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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第29話: 精霊でもわかる恋心

 再突入の前夜。


 レンはギルドの二階で、メイラと向き合っていた。


 テーブルの上に、古代精霊論の写本が広げられている。王都の魔法書店でメイラが見つけた一冊だ。黄ばんだ羊皮紙に、細かい古代文字がびっしりと記されている。


「この記述を見てください。三百年前の精霊術師が残した報告書です」


 メイラが写本の一節を指さした。丸眼鏡の奥の目が、知的な興奮で輝いている。


「『深淵の迷宮・第八層以降において、精霊との接続が不安定化する。術式の精度が著しく低下し、一部の精霊は接続を拒否した。原因は不明。魔力の性質そのものが変容しているものと推察される』——って書いてあります」


「三百年前の報告か。現在の魔力分布と照合できるか?」


「やってみましたけど、データが足りなくて。わたしの分析魔法でも、現地で実測しないとわからない変数が多すぎます」


 メイラが少し悔しそうに唇を噛んだ。それから、顔を上げた。


「でも、一つ仮説があるんです」


「聞かせてくれ」


「深淵の迷宮の深層には、通常の魔力とは位相が異なる魔力場が存在する可能性があります。仮に——わたしは『逆位相魔力帯ぎゃくいそうまりょくたい』と名付けたんですが——通常の魔法体系とは逆の性質を持つ領域があると仮定すると、精霊接続の不安定化も、記憶の欠損も説明できます」


「逆位相魔力帯。……面白い。つまり、俺のスキルも影響を受ける可能性があるってことか」


「はい。レンさんのスキル【生成AI】は、この世界の魔力をリソースとして使っています。魔力の位相が反転すれば——」


「入力と出力が逆転する。処理が通らなくなる」


「そうです! まさにそう!」


 メイラが身を乗り出した。テーブルの端に手をついて、目を輝かせている。


「レンさんってやっぱりすごいです。わたしが三日かけた仮説を、一瞬で——」


 メイラの言葉が途切れた。


 気づいたのだ。自分の顔がレンの顔に近すぎることに。


 二十センチもない距離だった。メイラの目がレンの顔に固定されている。さっきまでの学術的な鋭さとは違う——何かを観察するような、それでいて焦点の合っていないような目。研究対象を見る目ではなかった。


「——あっ」


 メイラがばっと後ろに引いた。椅子ごと後退する。がたん、と音が鳴った。


「す、すみません。近すぎました」


「いや、構わないが。……大丈夫か? 椅子ごと倒れそうだったぞ」


「大丈夫です! 大丈夫。ええ。はい」


 メイラの顔が、首筋まで赤くなっていた。丸眼鏡が曇っている。息が荒い。髪を耳にかける手が、小さく震えていた——その仕草を三回繰り返して、ようやく手を膝の上に落とした。


