表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/54

第25話: 深淵の迷宮、第1層

 闇の中から、紫色の光が漏れ出している。——瘴気しょうきだ。


 深淵の迷宮の入口は、山脈の裂け目にあった。ヴィントヘルムから北東へ三日。街道を外れ、獣道を登り、岩場を越えた先——灰色の崖が左右にそびえ、その間にぽっかりと口を開けた暗闇が待っていた。


 入口の周囲には古い魔法陣が刻まれている。三百年前の封印の痕跡だ。だがその文字は所々で途切れ、ひび割れた岩肌から淡い紫の光が漏れ出している。


 瘴気しょうきだ。


「……封印の劣化率、予想以上だな」


 レンが呟いた。スキル【生成AI】が入口の魔法陣を解析している。封印の残存強度はおよそ三割——持って数年。それを超えれば、中の魔獣が地上に溢れ出す。


「メイラ」


「はい。わたしも見えています」


 メイラが眼鏡を押し上げ、入口の魔法陣に手をかざした。淡い光が指先から伸びる——分析魔法だ。


「三百年前の複合封印術式ですね。精霊力と人間の魔法を組み合わせた多重構造……見事ですけど、時間経過による減衰が深刻です。特に第四層と第七層の結界層が——」


「要約してくれ」


「……封印はボロボロです」


「ありがとう」


 ガルドが入口の前に立った。巨躯が暗闇に影を落とす。琥珀色の目が、奥の闇を見据えていた。


「ワシが先頭を行く。カイルの坊主が二番手。小僧とメイラの嬢ちゃんが後衛。火の精霊は——」


「この俺様に指示をするな。好きに動く」


「遊撃だ。お前は自由に動け」


「最初からそう言え」


 レンはスキル【生成AI】に入口から読み取れる情報を処理させた。ダンジョン内部の気温、湿度、魔力濃度の勾配。ギルドの過去記録との照合。最適な進行ルートの仮説が複数生成される。


 仮説。推測。予測モデル。


 未知の領域を「既知」に変換する——エンジニアの本能が、静かに稼動していた。


「行くぞ」


 ガルドが踏み込んだ。


 五人が、暗闇の中に消えた。


   ***


 第一層は、想像より広かった。


 天井の高さは約五メートル。通路の幅は三メートルほど。壁面には天然の魔石が埋まっており、淡い青白い光を放っている。完全な暗闇ではない——だが、視界は十メートル先で霞む。


