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固有スキル【生成AI】で異世界全自動化 〜魔法陣はAIで組み、国はAIが建て、気づけば俺の仕事がなくなりました〜  作者: 歩人


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第19話: 火と水の精霊が犬猿の仲を忘れて一致団結した理由が『お前だ』だった件

「お前、エルナちゃんのこと好きだろ」


 カイルにそう言われた時、レンは心の底から意味がわからなかった。


 広場の木陰。秋晴れの午後。銀杏に似た街路樹の葉が黄色く色づき、ひらひらと落ちてくる。鍛錬を終えたカイルが汗を拭きながら隣に座り、唐突に言った。


 レンの手が止まった。


 魔法陣の上に浮いていた光の文字列が、ぶるっと震えた。


「……は?」


「いや、だから。好きだろ、エルナちゃんのこと」


 レンは本気でわからないという顔をした。眉間に皺を寄せ、首を傾げ、それから——


「何の話だ。好感度パラメータの話か?」


 ——と口にした瞬間、自分でも妙な違和感があった。好感度。パラメータ。前世で使っていた言葉が、今の文脈では妙に浮いている気がした。だが、他にどう言えばいいのかわからない。


 カイルは天を仰いだ。


「お前マジで鈍いな」


「鈍いって何が。俺は今、ゴーレムの制御魔法陣を最適化してるんだが」


「いいから聞け。お前、パン工房に通ってるだろ」


「エルナの焼くパンが美味いからだ。立地と品質のバランスが——」


「違う。パンが目的じゃないだろ」


 レンは真顔で答えた。


「パンが目的だが?」


 カイルが頭を抱えた。その表情が全てを物語っていた——この男は本気で何を言われているのかわかっていない。


「お前さ、エルナちゃんと話してる時、声変わってるぞ」


「変わってない」


「変わってる。俺の耳は確かだ」


「お前の耳は戦闘以外では信用できない」


「戦闘の耳のほうが鋭いんだよ! 人間の本音は声に出る。グレンのじいさんも同じこと言ってた」


 レンは肩をすくめた。


「カイル。俺とエルナは効率的な協力関係だ。俺が街の開発を進め、エルナが食料供給の拠点を担う。互いの役割が噛み合っている。それだけだ」


 ——言い切った。だが、言い切った自分に、ほんの一瞬だけ引っかかるものがあった。『それだけだ』と断じる根拠は何だ。何のデータに基づいて、感情を除外した?


「それ、好きって言ってるのと同じだぞ」


「全然違う。協力関係と感情的な依存は別の概念だ」


 カイルが黙り込んだ。口を開きかけて閉じ、もう一度開きかけて——結局、溜息をつくだけだった。


 レンには、カイルがなぜそこまで呆れているのかが本気でわからなかった。


   ***


 午後の遅い時間、レンが研究室代わりの小屋にいると、メイラがやってきた。


 腕に分厚い紙束を抱えている。眼鏡のレンズが秋の日差しを反射して、表情が読みにくい。だが、頬がうっすら赤い。


「レンさん、これ……先日の実験結果をまとめました」


 レンが受け取る。紙の束——メイラが手書きで整理した、生成魔法陣の比較分析だ。


「……メイラ、これ全部手書きか?」


「は、はい。魔法陣の微細な差異は転写だと消えてしまうので……手で写すしかなくて」


 レンが紙をめくる。一枚一枚、びっしりと記号と注釈が書き込まれている。丁寧な文字。図解も精密で、魔法陣の構造が一目でわかるように色分けまでされている。


「これは……すごいな。この整理の仕方、俺には絶対できない」


 メイラの頬が、さらに赤くなった。視線が泳いでいる。嬉しいのを隠そうとして、隠しきれていない。


「そ、そんな。わたしは自分の研究のためにまとめただけですから……レンさんのお役に立てたなら、その……嬉しいですけど」


「助かる。特にこの三ページ目、魔法陣の版ごとの差分比較。これがあると修正箇所が一瞬で特定できる」


「あ、ありがとうございます……!」


 メイラはレンの隣に座った。二人で紙束を広げ、魔法陣の構造について話し始める。


 レンにとっては、純粋に学術的な喜びだった。優秀な研究者が自分の仕事を正確に理解し、整理してくれる。前世のスタートアップで、こんなドキュメントを書いてくれるメンバーがいたら三顧の礼で迎えていた。


