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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第51話: 非効率の理解

 花火の残り香が、まだ夜空に漂っていた。


 火薬と精霊灯の油と、どこか甘い屋台の匂いが混ざった空気。レンは丘の上の草に座ったまま、隣にいたはずの温もりが去った方角を見ていた。


 エルナは先に帰った。


「明日も早いし」——それだけ言って、小麦色の髪を夜風に揺らしながら丘を下りていった。最後に一瞬だけ振り返って、何か言いかけて、やめて、手だけ振った。


 あの手の振り方は、採点するなら何点だったのだろう。


 レンは草の上に寝転がった。星が見える。花火の煙がうっすら残った空に、秋の星座が半分だけ顔を出していた。


「いい夜だ」


 独り言は、AIに向けてではなく、誰にでもなく。




「——レンハルト」


 声がした。


 レンは跳ね起きた。草の匂いが髪に移っている。寝転がっていた時間は——体感で数分だが、正確にはわからない。


 丘の斜面を、白い王衣の男が登ってきていた。


 ヴィクトル・レーヴェン。


 月明かりの下でも完璧に整えられたプラチナブロンドが銀色に光っている。表情は——いつも通り、読めない。だが歩き方がいつもと違った。完璧に制御された歩幅ではなく、どこか不規則で、わずかに重い。


「ヴィクトル。まだ起きてたのか」


「眠れないだけだ」


 ヴィクトルは丘の上に着くと、レンから二メートルほどの距離で立ち止まった。夜空を見上げている。淡い青灰色の目に星が映っていたが、何も見ていないような眼差しだった。


「座ったらどうだ。ここ、草が柔らかいぞ」


「……」


 ヴィクトルは三秒ほど黙って、ゆっくりと腰を下ろした。動作が慎重だった。こういう——誰かの隣に地面に座る、というような行為に慣れていないのだとレンは思った。


 二人の間を夜風が抜けていく。遠くで祭りの後片付けをする人々の声がかすかに聞こえた。ゴーレムが屋台を解体する低い音。精霊灯がひとつ、またひとつと消えていく。


「花火」


 ヴィクトルが口を開いた。


「あれは——良いものなのか」


「花火がか」


「リーネが泣いていた。花火を見て。涙が出る現象の最適な説明は——」


「お前、まだそれやるのか」


 レンは呆れた。


 花火の間、ヴィクトルがリーネに向かって火薬の配合比率を解説し始めた場面を思い出した。あの時のリーネの顔——涙を拭いて、静かに「もういい」と言って離れていった横顔。遠目にしか見ていなかったが、あの四文字の重さは、わかった。


「あの説明で泣き止むとでも思ったのか」


「データとして正確だった。硝石六割、硫黄二割、木炭二割。色彩変化はストロンチウムの——」


「だから、そういうことじゃない」


 レンは頭を掻いた。


「花火を見て泣くのは——綺麗だからだ。一瞬で消えるから。目の前のものが、二度と同じ形にならないから。それを——隣の人と一緒に見てるから。そういう、非効率で、データに変換できない何かが——人を泣かせるんだ」


 我ながら下手な説明だと思った。前世なら「ポエマー乙」と言われるレベルだ。


 だがヴィクトルは黙って聞いていた。


「……非効率」


「ああ。非効率だ」


「お前は、それを選んでいる」


「選んでるつもりはない。ただ——AIの出力をそのまま使うのが、俺には合わなかっただけだ」


 ヴィクトルが膝の上で手を組んだ。白い手袋の指先が、微かに震えていた——ように見えた。月明かりの加減かもしれない。


「今日、お前はあのパン屋の娘と祭りを回った」


「ああ」


「射的で全弾外した」


「……見てたのか」


「弾道の放物線運動は、重力加速度と初速の関数だ。なぜ計算しない」


「計算しようとしたんだよ。エルナに『普通にやりなさいよ』って言われて、やめた」


「普通にやる……?」


「計算せずに、勘で撃つ。——全部外れた」


「それで——エルナは笑っていた」


 ヴィクトルの声のトーンが、かすかに変わった。いつもの冷たい平坦さではなく、何かを掴みかけている——いや、掴めずにいる声。


「笑っていた。笑い転げてた。『あんた国は建てられるのに射的はだめなの!?』って」


「なぜだ」


「なぜって——面白かったからだろ。完璧なやつが失敗するのは、面白いんだ」


「失敗が、面白い……」


 ヴィクトルが呟いた。その言葉を舌の上で転がしているように見えた。未知の食材を口に含んだ時の表情に似ていた。




 夜が深くなっていく。


 月が天頂に近づき、影が短くなった。遠くの祭り会場の灯りはほとんど消えている。ゴーレムの解体作業の音も止んだ。


 二人の間に、長い沈黙があった。


 レンは待っていた。ヴィクトルが何かを言おうとしているのが——空気でわかった。前世の会議でもそうだった。本当に重要なことを言おうとしている人間は、黙る。言葉を探す。最適解ではなく、自分の言葉を。