「ひんやりするな」


 カイルが首をすくめた。外は晩秋の冷気だったが、ダンジョンの中はそれとは質の違う冷たさだ。岩から滲み出る水分が空気を湿らせ、肌に薄い膜のように纏わりつく。


 足音が通路に反響する。五人分の靴音が、壁に跳ね返って不規則に重なった。


「静かにしろ」


 ガルドの低い声が前方から飛んだ。


「足音を殺せ。第一層とはいえ、魔獣は音で獲物を探す」


 レンはスキル【生成AI】をフル稼動させていた。


 通路の分岐パターン。壁面の魔石配置。空気の流れ。微弱な振動——すべてのデータがリアルタイムで処理され、頭の中にダンジョンの地図が構築されていく。


「レンさん、何か見えますか?」


 メイラが囁いた。


「前方七十メートル、右の分岐路に反応がある。小型の魔獣——数は六、いや七体。体温パターンからしてゴブリンだ」


「ゴブリン七体……第一層では標準的な遭遇数ですね」


「カイル」


 レンが前方のカイルに声をかけた。


「おう」


「七十メートル先、右の分岐にゴブリン七体。お前が正面から突っ込め。イグニスが上空から火で牽制。メイラはカイルにバフをかけろ。俺が退路を塞ぐ」


「了解!」


 カイルが大剣を抜いた。刃が魔石の光を受けて鈍く光る。


「いくぞ——!」


 カイルが走り出した。革鎧の下の筋肉が躍動し、三メートル幅の通路を疾風のように駆け抜ける。


 七十メートル先——右の分岐路から、甲高い声が響いた。ゴブリンたちがカイルの接近を察知したのだ。だが遅い。


「——おらぁ!」


 カイルの大剣が薙ぎ払われた。先頭の二体が吹き飛ぶ。残りの五体が散開しようとした瞬間——


「イグニス!」


「わかっておる」


 天井近くを飛んでいた炎の球体が、退路に火の壁を展開した。逃げ場を失ったゴブリンがひるむ。


「カイルくん、強化入ります!」


 メイラの掌から白い光が伸び、カイルの全身を包んだ。バフ魔法——筋力と反射速度の一時的な強化だ。


 カイルの二撃目が残りの五体を薙ぎ倒した。


 開始から十二秒。


 ゴブリン七体、全滅。


「……早くね?」


 カイルが大剣を肩に担いだ。血振りもしない。そもそも大した手応えがなかった。


「第一層のゴブリンだ。Fランク向けの依頼対象だぞ。この面子なら当然だ」


 レンが淡々と言った。


 ガルドが後方から腕を組んだまま頷いた。


「悪くねぇ。だがまだ第一層だ。油断するな」


「おうよ!」


 カイルが拳を振った。まだエネルギーが有り余っている。


 レンは内心で次の戦闘のシミュレーションを回していた。第一層の魔獣パターンは既に三つのサンプルから傾向が見えている。小型のゴブリンが主体で、群れの最大サイズは十体前後。攻撃パターンは単純——正面突進か、側面からの奇襲の二択。


