!」
リョウは笑った。
仲間を見る。
そして魔王を見る。
「そんなことはさせない」
走る。
魔法陣へ。
魔王へ。
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その瞬間。
終焉の魔眼が発動した。
初めて見えた。
勇者の終わり。
海。
白。
黒。
無数の波。
その中心。
少女が立っていた。
振り返る。
魔王は理解できない。
終焉ではない。
死でもない。
未来ですらない。
それなのに。
なぜか目を離せなかった。
「何だ……それは――」
閃光。
世界が白に染まった。
「ねぇ、サラ。私たちってこれで終わりなわけ?」
「えー、そんなことありえません」
「だといいがな」




