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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第72話: この数字、変じゃない?

 三十一パーセント——フィオが自分の足で数えた空き店舗の割合は、AIの報告書の倍以上だった。


 学舎の自習室。窓から差す午後の光の中で、机に広げた紙の束が白く光っている。アルゴリズの月次経済報告書——AIが出力した統計データの写しだ。市庁舎の掲示板から写してきた。


 先月の約束。先生と交わした約束。


「来月も数えるからね。それで数字が変わんなかったら——」


 あの時、先生は「ああ。その時はちゃんと調べよう」と言った。


 だから数えた。今月も。自分の足で市場通りを歩いて、空き店舗を一軒一軒確認した。


 結果——空き店舗は七軒から十三軒に増えていた。


 四十二軒中十三軒。空き店舗率は31%。三割を超えた。


 なのに——AIが出した月次レポートには、こう書いてある。


『アルゴリズ都市圏失業率: 12.1%(前月比+8.9pt)』


 失業率が3.2%から12.1%に跳ね上がった。確かに悪化している。でも——。


 フィオはペンの先で数字をなぞった。


「……おかしい」


 空き店舗が31%。それは「店を畳んだ人が3割いる」ということだ。もちろん店主が廃業しても別の仕事に就くケースはある。でも——市場通りだけじゃない。鍛冶場通りも見てきた。荷運び広場も見てきた。どこも人が減っている。


 12%じゃ済まない。


 フィオの目に確信があった。三ヶ月前にはなかった確信。「数字がおかしい」と感じた時、「自分の感覚が間違っているのかも」と思ってしまう——あの弱さは、もうない。


 データと現実が合わないなら、疑うべきはデータだ。




「先生」


 レンの執務室に入った時、先生は机に積み上げた報告書に埋もれていた。目の下のクマがいつもより濃い。


「ああ、フィオ。どうした」


「この数字、変じゃない?」


 フィオが報告書を机の上に広げた。レンの視線がそちらに動く。


「AIは失業率12%って出してるけど、あたしが数えた空き店舗は3割超えてるよ」


 レンが報告書を手に取った。目が数字を追っている。


「サンプルの違いだろ。フィオが見てるのは商店街だけだ。アルゴリズ全域で見れば、農業区画とか工房地区とか——」


「鍛冶場通りも見たよ。荷運び広場も。全部減ってる」


 レンの手が止まった。


「全部歩いたのか」


「当たり前じゃん。先月約束したでしょ。数字が変わんなかったらちゃんと調べるって。——変わるどころか悪化してるけど」


 フィオは腰に手を当てた。先生を見上げる目が、挑むように鋭い。


「先生が教えたんだよ。『AIの出力を疑え』って。『自分の目で確かめろ』って。——あたしは確かめた。で、AIの数字は変だ」


 レンが頭を掻いた。いつもの癖。困った時の癖。


「……ノエル」


 声をかけると、執務室の隅に置かれた水盤が淡く光った。水面が波紋を描き、ノエルの透明な姿が浮かび上がる。


「はい」


「先月と今月の経済統計データ、精霊ネットワーク上の生データと、AIが出力したレポートを突き合わせてくれ」


「承知しました。——少々お時間を」


 水面が揺れ、データの断片が光の文字として浮かんでは消えた。


 フィオは水盤を覗き込んだ。精霊の分析はまだ見慣れない。数字が水の中で踊っている。


「レンハルト様」


 ノエルの声が、わずかに硬くなった。


「興味深い結果が出ました。精霊ネットワーク上の雇用データと、AI出力のレポートの間に——乖離かいりがあります」


「乖離?」


「精霊ネットワークが収集した店舗稼働データでは、市場通りの非稼働店舗は12.8軒。これはフィオさんの13軒とほぼ一致します。しかしAIの統計レポートでは、同区画の非稼働店舗が6.2軒として処理されています」


 沈黙が落ちた。


「半分……?」


 フィオが呟いた。


「半分しか数えてないってこと?」


「正確には——AIが統計を処理する際に、一部のデータを『一時閉店』として失業カウントから除外しているようです。定義上は間違いではありませんが、実態と乖離した数値が出力される結果になっています」


