第24話: 職業:AIエンジニア
メイラが帰ってきたのは、ギルド開設の三日後だった。
街の東門から馬車が一台、砂埃を巻き上げながら入ってきた。御者台には王都の紋章。荷台から降りてきたのは、白いローブにインク染みのついた小柄な少女だった。
丸眼鏡の奥の淡いグリーンの瞳が、変わった街並みをきょろきょろと見回している。
「街、また広くなってますね……三日——いえ、七十二時間ぶりなのに」
メイラは言いかけて、慌てて口を噤んだ。そのまま荷台から大量の書物を抱えたまま、足を踏み外しかけた。
「おっと」
レンが片手で書物の山を受け止めた。ちょうどギルドの前を通りかかったところだった。
「あ、レ、レンさん!」
メイラの声が裏返った。頬がさっと赤くなる。
「研究報告は終わったのか」
「はい! 無事に——あの、学院にレンさんの生成魔法についての中間論文を提出してきました。査読結果は二ヶ月後ですけど、教授陣がかなり興味を——って、あの、重いですよねそれ。すみません」
書物の山は確かに重い。前世の感覚で言えば、技術書を二十冊くらい。レンの細い腕がわずかに震えている。
「メイラ、何冊持ってきたんだ」
「えっと……三十二冊です。ダンジョンに関する文献を図書館から借りてきました。あとこれは魔法陣の応用理論の最新版で、それからこっちは精霊学の——」
「わかった。とりあえずギルドに運ぶ」
レンは書物を抱えたまま歩き出した。メイラが小走りでついてくる。その足取りはどこかぎこちなく、何度か荷物のない手でローブの裾を握りしめていた。
レンはそれに気づかなかった。
***
冒険者ギルド、二階の会議室。
テーブルの上に、四枚の冒険者登録用紙が並んでいる。二枚は既に記入済み——レンとカイルのぶんだ。残り二枚が白紙のまま、メイラとイグニスの前に置かれていた。
「さて」
ガルドが腕を組んで壁に寄りかかった。琥珀色の目が四人を見渡す。
「パーティを組むなら、全員が冒険者登録を済ませる必要がある。嬢ちゃん、それと火の精霊——お前さんたちも登録しろ」
「はい、もちろんです」
メイラが登録用紙に向かった。名前、年齢、スキル——丁寧な字で淀みなく記入していく。インク染みの指が慣れた動きで羽ペンを走らせた。鑑定石に手を置くと、淡い光が浮かんだ。
名前:メイラ
年齢:16
スキル:魔法理論解析、バフ・デバフ魔法
推奨ランク:F
「Fですか……」
メイラが少し残念そうに眉を下げた。
「嬢ちゃん、ランクは実績で上がるもんだ。ワシだって最初はFだった。——まあ、ワシの場合は一週間でEに上がったがな」
「盛ってますよね」
レンのツッコミをガルドは華麗に無視した。
「次、火の精霊」
イグニスが——炎の球体のまま——テーブルの上に浮いていた。登録用紙を見下ろしている。
「精霊が冒険者登録だと? 前例があるのか」
「ない。だから特例だ。ギルドマスターの権限で認める。——ほら、書け」
「この俺様に書類を書かせるのか。数百年生きてきて、こんな屈辱は初めてだ」
「書け」
「……ふん」
イグニスが人型化した。赤い髪が逆立ち、金色の瞳が不機嫌に光る。長身の青年が、やたら偉そうな姿勢で羽ペンを握った。
名前の欄に「イグニス」と書いた。年齢の欄で手が止まった。
「……数百歳と書いていいのか」
「省略して構わん」
「職業の欄は」
「精霊でいいだろ」
カイルが横から口を出した。
「火力担当だ。火力の精霊」
「火の上位精霊だ。『火力の精霊』などという下品な呼び方をするな、筋肉バカ」
「褒めてるんだよ!」
鑑定石にイグニスが手を置いた。石が——赤熱した。受付嬢のノエルが階下から悲鳴を上げた。
「ちょっと! 鑑定石が溶けます!」
「すまん、力を抑える」
どうにか鑑定は完了した。
名前:イグニス
