第四話「コンビニの白い光は少しだけ眩しい」
これで一段落します。
昼の街は、うるさい。
車の音、人の声、信号の電子音。
全部がはっきりしすぎていて、和雄は少しだけ目を細めた。
「……やっぱ夜だな」
小さく呟く。
隣を見ると、シラはきょろきょろしていた。
「多い」
「人がな」
「うん」
それだけで少し疲れたみたいな顔をする。
「無理そうか?」
「大丈夫」
即答。
だけどほんの少しだけ、声が硬い。
和雄は軽く頷く。
「じゃあ、まずはあそこ」
指差したのは、角のコンビニ。
ガラス張りの、どこにでもある店。
昼間の光をそのまま閉じ込めたみたいな、均一な明るさ。
シラが目を細める。
「明るい」
「コンビニだからな」
「夜のほうがいい」
「俺もだ」
意見が合う。
少しだけ空気が緩む。
自動ドアが開く。
ピンポーン、という軽い音。
シラの肩がわずかに揺れた。
「音、鳴った」
「入店音だ」
「びっくりした」
「いちいち驚くな」
言いながらも、少しだけ面白い。
店内は人がまばらだった。
レジには若い店員が一人。
和雄は小さく言う。
「いいか」
シラを見る。
「今日は“普通に買い物する人間”をやる」
「普通」
「そう。話す、金払う、出る。それだけ」
「簡単?」
「多分な」
シラはレジの方を見る。
店員はスマホをちらっと見て、また視線を戻した。
「……あれと話す?」
「そうだ」
「食べない?」
「だめだ」
「分かった」
少しだけ間があって、
「今は」
付け足す。
和雄はため息をついた。
「一生だ」
「えー」
少しだけ不満そう。
でもどこか楽しんでいる。
「何買う」
和雄が聞くと、シラは店内を見渡す。
並んだ商品。色、文字、形。
その全部が珍しいみたいだった。
やがて、一つ指を差す。
「これ」
和雄は見る。
コーンスープ。
「……好きだな」
「最初にもらった」
「覚えてるのか」
「うん」
少しだけ誇らしそうに言う。
和雄は小さく笑う。
「じゃあそれ持ってけ」
シラはゆっくり歩いて、棚から一本取る。
動きが少しぎこちない。
でも、昨日よりは自然だった。
「次」
和雄が小さく言う。
「レジ」
シラは頷く。
二人で並ぶ。
前に客はいない。
店員が「いらっしゃいませ」と言う。
その声に、シラの目が少しだけ揺れる。
「……言われた」
「挨拶だ」
「返す?」
「軽くでいい」
シラは少し考えて、
「……どうも」
小さく返した。
ぎこちないけど、ちゃんと人間っぽい。
和雄は何も言わない。
シラは商品を差し出す。
店員がバーコードを通す。
ピッ、という音。
またシラの肩が少し揺れる。
「音、多い」
「すぐ慣れる」
店員が言う。
「袋はいりますか?」
シラが固まる。
完全に止まった。
和雄が小声で言う。
「はい、って言え」
「はい」
少し遅れて答える。
店員は気にせず、袋を用意し始める。
シラはじっとそれを見ている。
まるで魔法でも見てるみたいに。
「すごい」
「人間、便利」
「その分めんどくさいけどな」
店員が商品を差し出す。
「140円です」
シラは固まる。
和雄を見る。
「……お金」
「ほら」
あらかじめ渡しておいた小銭を思い出す。
シラはポケットから出す。
少し手間取る。
でも、ちゃんと払えた。
「ありがとうございました」
店員が言う。
シラは少し考えてから、
「……ありがとう」
と返した。
店を出る。
自動ドアの音が、さっきより少しだけ優しく聞こえた。
外の空気。
昼の風。
シラはしばらく黙っていた。
それから、ぽつり。
「できた」
「できたな」
和雄は頷く。
シラは缶を見つめる。
ほんのり温かいそれを、両手で持つ。
湯気が、少しだけ上がる。
今度はちゃんと見えた。
「ねえ」
「なんだ」
「これ、“好き”?」
唐突だった。
和雄は少し考える。
「まあ、好きだな」
「どうして」
「うまいし、あったかい」
シラは頷く。
「じゃあ、分かる」
「何が」
「好き」
和雄は首を振る。
「それは“物の好き”だ」
「違うの?」
「ああ」
シラは少しだけ眉を寄せる。
「難しい」
「だろ」
少し歩く。
人混みを避けるように、細い道へ入る。
少し静かになる。
やっと呼吸が合う。
シラがまた言う。
「じゃあ、人は?」
「ん?」
「人を好きになるのは、どう違う」
和雄はポケットに手を入れて、空を見た。
昼の青は、やっぱり落ち着かない。
「……さっきの店員」
「うん」
「どう思った」
シラは少し考える。
「普通」
「それだ」
「それ?」
「何も思わないのが普通」
シラはゆっくり頷く。
「じゃあ、“好き”は?」
和雄は少しだけ笑う。
「普通じゃなくなる」
シラは足を止める。
その言葉を、ちゃんと受け取るみたいに。
「普通じゃなくなる……」
小さく繰り返す。
風が吹く。
少しだけ冷たい。
でも、昨日ほどじゃない。
シラは缶をぎゅっと握る。
「じゃあ」
顔を上げる。
「探す」
和雄を見る。
「普通じゃなくなる人」
その目は、少しだけ真剣だった。
和雄は頷く。
「ああ」
心のどこかで、ほんの少しだけ引っかかる。
でも、それを無視する。
これは“そのため”の話だ。
自分じゃなくていい。
むしろ、その方がいい。
「次は夜だな」
和雄が言う。
「人、減るし」
「うん」
シラは頷く。
少しだけ嬉しそうに。
昼の中で、夜の約束をする。
それだけで、少し楽になる。
4話まで一気に投稿したので少しの間は楽しめると思います。