 予測モデルの精度が上がるほど、戦闘は効率化される。


 ——いいペースだ。このまま行ける。


   ***


 第二層に入ったのは、ダンジョン突入から二時間後だった。


 第一層と第二層を繋ぐ階段は、螺旋状に地下へ続いていた。壁面の魔石の色が、青白から淡い緑に変わった。魔力濃度が上がっている証拠だ。


「空気が重くなったな」


 カイルが肩を回した。


「魔力濃度が第一層の約一・五倍です」


 メイラが分析魔法で計測しながら答えた。


「体感でわかるぞ。肌がぴりぴりする」


「それは魔力に対する身体の反応ですね。戦士は魔力感知が体感に出やすいんです。興味深い……」


「研究は後にしろ」


 レンが前方に意識を向けた。スキル【生成AI】が新しい反応を捉えている。


「前方四十メートル。大型の反応が二体。体温パターンと魔力放射から——ストーンリザード」


「石のトカゲか」


 カイルの目が光った。


「硬い。物理攻撃が通りにくい。弱点は腹部の柔らかい鱗と、目。カイル、正面からは行くな。イグニスの炎で視界を奪ってから、側面に回り込め」


「了解!」


「メイラ、ストーンリザードの鱗にデバフをかけられるか? 硬度を下げる系統の」


「やってみます。理論上は金属劣化と同じ原理で——」


「頼む。イグニス、タイミングは俺が出す」


「ふん。精霊に指示するとは大した度胸だ。——だが、悪くない作戦だ」


 レンの頭の中で、戦闘のシーケンスが組み上がった。


 イグニスの火炎で視覚を奪う→メイラのデバフで鱗の硬度を低下→カイルが側面から弱点を突く→レンが生成魔法で退路を塞ぐ。


 所要時間の予測は三十秒以内。


「行け」


 レンの合図で、全員が動いた。


 イグニスの火球が通路を照らした。ストーンリザード——全長三メートルの岩のような巨体が、炎の光に目をかれて咆哮した。


 メイラの掌から灰色の光が伸びる。デバフ魔法が二体の鱗に浸透し、表面にひび割れが走った。


 カイルが走った。壁を蹴り、低い姿勢で一体の側面に回り込む。大剣が弧を描き——腹部の柔らかい鱗を正確にえぐった。


 一体目、沈黙。


 二体目が尾を振り回した。通路の壁が砕ける。だがカイルは既に跳んでいた——レンの事前指示通り、攻撃後は即座に後退。尾の一撃が空を切る。


 イグニスの二発目の火球が、二体目の目を直撃した。


 カイルの追撃。大剣が再び腹部を裂く。


 二十四秒。


 ストーンリザード二体、撃破。


「予測より六秒早い」


 レンが呟いた。


「お前の計算より早いのは、俺が速いからだ」


 カイルが汗を拭った。笑っている——が、その笑顔に、わずかな影があるのをレンは見落とした。


「レンさん、鱗のサンプルを採取してもいいですか? デバフの効果を検証したくて——」


「手早くな。次の遭遇まで推定三分」


「三分!? 急ぎます!」


 メイラが鱗の破片を拾い集め、ポーチに詰め込んだ。


 ガルドは後方で腕を組んだまま、四人の動きを黙って観察していた。琥珀色の目が——特にカイルの表情を、じっと見ていた。


   ***


 第三層は、罠の層だった。


 通路の至るところにトラップが仕掛けられている。床の圧力板、壁からの毒針、天井の落石——古い仕掛けだが、三百年経っても作動する精密さだった。


「止まれ」


 レンが全員を制した。


「前方の床、三枚目と七枚目の石板が圧力トラップだ。踏むと壁から石の槍が出る。避けて進め」


「なんでわかるんだ?」


「石板の沈み具合が周囲と0.3ミリ違う。あと空気の流れが壁の穴から僅かに——」


「もういい。わかった。お前を信じる」


 カイルが三枚目と七枚目を避けて歩いた。何事も起きない。


「次。天井の二番目のはりの裏に落石装置。真下を通らなければ大丈夫だ」


 メイラが壁際を歩いた。天井の梁は微動だにしない。


「その先の分岐、左は行き止まりで毒ガスの罠。右が正規ルート」


 イグニスが左の通路を覗き込んだ。奥から薄紫の煙が漂っている。


「……当たりだな」


「レンさん、すごいです……。まるでダンジョンの設計図が見えているみたい」


 メイラが感嘆の声を上げた。


「設計図じゃない。パターン認識だ。トラップの配置には規則性がある。三百年前の魔法陣師が仕掛けたものなら、当時の設計思想から配置パターンを逆算できる」


「つまり、敵の考えを読んでるんですね」


「まあ、そういうことだ」


 レンの中で、スキル【生成AI】がダンジョンの全体像を構築し続けていた。トラップの配置パターン、魔獣の出現テーブル、層ごとの魔力濃度の変化——データが蓄積されるほど、予測の精度は上がる。


 第三層のトラップ回廊を、パーティは一つの被害も出さずに突破した。


 所要時間——四十五分。ガルドによれば、通常のDランクパーティでも三時間はかかる区間だという。


「がっはっは! ワシの若い頃でも半日かかった場所を、四十五分か。——いや、あれは一日かかったかな。三日だったかもしれん」


「どんどん伸びてるだろ」


「気のせいだ」


 第三層の最奥——広い空間に出た。天井が高く、魔石の光が広間全体を照らしている。中央に泉があり、澄んだ水が湧いている。


「安全地帯だ。ここで野営できる」


 ガルドが言った。


「魔獣は泉の魔力を嫌って近寄らん。ワシが現役の頃もここで休んだ」


 カイルが大剣を壁に立てかけ、どっかりと座り込んだ。レンが携帯食を取り出す——エルナがこっそり持たせてくれた干し肉と、ねじりパンの包みだ。面倒と言いながら、結局出発の朝に差し入れてきた。


「お、いい匂いだな。エルナちゃんのパンだろ」


「わかるのか」


「匂いでわかるって。あの店のパン、他と全然違うからな」


 レンがパンを噛みちぎった。冷めていても、小麦の甘い香りが鼻を抜けた。


 メイラが自分の携帯食を広げた。王都の保存食——味は悪くないが、素朴さに欠ける。


「エルナさんのパン、おいしそうですね……」


「半分やるか」


「い、いえ! 大丈夫です! わたしのもちゃんとありますから!」


 メイラが慌てて首を振った。耳が赤い。


「レンさんにいただいたものを分けてもらうなんて、そんな——あ、いえ、別にそういう意味じゃなくて——」


「?」


 レンは首を傾げた。パンを分けるだけで何をそんなに動揺しているのか、理解できなかった。


 ガルドが酒瓶を取り出した。レンが止めようとしたが、「現役時代はダンジョンの中でも飲んでおった」の一言で黙らされた。


 泉の水音だけが、広間に響いている。


   ***


 野営の準備が終わり、火の番をイグニスに任せて——火の精霊だから番をする必要もないのだが——レンは泉のそばに座って考え事をしていた。


 第一層から第三層まで、ほぼ計画通りだ。


 魔獣の行動パターンを予測し、最適な陣形を指示し、トラップのパターンを解析して安全なルートを導く。データが蓄積されるほど予測精度は上がり、パーティの動きは洗練される。