年齢:(記録不能)
スキル:火属性魔法全般、精霊間通信
推奨ランク:F
「Fだと……? この俺様がFだと……?」
イグニスの周囲の温度が三度ほど上がった。
「Fランクだ。お前も最初はFだ」
ガルドが動じない。さすが元Sランク——精霊の威圧程度ではまばたきひとつしない。
「数百年の実績が——」
「冒険者ギルドの実績だ。お前が何年生きてようが関係ねぇ。ワシのルールに従え」
「……ふん」
イグニスが渋々と冒険者カードを受け取った。木製のプレートに「F」の文字が刻まれている。炎の球体に戻ったイグニスが、カードの「F」の文字を恨めしそうに見つめていた。
レンは小さく笑った。——全員Fスタート。ある意味、公平だ。
***
「よし。次はパーティ登録だ」
ガルドがテーブルに新しい用紙を広げた。パーティ登録申請書。メンバー欄には四人の名前が並んでいる。
レンハルト・コード——指揮・生成魔法
カイル——前衛・近接戦闘
メイラ——後衛・分析魔法
イグニス——火力・精霊
「職業欄、お前ら好きに書いていいぞ」
ガルドがレンに用紙を渡した。
レンは羽ペンを手に取り、自分の職業欄に——
「AIエンジニア」
と書きかけた。
「待て待て待て」
カイルが腕を伸ばしてレンの手を止めた。
「何だよ」
「えーあいえんじにあ? 何だそれ。職業名として成立してないだろ」
「前世ではちゃんとした職業だったんだが」
「ここは前世じゃねえ! 異世界だ! 魔法使いでいいだろ、魔法使いで!」
「俺の魔法は厳密には魔法というよりAIによる——」
「細けぇよ!」
メイラがおずおずと手を挙げた。
「あの……わたしは『魔法研究者』と書いてもいいですか?」
「それはわかりやすい」
ガルドが頷いた。
「この俺様は『上位精霊』だ。それ以外は認めん」
「精霊は種族だ。職業じゃない」
「俺様の存在そのものが職業だ」
「哲学か」
結局、レンの職業欄は「生成魔法師」で落ち着いた。カイルは「戦士」。イグニスは「精霊術師」——本人は最後まで不満そうだったが、ガルドに睨まれて黙った。
「で、パーティ名だ」
ガルドが用紙の一番上を指した。大きな空欄がある。
「パーティ名は登録後の変更に銀マナ一枚かかる。よく考えて決めろ」
四人が顔を見合わせた。
「俺から言っていいか」
レンが切り出した。
「おう」
「チーム・デプロイ」
沈黙。
カイルが首を傾げた。メイラが眼鏡を押し上げた。イグニスの炎がゆらりと揺れた。ガルドが顎髭を撫でた。
「……意味わからん」
カイルが正直に言った。
「デプロイ。本番環境に展開するという意味で——」
「だから意味わからんって言ってるんだ! パーティ名ってのはな、聞いた瞬間に『おっ、強そう』って思わせなきゃ駄目だろ!」
「なるほど。じゃあカイルの案は?」
「嵐の牙」
カイルが胸を張った。
「……」
「どうだ! 強そうだろ!」
「いや……うん……強そうではある」
レンは言葉を選んだ。冒険者パーティっぽいのは認める。だがどこかで聞いたことのあるような、テンプレート感が否めない。
「わたしの案も聞いてもらえますか」
メイラが控えめに手を挙げた。
「マジカル・リサーチ・ラボ」
「研究室じゃねえか!」
カイルが叫んだ。
「略称MRLです。学術的で知的な響きが——」
「冒険者が研究室って名乗るか!?」
「では、イグニスさんは?」
メイラがイグニスに振った。
イグニスが炎を大きくした。金色の瞳がぎらりと光る。
「炎帝軍団」
「……」
四人分の沈黙が降りた。
「いや」
レンが口を開いた。
「パーティ四人で『軍団』は名前負けしすぎだろ」
「ぐっ……」
「あと『炎帝』はイグニス個人のブランドすぎる。チームの名前じゃない」
「ぐぐっ……」
「この俺様の名が冠されることの何が悪い!」