 レンは首を傾げた。


「風邪か? 顔が赤い」


「風邪じゃないです! あの、研究の興奮で血流が——」


「ああ、わかる。俺もコードが綺麗に通った時は心拍上がるからな」


「そ、そういうことです。そういうことにしてください」


 メイラが写本に顔を埋めた。耳まで赤い。


 小さな声が聞こえた。


「——逆位相魔力帯の、あの、変数設定についてなんですが、ええと、マクスウェルの第三定理……いえ、第二定理でしたっけ、とにかく、この場合の位相差を、ええと——」


 写本に顔を埋めたまま、メイラが早口で学術用語を並べ立てている。内容がまるで繋がっていなかった。レンですらわかるほど、論理が破綻している。


 レンは「ふーん」と呟いて、写本に視線を戻した。メイラの論理が破綻するのは初めて見た。よほど疲れているのだろう、と結論づけた。


 テーブルの下で、メイラの手が自分のスカートを握りしめていることに、気づいていなかった。


   ***


 ギルドの一階の酒場は、夕食時の冒険者で賑わっていた。


 カイルが巨大な肉の塊にかぶりつき、イグニスが人型化してカウンターの端で火酒を舐めている。ガルドがカウンターの向こうから「もっと飲め」と煽っている。


「なあ、イグニス」


 カイルが肉を噛みちぎりながら言った。


「何だ、筋肉バカ」


「二階のあれ、見たか」


「見ていた」


「バレバレだよな」


「精霊でもわかる」


 カイルが骨付き肉を置いた。


「メイラ、レンのこと好きだろ」


「好きだな」


「レンは気づいてないだろ」


「絶望的に気づいていない」


「で、エルナちゃんは——」


「パン工房の窓から見ていた。表情が、曇天より暗かった」


 カイルが火酒を一口飲んだ。げほっと咳き込んだ。


「きっつ。——で、エルナちゃんも多分、自分の気持ちに気づいてねえんだよな」


「人間の恋というのは面倒だな。精霊は火がくっつけば燃えるだけだ」


「お前ら単純でいいな」


「我々は高貴なのだ。単純ではない」


 カイルがにやりと笑った。


「でもわかるんだろ、恋心は」


「数百年を生きて、何千人もの術者を見てきた。人間の感情のパターンは——まあ、ある程度は読める」


「じゃあ聞くけど」


 カイルが声を潜めた。


「レンはどっちなんだ」


 イグニスの金色の瞳が、一瞬だけ鋭くなった。


「それは本人が決めることだ。俺が言うことじゃない」


「つまんねえ答えだな」


「真実というのは往々にしてつまらんものだ」


 イグニスが火酒を飲み干した。杯が空になった瞬間、炎が小さく揺れた。


「だが——一つだけ言えることがある」


「何だ?」


「あいつの炎は、パン屋の娘の前で一番安定する」


 カイルの目が、わずかに見開かれた。


「……お前、案外ロマンチストだな」


「黙れ。火の精霊に恋愛を語らせるな」


 イグニスの髪が、わずかに燃え上がった。照れている時の反応だ。カイルは笑いを堪えた。


 階段を降りる足音がした。


 レンだった。


 テーブルの資料を片付けてきたらしく、手にインクの跡が付いている。


「メイラは?」


 カイルが聞いた。


「宿屋に戻った。明日の準備をするって」


「ふーん」


 レンはカイルの向かいに座り、テーブルの上のパンを一つ取った。エルナの作った惣菜パンの残りだ。かじる。冷めていたが、味は変わらない。


「カイル」


「おう」


「明日のフォーメーション、お前の意見を聞きたい」


 カイルの咀嚼が止まった。


 レンがフォーメーションについてカイルの意見を聞くのは、初めてだった。


「……マジか」


「マジだ。第7層以降は未知の領域だ。俺のスキルが安定する保証もない。お前の直感のほうが頼りになる場面が出てくるかもしれない」


 カイルの口元が、にっと上がった。


「やっと言ったな」


「何がだ」


「俺を頼りにするって」


「効率的な判断だ」


「素直に言えよ。お前の得意なデータとかじゃなく」


 レンは一瞬黙り、頭を掻いた。


「……お前がいると、心強い」


「よし」


 カイルが拳を突き出した。レンがそれに応えた。


 イグニスが「ふん」と言った。炎が、ほんの少し暖かくなった。


 ガルドがカウンターの向こうから叫んだ。


「おい小僧ども! ワシの若い頃はな、パーティなんぞ組まず一人でドラゴンを——」


「「それ長くなるやつだ」」


 レンとカイルが同時に言った。


「……こいつら」


 ガルドが苦笑した。


   ***


 夜。


 ギルドを出て宿屋に戻る道すがら、パン工房の前を通りかかった。


 窓の向こうで、エルナが生地をこねていた。いつもより力が入っている。ぎゅっ、ぎゅっ——ばんっ。生地が作業台に叩きつけられた。粉が舞う。


 何かに怒っているような手つきだったが、理由がわからない。声をかけるタイミングでもなさそうだった。


 宿屋の前のベンチに座り、一人で夜空を見上げた。


 冬の星座が鮮明だ。見たことのない星の並び——前世の星座表にはない配置。この世界には、この世界の星がある。


「あんた、まだ起きてたの」


 横から声がした。


 エルナだった。


 パン工房の灯りを消して、帰り道なのだろう。厚手のショールを肩に掛け、頬が冬の夜気で赤くなっている。


「ああ。明日の準備の整理をしてた」


「こんな寒い外で?」


「中より頭が冴える」


 エルナは少し迷うような素振りを見せてから、ベンチの端に座った。レンとの間に、一人分の空間を空けて。


 しばらく、二人とも黙っていた。


 遠くでフクロウが鳴いている。精霊灯の青白い光が、通りを静かに照らしている。


「あの研究者さん」


 エルナが口を開いた。声が平坦だ。


「メイラか」


「よくあんたのところに来るわね」


「研究熱心なだけだ。俺のスキルの仕組みが知りたいらしい」


「……ふーん」


 エルナの声の温度が、少し下がった。


「二人で夜中まで研究してたの」


「ああ。明日の深層突入に向けて、魔力の位相変化について——」


「難しいことはいいわよ」


 エルナが遮った。


 視線は前を向いたまま。精霊灯の光が、緑の目に反射している。


「あんたの研究って、あたしにはわかんない」


「そうだな。専門的だから」


「メイラさんにはわかるんでしょ」


「ああ。優秀な魔法研究者だから——」


「そうね」


 ぶつりと、会話が切れた。


 エルナのショールの端を、指先がぎゅっと握っていた。白い息が、リズミカルに吐き出されている。何かを言いかけては、飲み込んでいる。


 レンの中で、エラー通知のようなものが鳴った。


 会話の流れが不自然だ。エルナの応答パターンがいつもと違う。通常モードのエルナは辛辣で直球だ。遠回しな言い方はしない。今のエルナは——何かを遠回しに表現しようとして、うまくいっていない。