 ヴィクトルは——たぶん、今、初めてそれをしている。


「レンハルト」


「なんだ」


「お前は非効率だ」


「知ってる」


「だがその非効率さに——何かがある」


 ヴィクトルの声は静かだった。平坦でもなく、冷たくもなく。ただ、正直だった。


「お前が手直しした条約は通商印を得た。お前が自分の言葉で誘った娘は笑っていた。お前が計算を捨てた射的は、隣にいる人間を喜ばせた。——データで見れば全て非効率だ。だが、結果は俺の最適解より良い」


 レンは黙って聞いた。


「わからない」


 ヴィクトルの声に、初めて亀裂が入った。


「なぜ劣化した出力の方が機能するのか。なぜ失敗の方が笑いを生むのか。なぜ不完全な言葉の方が人の心を動かすのか。——理解はできない。だが、何かがある。それは認める」


「ヴィクトル」


「何だ」


「お前、リーネに花火の配合比率を説明したよな」


「した。正確なデータだった」


「リーネは泣いて離れた」


「……ああ」


「なぜだかわかるか」


 ヴィクトルは答えなかった。


 レンは星を見上げた。秋の夜空は深い。煙が晴れて、星が全部見えるようになっていた。


「リーネは——花火を一緒に見たかったんだ。説明を聞きたかったんじゃない。『綺麗だな』って、その一言を聞きたかった。お前の声で。お前の言葉で」


「……綺麗だな、と?」


「ああ。それだけでいい。たった四文字だ」


「それは——AIに聞けば0.3秒で出力される」


「だからダメなんだ」


 レンの声に力が入った。


「AIが出力した『綺麗だ』は、どんなに流暢でも——リーネが聞きたい言葉じゃない。リーネが聞きたいのは、ヴィクトル・レーヴェンが、自分の目で花火を見て、自分の胸の中で何かが動いて、その結果として口から出てきた、不格好で短い言葉だ」


「……」


「お前、花火を見てどう思った?」


 沈黙。


 五秒。十秒。レンは草の上に座り直し、膝を抱えた。虫の声だけが丘を包んでいた。


「……覚えていない」


「覚えてない?」


「花火が上がった時、俺はAIに解析を命じた。火薬の組成、発色の原理、打ち上げ角度の計算。解析結果が返ってきたから、それをリーネに伝えた。——俺自身が花火を見ていたかどうかは、覚えていない」


 レンは目を閉じた。


 この男の問題が、やっとはっきり見えた。


 ヴィクトルは花火を見ていない。AIが花火を見ていた。ヴィクトルの目は開いていたが、その先にあるものを自分で受け取っていなかった。入力を全てAIに渡して、出力だけを受け取る。——目は開いていて、何も見ていない。


 前世の自分にも、覚えがあった。


 モニターの前で十八時間。ウーバーイーツの袋を開けて、何を食べたか覚えていない日々。技術の進歩に没頭して、隣にいた人間を見なかった。——あの頃の自分と、ヴィクトルは似ている。いや、もっと深刻だ。自分はまだ「見ていなかった」だけだが、ヴィクトルは「見ることを外注した」のだ。


「何だ」と、ヴィクトルが促した。


「一つだけ言っておく」


 レンは立ち上がった。草が膝からぱらぱらと落ちた。


「お前がその非効率さを——理解できないなら」


 風が吹いた。丘の上の草が波のように揺れた。


「お前は、リーネを失うぞ」


 ヴィクトルの目が、初めて動揺した。


 淡い青灰色の虹彩が揺れた。一秒にも満たない、微かな変化。だが月明かりの下で、レンには見えた。


「失う……?」


「ああ。リーネが求めているのは、完璧な手紙でも最適な贈り物でもない。お前自身の言葉だ。お前が花火を見て、自分で綺麗だと思って、自分の口でそう言うこと。——それができないなら、リーネはいつか、お前の隣にいる理由がなくなる」