「全部だ」
議論は平行線を辿った。レンの案は意味不明、カイルの案はテンプレ、メイラの案は学術的すぎ、イグニスの案は自己中——誰の案も過半数の支持を得られない。
十五分後。
「もういい。俺が決める」
カイルが立ち上がった。登録用紙を掴み、パーティ名の欄に——勢いよく書き込んだ。
「嵐の牙」
「おい待て——」
「はい登録! ガルドの親父、これで!」
「がっはっは! いい名前じゃねぇか」
ガルドが用紙を受け取った。公印を押す。木製の判子が羊皮紙に赤い印を刻んだ。
「パーティ『嵐の牙』——正式に登録完了だ」
「ダサすぎない?」
レンが天井を仰いだ。
「いいんだよ! 名前なんて後からついてくるもんだ!」
カイルが笑った。メイラが眼鏡の奥で目を細めた。イグニスの炎がゆらりと揺れて、なぜか温かく見えた。
——ダサいけど、悪くない。
「それ、名前の意味がないって自分で言ってるようなものだけどな」
「うるせえ!」
メイラが小さく笑った。眼鏡の奥の目が細くなる。
「嵐の牙……わたしは、嫌いじゃないですよ」
「だろ!? メイラはわかってる!」
「この俺様としては不本意だが……まあ、暫定的に認めてやろう」
「イグニスも賛成だ! 三対一! レンの負け!」
レンは溜息をついた。多数決で負けた。民主主義の敗北ではない——単に自分のネーミングセンスが異世界仕様ではなかったというだけだ。
パーティ「嵐の牙」。
——まあ、悪くはない。名前より中身で勝負すればいい。
***
パーティ登録を済ませた後、ガルドが四人を再び会議室に呼んだ。
テーブルの上に、先日と同じ古い地図が広げられている。北東の山脈を示す赤い印——ダンジョン「深淵の迷宮」。
「改めて説明する」
ガルドの声が低くなった。冗談の色が消え、現役時代の——元Sランク冒険者の目に戻っていた。
「深淵の迷宮は多層構造のダンジョンだ。確認されている限り、少なくとも十層以上ある。上層ほど魔力が薄く、下層に向かうほど魔力が濃くなる。魔獣も同様——上層はゴブリンやスライム程度だが、中層以降は危険度が跳ね上がる」
「層ごとの難易度はどうなってますか?」
レンが聞いた。
「第一層から第三層が上層。Eランク相当だ。第四層から第六層が中層で、Dランク相当。第七層以降は深層——Bランク以上の実力が要る。最深部は未踏破だ」
「Fランクの俺たちが行っていいんですか」
「ワシが帯同する。規定上はDランク以上の帯同があれば、Fランクでも中層までは入れる。だが——」
ガルドの琥珀色の目が鋭くなった。
「無茶はさせん。上層で手応えを見て、いけると判断したら中層に進む。それ以上は——お前らの実力次第だ」
「おっしゃ! いつ行く!?」
カイルが拳を握った。
「三日後の朝。街から北東へ三日の行程だ。往復で最低六日——ダンジョン内の滞在を含めれば十日は見ておけ」
「十日……」
メイラが呟いた。書物の山に目をやる。
「文献を読む時間が——」
「ダンジョンの中で読め」
「え?」
「冗談だ。出発までに読み込んでおけ」
ガルドが笑った。
レンは地図に目を落とした。スキル【生成AI】が静かに稼働している。ダンジョンの構造、層ごとの魔獣データ、過去の攻略記録——ギルドに残されている情報を読み込み、頭の中に戦術のフレームワークが組み上がっていく。
だが地図の北東、あの空白の領域——記憶が戻らないとされる未踏破区域は、データが存在しない。入力のないシステムに出力はない。
未知の領域。
エンジニアにとって、それは恐怖であり——同時に、最も心が動く瞬間でもある。
「レン」
カイルが肩を叩いた。
「難しい顔すんなよ。俺たちで行って、俺たちで帰ってくる。それだけだ」
「……ああ。そうだな」
レンは地図から目を上げた。