 だが、何を表現したいのかが——わからない。


「エルナ」


「何」


「何か怒ってるか?」


「怒ってない」


「嘘だろ。声のトーンが——」


「怒ってないって言ってるでしょ」


 怒っていた。明らかに怒っていた。


 レンは頭を掻いた。原因の特定ができない。メイラの話題で変化が起きたのは観測できるが、なぜメイラの話で怒るのかのロジックがわからない。


「……俺、何かまずいことを言ったか?」


「言ってない。あんたは何も言ってない。何も言ってないから——」


 エルナが言葉を止めた。


 ショールを引き寄せ、顔を半分埋めた。


「……何でもない。忘れて」


「忘れられない。気になる」


「気にしなくていいの」


「でも——」


「いいから!」


 エルナが立ち上がった。ベンチがきしむ。


 レンを見下ろしている。精霊灯の逆光で表情が見えない。だが、声が——ほんの少し、震えていた。


「あんたはいつもそう。全部わかってるみたいな顔して、肝心なことだけわかんないんだから」


「肝心なこと?」


「……もう知らない」


 エルナが踵を返した。


 三歩。四歩。五歩——立ち止まった。


 振り返らなかった。


「明日、気をつけてね」


「ああ」


「ちゃんとご飯食べて」


「わかった」


「……弁当、足りなかったら言いなさいよ。もう少し作るから」


「助かる」


 エルナの背中が、小さく震えた。


 それから、早足で夜の通りに消えていった。


 レンは一人残されたベンチで、エルナの背中が消えた方角を見つめていた。


 胸が鳴っている。あの、名前のない振動。


 前世では感じたことのない種類の——何か。


「お前、エルナのこと好きだろ」


 背後から声がした。


 カイルだった。宿屋の入口に背を預けて、腕を組んでいる。いつからいたのか。


「は?」


「お前、エルナのこと好きだろ。見りゃわかる」


「何の話だ。エルナの機嫌が数値化できるなら教えてくれ」


 カイルの表情が、呆れを通り越して何かに到達した。悟りに近い顔だった。


「……お前マジで鈍いな」


「鈍い? 何がだ。データに基づいて——」


「データじゃねえんだよ。お前、エルナの弁当食ってる時の顔、見たことあるか?」


「自分の顔は見えない」


「めちゃくちゃ嬉しそうなんだよ。エルナが来ると声のトーンが変わるし、エルナの話になると頭掻くし、パン工房の前を通る時だけ歩くスピードが落ちる」


「……それは、パンの匂いを分析して——」


「分析じゃねえ!」


 カイルが一歩近づいた。


「お前は頭が良すぎて、自分の気持ちを全部理屈で誤魔化すんだ。でも体は正直なの。エルナの前だとお前の目、全然違うんだぞ」


 レンは黙った。


 反論の言葉が——出てこなかった。


 カイルの言葉を論理的に反証しようとして、脳が空回りしている。データが足りないのではない。データを見る角度が、そもそも間違っている気がする。


「……俺は、エルナのことを——」


 言いかけて、止まった。


 何を言おうとしたのか、自分でもわからなかった。


 カイルがため息をつき、レンの肩をばんと叩いた。


「今すぐわかんなくていい。でも、ちゃんと考えろよ。AIじゃなく、自分の頭で」


「自分の頭で——」


「心で、って言ったほうがいいか」


「心にはCPUが搭載されていない」


「だから鈍いんだよ」


 カイルが笑った。からからと、夜空に響く笑い声。


 宿屋の二階の窓から、イグニスが炎の球体で顔を出した。


「おい、うるさいぞ筋肉バカ。明日は早い」


「おう、悪い。——レン、寝ろ。明日はダンジョンだ」


「……ああ」


 レンは立ち上がった。


 宿屋に入る前に、もう一度だけ——エルナが消えた方角を振り返った。