「俺の隣に——」


「俺も鈍感だから、偉そうなことは言えない。AIに誘い文句を聞いて全部却下したのは昨日の話だ。だけど——俺はエルナを自分の言葉で誘った。八文字だ。『一緒に行かないか』。下手くそだったけど、あいつは来た」


 ヴィクトルは座ったまま、夜空を見ていた。今度は——本当に、自分の目で。


「八文字か」


「ああ。お前だって言えるはずだ。AIに頼まず、自分の声で。——言えるかどうかは、お前次第だけど」


 風が止んだ。


 丘の上に、静寂が降りた。遠くで犬が一声吠えた。


「……考えておく」


 ヴィクトルの声は小さかった。だがそれは——AIの出力ではなかった。レンにはわかった。あの声は生成されたものじゃない。ヴィクトル自身の、不慣れな言葉だ。


「考えるだけじゃだめだぞ。考えたら、言え。口に出せ。不格好でいい」


「……お前に説教される日が来るとは思わなかった」


「俺もだよ」


 レンは苦笑した。


 国を建てた男が恋愛を語る。しかも昨日まで八文字すら言えなかった男が。——世界で最も資格のない恋愛カウンセラーだ。


 だが、だからこそ言える。不器用だった人間にしか、不器用さの価値はわからない。




 丘を下りる途中、レンは振り返った。


 ヴィクトルはまだ座っていた。白い王衣が月光に照らされて、ぼんやりと光っている。


 夜空を見上げている横顔は——少しだけ、人間に見えた。




 祭りの余韻が残る広場を横切る時、レンは足を止めた。


 広場の隅のベンチに、カイルとメイラが並んで座っていた。


 カイルは眠っていた。大きな体をベンチに収めきれず、足が地面に投げ出されている。口が半開きで、盛大にいびきをかいていた。


 メイラはその隣で、膝の上に載せた魔法書を開いていた。——だが読んではいなかった。丸眼鏡の奥の目が、ぼんやりと精霊灯の残り灯を見つめていた。


 手に、棒つき飴が握られていた。半分齧ったリンゴ飴。溶けかけて、指に赤い汁がついている。


 レンはメイラに気づかれないよう、静かにその場を離れた。


 あのリンゴ飴が——花火の前にカイルが差し出したものだと、レンは知らない。メイラが丘の上のレンとエルナを見て、一人で涙を拭いて、そこにカイルが黙って隣に来て、リンゴ飴だけを置いていったことも。


 知らなくていい。


 それは二人の——レンには見えない場所の、静かな物語だ。




 宿舎に向かう夜道で、イグニスの炎がふわりと肩に降りてきた。


「おい、術者。まだ起きていたのか」


「お前こそ」


「精霊に睡眠は不要だ。——パン屋の娘はどうした」


「先に帰った」


「ふん。それで——銀髪の王と何を話していた」


「見てたのか」


「精霊ネットワーク越しに、お前の魔力の波動が変わった。怒りでも恐怖でもなく——何だろうな、あれは。説教をしている人間の魔力は独特だ」


「説教じゃない。忠告だ」


「違いがわからん」


 イグニスの炎がぱちりと爆ぜた。


「あの男——ヴィクトルは危険だ」


「知ってる」


「知ってるのか。——奴のスキルはお前と同じだが、使い方が違う。奴は入力も出力もAIに渡している。精霊ネットワーク越しに見ると——奴の魔力パターンは空洞だ。術者の意志が入っていない。プログラムだけが走っている端末のようだ」


「……OSはあるけど、ユーザーがログインしてない、みたいな」


「知らんがそういうことだろう。——あの男のAIが暴走したら、誰も止められん。本人が操縦席にいないのだから」


 レンは黙った。


 イグニスの指摘は正しい。ヴィクトルのAIは、ヴィクトル自身の検証なしに走っている。ハルシネーションが起きた時——存在しない魔法が生成された時——ヴィクトルはそれを「間違いだ」と判断できるのか。


 自分は——できる。たぶん。AIの出力をいちいち確認して、手直しして、不格好にしてから使う。その「手直し」の過程で、嘘や矛盾に気づく。面倒で非効率な手順が、安全弁になっている。


 ヴィクトルには、その安全弁がない。


「俺の問題じゃないけどな」


「お前の問題になる日が来る。——ふん、人間は面倒だ」


 イグニスは炎を揺らして飛び去っていった。




 広場を抜けて石畳の通りに入った時、レンはふと足を止めた。


 視線を感じた。


 祭りの後片付けが終わりかけた通りの向こう——宿場の軒先に、外国の旗が掛かっていた。セントラリア王国の紋章。白と青の織り布。建国祭に合わせて祝辞を届けに来た外交使節団だとダリウスから聞いていた。