 効率的だ。無駄がない。完璧に近い。


 ——のに。


「なあ、レン」


 カイルが隣に来た。大剣を膝の上に置き、砥石で刃を研いでいる。しゃりしゃりという音が、泉の水音と重なった。


「ん?」


「今日さ、楽勝だったよな」


「ああ。上層は予想通りだ。明日は中層に入る」


「だよな……」


 カイルの手が止まった。砥石を持ったまま、天井の魔石を見上げている。


「なあ」


「何だ」


「お前の指示通り動けば勝てるんだよ。それはわかってる。ゴブリンもトカゲも罠も、全部お前が読んでくれた。俺はそれに従って剣を振るだけだった」


「効率的だっただろ」


「……ああ。効率的だ」


 カイルの声に、レンは違和感を覚えた。いつもの豪快さがない。何かを噛みしめるような、慎重な声だった。


「でもさ」


 カイルが砥石を置いた。明るい青い目がレンを見た。


「なんか、ゲームのNPCみたいだ」


「……NPC?」


 レンの手が止まった。カイルがその言葉を知っているはずがない——だがカイルは「NPC」とは言っていない。レンの脳がそう翻訳しただけだ。実際にカイルが言ったのは——


「操り人形みたいだ、って意味だよ。お前が糸を引いて、俺たちがその通りに動く。勝てるけど——俺は自分で考えてない。自分で判断してない。ただ、言われた通りに剣を振ってるだけだ」


「でも、結果として全員無傷だろ」


「ああ。だからいいんだよ。いいんだけど——」


 カイルが拳を握った。


「——なんか、違う気がすんだよな」


 それだけ言って、カイルは立ち上がった。砥石をポケットに押し込み、大剣を肩に担ぐ。


「明日も頼むぜ、指揮官殿」


 軽い口調だった。だがその背中には、レンが読み取れない何かがあった。


 カイルが寝袋に潜り込む。ものの数秒でいびきが聞こえ始めた。——切り替えの速さだけは、相変わらず脳筋だ。


 レンは泉を見つめた。


 操り人形。


 前世で、チームメンバーに同じことを言われたことがある。「蓮さんの指示通りに動けば成果は出る。でも、僕たちは考えなくなった」——退職したエンジニアの最後のメッセージ。


 あの時は「効率的なチーム運営だ」と自分に言い聞かせた。結果が出ているなら問題ない。数字が全てだ。


 今、同じことが——異世界で起きている。


 スキル【生成AI】は最適解を出す。レンはそれを指示に変換し、パーティに伝える。パーティはその通りに動き、勝つ。


 何が問題なのか。


 カイルの言葉を、レンはまだ答えにできなかった。


「……イグニス」


「何だ」


 炎の球体が、泉のそばに浮いていた。


「カイルの言ったこと、お前はどう思う」


「筋肉バカが珍しく頭を使ったな、と思った」


「……そうじゃなくて」


「——知っている。お前の指揮が正しいことも。カイルの不満が的を射ていることも」


 イグニスの炎が静かに揺れた。


「精霊は数百年、術者の命令に従ってきた。命令が正しければ従う。それが合理的だ。だが——合理的であることと、納得していることは違う」


 レンは黙った。


「寝ろ、レン。明日は中層だ」


「……ああ」


 レンは寝袋に潜り込んだ。


 頭の中で、スキル【生成AI】が明日の戦闘シミュレーションを回し続けている。中層の魔獣データ、陣形パターン、最適ルートの候補——いつものように、全てが効率的に処理されていく。


 だがその裏側で——カイルの言葉が、小さな棘のように刺さったまま、取れなかった。


 操り人形。


 最適な出力が、最善の結果とは限らない——そんな可能性を、エンジニアの思考回路はまだ受け入れられずにいた。



下にある☆☆☆☆☆をクリックして★★★★★にしてくれたら作者が喜びます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