 パン工房の灯りは消えている。エルナはもう家に帰ったのだろう。明日の朝四時には、またあの窯に火を入れるのだ。レンたちのための弁当を焼くために。


 ——作りすぎただけ。


 エルナの声が、頭の中で繰り返された。


 嘘だ、と——レンの中の何かが言った。


 データではない。論理でもない。もっと奥の、もっと深い場所から湧き上がってきた直感。


 あれは嘘だ。エルナは嘘をついている。でも、その嘘が——なぜか、胸を温かくする。


「……バグだ」


 レンは呟いた。


 だが今回は、修正する気になれなかった。


   ***


 翌朝。


 まだ暗い中、パン工房の窯に火が入った。


 四人分の弁当が、丁寧に布で包まれた。


 ギルドの前に集合した嵐の牙に、エルナが籠を押しつけた。


「はい。作りすぎたから」


「ありがとう」


「べつに」


 メイラが横で微笑んだ。


「エルナさん、ありがとうございます。わたしの分まで……」


「……四人分作ったほうが効率いいから。深い意味はないわよ」


 カイルがイグニスと目配せした。


「「知ってた」」


 二人が同時に呟いた。


「何が?」


 レンが聞いた。


「「何でもない」」


 レンは首を傾げたが、追及する間もなく、ガルドの野太い声が響いた。


「行くぞ、小僧ども! 第7層以降は未知の領域だ。気を引き締めろ!」


「おう!」


 カイルが大剣を背負い直した。


 メイラが杖を握り締めた。


 イグニスの炎が、凛と燃え上がった。


 レンは弁当の籠を背嚢にくくりつけた。まだ温かい。エルナの手の温もりが、布越しに伝わってくる。


 振り返ると、パン工房の前にエルナが立っていた。


 エプロン姿。粉だらけの手。朝の薄明かりの中で、緑の目がこちらを見ている。


 手を振ってはいない。ただ、じっと見ている。


 レンは片手を上げた。


「行ってくる」


 エルナが小さく頷いた。


 それから、唇が動いた。声は聞こえなかった。距離がありすぎた。


 だが——レンには、なぜか読めた。


 「帰ってきなさいよ」


 たぶん、そう言った。


 レンは前を向いた。


 深淵の迷宮が、北東の山脈の向こうで待っている。第7層以降の未知。逆位相魔力帯。記憶を喰らう領域。


 だが今は——背中にある温かさのほうが、はるかにリアルだった。


「行くぞ」


 レンの声に、三人が応えた。


 冬の朝の白い息が、四つ並んで空に昇った。


 ——深層で何が待っているのか、まだ誰も知らない。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第29話「精霊でもわかる恋心」。アーク3の中で、いちばん「戦闘ゼロ」の回です。


描きたかったのは、レンという人間の「観測できるのに理解できない」という根本的な欠陥でした。メイラの顔が赤い理由を「風邪か?」で片付け、エルナの怒りを「原因の特定ができない」と処理する。データ至上主義の男が、感情という最も人間的な変数だけは読み取れない。カイルの「お前、エルナのこと好きだろ」に対する「好感度パラメータの話か?」は、書いていて自分でも笑いましたが、同時にちょっと切ないんですよね。


カイルとイグニスの「知ってた」コンビが好きです。精霊でもわかる恋心が、当事者だけに届かない。「あいつの炎は、パン屋の娘の前で一番安定する」というイグニスの一言は、数百年を生きた精霊だからこそ言える観察で、火の精霊が恋愛を語るのを恥ずかしがる姿も含めてお気に入りのシーンです。


そしてエルナの「帰ってきなさいよ」。声は聞こえなかったのに、レンには読めた——それってもう、AIじゃなくて心が受信してるんですよ。本人だけが気づいていませんが。

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