 その使節団の馬車の横に、一人の若い騎士が立っていた。


 銀髪。端正な顔立ち。白銀の鎧に、セントラリア王家の紋章が刻まれたマント。月明かりの下で、鋼色の目がこちらをまっすぐに見ていた。


 鋭い目だった。


 敵意ではない。かといって友好でもない。——品定めだ。値踏みだ。目の前の男が何者で、どれほどの脅威で、どうすれば倒せるのか。そういう目をする人間を、レンは前世で何度か見たことがある。ビジネスの場ではなく——格闘技のリングサイドで。


 騎士はレンの視線に気づくと、わずかに顎を引いた。会釈とも呼べない、最小限の礼。そして馬車の中に姿を消した。


 レンは立ち尽くした。


「……誰だ、あいつ」


 AIに問いかけようとして、やめた。今夜はもう、AIに頼らない。


 だが——あの目は覚えておこう。


 セントラリア王国の若い騎士。右頬に古い傷跡があった。




 宿舎の窓から、アルゴリズの夜景が見えた。


 精霊灯がいくつか残っている。ほとんどが消えた中、通りの角のパン屋だけが、まだ裏口の灯りをつけていた。


 エルナが明日の仕込みをしているのだろう。祭りの日も変わらず——いや、祭りの日だからこそ——パンを焼く。手で。


 レンは窓枠に肘をついた。


 今夜、ヴィクトルに偉そうなことを言った。「お前の言葉で言え」と。「不格好でいい」と。——それは丸ごと、自分自身に返ってくる言葉だ。


 まだ言えていないことがある。


 エルナに。


 祭りの夜、丘の上で花火を見ながら——「綺麗だな」とは言った。花火のことだ。花火のことだが、たぶん、隣にいた人間のことも少し混じっていた。


 それを言葉にするのは——まだ、もう少し先の話だ。


 パン屋の灯りがゆっくりと消えた。エルナが仕込みを終えたのだろう。


「……おやすみ」


 誰にも聞こえない声で言って、レンは窓を閉めた。




 丘の上で、ヴィクトルは星を見ていた。


 風が吹いている。祭りの灯りは全て消えた。ゴーレムも精霊灯も人の声も消えた夜に、星の光だけが降っている。


 AIは沈黙していた。問いかけていないからだ。


 花火はもう残っていない。煙も、音も、光も。あの一瞬の輝きは、もうどこにもない。


 ——だがリーネの涙は、まだ目の裏に残っていた。


 なぜだ。記憶として効率的でないデータが、消去されずに残っている。


 花火の配合比率は正確に覚えている。硝石六割。硫黄二割。木炭二割。


 だがリーネの横顔は——データとして保存したのではなく、自分の目が勝手に覚えていた。


 ヴィクトルは唇を動かした。


 音にならない言葉。誰にも聞こえない声。AIには一度も問いかけなかった、自分だけの四文字。


「……綺麗、だな」


 花火のことだったのか、リーネのことだったのか——ヴィクトル自身にも、わからなかった。


 わからない、ということが——たぶん、答えだった。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第51話「非効率の理解」。建国祭の花火が消えた後の、静かな夜の対話を描きました。


この話で一番書きたかったのは、ヴィクトルの「花火を見ていたかどうか、覚えていない」という告白です。目は開いていたのに、自分では見ていなかった。入力をAIに外注し、出力だけを受け取る。現代の私たちにも覚えがないでしょうか——スマホの画面越しに花火を撮影して、あとで「綺麗だったね」と写真を見返す。目の前の花火を自分の目で見ていたかと問われたら、少し答えに詰まる。ヴィクトルの病は、そういう現代の延長線上にあります。


レンの「理解できないならリーネを失うぞ」は、この物語のArc4における転換点です。レン自身もまだ不器用で、昨日まで八文字の誘い文句すら言えなかった男ですが、だからこそ言える。不器用だった人間にしか、不器用さの価値はわからない。


最後にヴィクトルが一人で呟く「綺麗、だな」の四文字が、この先どこに繋がっていくか。Arc10でヴィクトルがリーネに「そばにいてくれ」と言う日まで——長い道のりですが、最初の一歩はここにあります。


そして丘を下りる途中、セントラリア王国の若い騎士が初めてレンの前に姿を見せました。右頬に古い傷跡を持つ銀髪の騎士——アルデン。彼が物語にどう関わってくるか、お楽しみに。

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