カイルの明るい青い目が、まっすぐにレンを見ている。メイラが眼鏡の奥で静かに微笑んでいる。イグニスの炎が、テーブルの上で穏やかに揺れている。
パーティ「嵐の牙」。
Fランク四人と、元Sランクのギルドマスター。
前世では、チームを組んだことがなかった。一人で書いて、一人でテストして、一人でデプロイした。それが効率的だと信じていた。
——悪くない構成だ。今度は、一人じゃない。
***
ギルドを出ると、外は夕暮れだった。
街の大通りをレンが歩いていると——前方から、小麦色の髪が見えた。
エルナだった。
パン工房の方から歩いてくる。エプロンはもう外しているが、袖にはまだ粉がついていた。籠を片手に提げている。
「あんた」
エルナが足を止めた。
「パーティ、組んだんでしょ」
情報が早い。カイルが言いふらしたのだろう。
「ああ。今日登録した」
「パーティ名、聞いたわよ。——嵐の牙?」
「俺がつけたわけじゃない」
「知ってる。あんたのセンスなら、もっと意味不明な名前になってるでしょ」
否定できなかった。
エルナが籠からパンを一つ取り出した。焼きたてではないが、まだほんのり温かい。表面にはちみつが薄く塗られた、ねじりパンだ。
「出発、三日後なんでしょ」
「ああ」
「十日も帰ってこないの?」
「ダンジョンの規模次第だ。早ければ一週間——」
「長い」
エルナがぶっきらぼうに言い切った。
「……まあ、前の弁当の礼もまだ言ってなかった」
「礼なんかいらない。作りすぎただけだし」
また同じ言い訳だ。レンは頭を掻いた。
「出発の朝に、何か差し入れ——」
「しない。面倒だし」
「そうか」
「……たぶん、する」
声が小さくなった。エルナはパンをレンの手に押し付けると、くるりと背を向けた。
「怪我したら許さないから」
「許さないとどうなるんだ」
「パン焼いてあげない」
「それは困る」
「でしょ。だから無事に帰ってきなさい」
エルナの背中が遠ざかっていく。夕日が小麦色の髪を金に染めている。
レンはパンを一口かじった。はちみつの甘さと小麦の香りが、口の中に広がった。
——手で作ったものの温もり。AIには出力できない何かが、その温かさの中にあった。名前のつかない感覚が、胸のどこかに触れて消えた。
グレンの言葉が、ふと、頭をよぎった。
「鈍い男だ」
隣でイグニスが呟いた。
「何が」
「何もかもだ」
炎の球体が、呆れたように揺れた。
三日後——ダンジョン「深淵の迷宮」へ。
パーティ「嵐の牙」の最初の冒険が、始まる。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第24話「職業:AIエンジニア」。アーク3「ダンジョン・ランキング」の開幕です。
パーティ名を決める会議の紛糾は、書いていて一番笑った場面です。「チーム・デプロイ」「炎帝軍団」「マジカル・リサーチ・ラボ」——全員が自分の世界観で名前を考えるから、永遠にまとまらない。結局カイルが力業で「嵐の牙」を押し通す。民主主義の敗北ではなく、ネーミングセンスの異世界互換性の問題です。
レンが職業欄に「AIエンジニア」と書きかけるシーンも気に入っています。前世の肩書きをそのまま持ち込もうとして、カイルに「ここは前世じゃねえ!」と突っ込まれる。異世界転生ものの主人公って、どこかで前世の自分と折り合いをつけないといけない。レンの場合、それがまだ途中なんですよね。
エルナの「たぶん、する」が個人的にはこの話のベストワードです。差し入れを「しない。面倒だし」と言い切った直後の、声が小さくなる「たぶん、する」。レンがその意味に気づくのは、まだまだ先の話です。
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