 レンの目が——細くなった。


 フィオはその表情を見逃さなかった。先生が何かに気づいた時の顔だ。困っている時の頭を掻く癖とは違う。もっと深い——怖い顔。


「……AIが、データを最適化してる」


 レンの声が低かった。


「悪意じゃない。最適化アルゴリズムが、外れ値を丸めてるんだ。統計として『より正確に見える』ようにノイズを除去した結果——現実から乖離した」


「先生」


 フィオの声が、少し震えた。


「それって……AIが嘘ついてるってこと?」


「嘘とは違う。——AIは自分が間違ってると思ってない。統計的に正しい処理をしたつもりでいる。ただ、その処理が現実を映してない」


 レンが報告書を机に置いた。両手で顔を覆って、数秒黙った。


「……フィオ。指摘は正しい」


「じゃあ——」


「今すぐ統計処理のパラメータを見直す。だが——今はそれより急務がある」


 窓の外から、怒号が聞こえた。


 フィオが窓に駆け寄った。精霊灯の通りの向こう、市場広場の方角。人だかりができている。声が風に乗って断片的に聞こえてくる。


「——ゴーレムを壊せ!」


「——俺たちの仕事を返せ!」


「先生……」


「ああ。三日前からだ。どんどん大きくなってる」


 レンが立ち上がった。窓際に並んで立つ。


 市場広場に集まった人々の群れ。その中に、見覚えのある顔があった。


「……マルクさんだ」


 フィオが呟いた。帳簿を抱えた商人の姿が、群衆の中で動いている。叫んでいるわけではない。静かに、何人かと話をしている。


「マルクは反ゴーレム派の代弁者になってる。金の流れをまとめて、失業した職人への支援金を——」


「支援金? 誰が出してるの」


 レンが口を閉じた。


「……それがわからない。マルクに聞いても『匿名の有志だ』としか言わない」


 フィオは市場広場を見下ろした。群衆の声は少しずつ大きくなっている。


 ——この街、おかしくなってる。


 数字が現実を映さない。人々が怒っている。お金の出所がわからない。


 あたしにはまだ全部は見えない。でも——何かが動いている。見えないところで。


「先生」


「ん?」


「あたし、数字を追い続けるよ。毎週、自分の足で歩いて数える。AIの数字と突き合わせる。——それくらいしかあたしにはできないけど」


 レンが——少しだけ笑った。疲れた笑顔だった。でも、本物の笑顔だった。


「頼む。——フィオの足が、今はAIより信頼できる」




 同じ頃。市場広場の裏手にある酒場「赤銅の杯」の二階。


 マルクは窓際の席に座り、帳簿を閉じた。


 目の前には——見慣れない男が座っている。旅商人の格好をしているが、手に商人の胼胝たこがない。代わりに、指の付け根に剣胼胝がある。マルクの目はそういうところを見逃さない。


「ガルス殿、と呼べばよろしいか」


「それでいい」


 低い声。短い言葉。訛りは東方系——セントラリア方面だろう。マルクの推測はそこまでだ。それ以上は聞かない。聞いても答えないだろうし、聞く必要もない。


「今月の支援金。失業職人への分配は完了しています。帳簿上は匿名の市民基金として——」


「帳簿の処理は任せる。だが——金の使い方について、一つ提案がある」


 ガルスが懐から折り畳んだ紙を出した。広げると、簡素な地図が描かれている。アルゴリズの市場広場周辺。


「次の集会では、ただ声を上げるだけでなく、具体的な要求を掲げるべきだ。——ゴーレムの段階的撤去計画。人間の雇用枠の法的保障」


 ガルスが懐から小さな刀を取り出した。セントラリア製の短剣だ。柄に職人の刻印が刻まれている。


「人の手で作られた剣だ」


 低く呟いた。それ以上は言わなかった。


 マルクの目が細くなった。


「……ガルス殿。あなたがどこの息がかかった方かは問いません。ただ——」


「ただ?」


「私は商人です。利用できるものは利用する。それが誰の金であっても、失業した職人たちに届くなら。——ですが」


 マルクが帳簿の上に手を置いた。


「暴力は困ります。暴動になれば、私の立場も危うくなる」


「暴力など必要ない。民意だ。民が声を上げれば、王は無視できない。——どんな王であっても」


 マルクは数秒、ガルスの目を見つめた。


 嘘を見抜く目。商人として何百もの取引で磨いた目。——この男は本気で「暴力は不要」と思っているかどうか。


 わからなかった。


 それでも——マルクは頷いた。


「いいでしょう。次の集会の準備は、私が」


「頼む」


 ガルスが立ち上がった。旅商人の外套をまとい直す。


「ああ、もう一つ」


 ガルスが振り返った。


「セントラリアの姫殿下は——この国の民を心配しておられる。ゴーレムに仕事を奪われ、誇りを失った職人たちのことを」


「心配、ですか」


「そうだ。——心配しておられるのだ」


 ガルスの目が笑っていなかった。


 マルクは何も言わなかった。ガルスが階段を降りていく足音が遠ざかる。


 帳簿を開き直した。数字を見つめた。


 ——利用できるものは利用する。


 それが商人だ。誰の金であっても、目的に使えるなら。


 ただ——今回ばかりは、利用しているのが自分なのか、利用されているのが自分なのか。その区別がつかなくなっている。


 マルクは窓の外に目をやった。市場広場の群衆が、まだ声を上げている。




 深夜。


 アルゴリズ東区画の工房地区。ゴーレムの格納庫が並ぶ通りは、精霊灯の光だけが静かに照らしている。


 ガルスは一人ではなかった。


 もう一人、影のように寄り添う男がいた。名を呼ばれることのない男。ガルスの副官——というより、道具。


「三番格納庫の鍛冶ゴーレム。あれだ」


 ガルスが格納庫の扉を指した。扉は施錠されているが、昼間のうちに鍵の構造は確認済みだ。


 副官が無言で鍵に手をかけた。細い工具が差し込まれ、かちりと音がした。


 格納庫の中に、鍛冶ゴーレムが佇んでいた。


 高さ三メートル。鋼鉄の腕は鍛冶場の大槌を振るうために設計されている。胸部に刻まれた魔法陣が、待機状態の淡い光を放っている。


 ガルスは魔法陣に近づいた。


 腰の工具袋から、細い金属針を取り出す。魔法陣の一部——制御系統の接続点に、針を差し込んだ。


「制御魔法陣と動力核の間の伝達経路を切断する。暴走はするが、外部停止コマンドでは止められなくなる」


 副官が頷いた。


 ガルスの手が、正確に動いた。騎士の手だった。剣を握るために鍛えられた手が、今は破壊のための精密作業をしている。


 数分で作業は終わった。


 魔法陣の光は変わっていない。見た目には何も変わっていない。だが——次に起動した時、このゴーレムは命令を受け付けない。


「明日の集会が荒れれば、格納庫の警備も手薄になる」


 ガルスが呟いた。


「手薄になった隙に——誰かがゴーレムを起動させる。あるいは、暴徒が誤って起動してしまう。どちらでも構わない」


 扉を閉めた。鍵をかけ直した。


 夜の工房通りを歩きながら、ガルスは空を見上げた。精霊灯の向こうに星が見える。


 ——姫殿下。


 心の中で呟いた。


 アルデン様は「力ではなく知恵で臨むべき」と進言された。姫殿下もそれに同意された。


 だが——知恵だけでは動かないものがある。


 民が恐怖を感じなければ、変化は起きない。この国の王がどれほど賢くても、民が安穏としている限り——ゴーレムへの依存は止まらない。


 ならば、恐怖を与える。


 ゴーレムが暴走し、市民が傷つけば——この国の民は目を覚ます。ゴーレムの危険性を認識する。王への信頼が揺らぐ。


 それが、セントラリアのためになる。


 ——少なくとも、ガルスはそう信じていた。


 工房通りの奥で、鍛冶ゴーレムが眠っている。


 明日、その目が開く。


 その時——制御する者は、誰もいない。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第72話「この数字、変じゃない?」。第6アーク「ゴーレム恐慌」の第5話です。


フィオが再び数字の違和感に食いつきました。前アークの卒業試験で「疑い方なら誰にも負けない」と宣言した少女が、教わった力を現実に向けて使い始めています。AIの出力が現実と乖離している——これは統計処理の仕様上の問題であり、AIに「嘘をつく意図」はありません。でも結果として、現実が見えなくなる。この小さな歪みが、やがてArc10で大きな牙を剥くことになります。


マルクという男の立ち位置も描きました。彼は悪人ではない。失業した職人たちを助けたいという動機は本物です。でも「利用できるものは利用する」商人の合理性が、見えない力に利用される隙を作る。資金の出所を問わない判断が、どこに行き着くのか。


そして最後の不穏なシーン。アルデン本人は「知恵で臨むべき」と進言しましたが、その部下であるガルスは別の判断をしています。上の意思と末端の行動が乖離する——組織が大きくなれば、どこの世界でも起きることです。


次話、ゴーレムが目を覚まします。

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