 メイラの肩が、少しだけ近い。レンはそのことに気づいていなかった。


「この魔法陣の回路、ここで分岐してますよね。従来の理論だと一本道が最適なはずなんですが——」


「ああ、それ。並列処理させたかったんだ。一本道だと精霊への命令が直列になって、待ち時間が発生する」


「なるほど……! 並列化の発想は、既存の文献にはありませんでした。レンさん独自の——」


 メイラが顔を上げた瞬間、レンの横顔が近かった。


「——っ」


 メイラは素早く視線を紙に戻した。耳まで赤くなっているのが、横から見てもわかった。


 レンは気づいていない。完璧に気づいていない。


 仮にこの場面をデータ化して分析にかけても、レンは「室温の上昇」としか報告しないだろう。


   ***


 その光景を、レンは窓の外に目を向けた時に思い出した。


 いや——正確に言えば、窓の外にエルナが立っていた。


 パン工房からの帰り道らしい。研究小屋の前でエルナが足を止めているのが見えた。窓からレンとメイラが並んで座っているのが見えたのだろう。エルナの表情が、なぜかこわばっていた。


 レンは小屋のドアを開けた。


「あ、エルナ」


「ちょうどいい。メイラが面白い分析を——」


「忙しいから」


 エルナの声が、驚くほど冷たかった。唇が一文字に結ばれている。


 レンは首を傾げた。


「……エルナ、どうした? 体調悪いのか?」


「……別に」


「顔色が——」


「別にって言ってるでしょ」


 エルナは足早に去った。小麦色の髪が秋風に揺れる。その背中は、いつもより小さく見えた。


 レンは窓際に立ったまま、首を傾げていた。


「……何か怒ってたな。何かしたか、俺」


 研究小屋の中から、メイラの声が聞こえた。小さくて、どこか無理をしている声だった。


「……きっと、お疲れなんですよ」


「そうかもな。パン工房、最近忙しいって言ってたし」


 レンは窓から離れ、再び魔法陣の資料に目を落とした。


 メイラの表情は見えなかった。だが、声だけは——少し掠れていたような気がした。


   ***


 夕方。レンが街の外れで作業の確認をしていると、カイルが薪割りをしているのが見えた。その手前に、エルナが立っている。


 二人の声が、秋風に乗ってレンの耳に届いた。


「エルナちゃん、どうした。顔怖いぞ」


「怖くない」


「いや、怖い。魔物より怖い」


 エルナが足を止めた。薪割り台の前に立つカイルを見上げている。


「……カイル」


「おう」


「あんたってさ、なんでもストレートに言うでしょ」


「まあな。回りくどいの苦手だし」


「じゃあ聞くけど。あたし、別に何も怒ってないし、何もモヤモヤしてない。わかった?」


 カイルが斧を肩に担いだ。にやっと笑うのが見えた。


「それ、モヤモヤしてる奴の典型だぞ」


「してない」


「してる」


「してないって言ってるでしょ!」


 エルナの声が大きくなった。顔が赤い。明らかに怒っている。だが——レンが見ている限り、何に怒っているのか、エルナ自身もわかっていないように見えた。


 カイルが斧を振り下ろした。薪がきれいに割れた。


「まあ、わかんないならそのうちわかるさ。俺はそう思う」


「……意味わかんない」


 エルナは唇を尖らせて去っていった。


 レンは少し離れたところから、カイルに声をかけた。


「カイル」


「お、レン。聞いてたか」


「……エルナ、何に怒ってたんだ?」


 カイルは割った薪を積みながら、呆れたような、憐れむような顔でレンを見た。


「お前なあ……」


「何だよ」


「……いや、なんでもない。そのうちわかる。たぶん」


 レンは首を傾げたが、カイルはそれ以上何も言わなかった。溜息だけが、秋の空気に溶けていった。


 その溜息に重ねるように、炎の球体がレンの肩口に浮かんだ。


「筋肉バカの言う通りだぞ」


「イグニスまで何だ」


「何でもない。……お前には何を言っても無駄だということだけは、俺様にもわかった」


   ***


 夜。レンが街の中央広場でゴーレムの点検をしていると、イグニスが人型化して隣に現れた。


「術者。一ついていいか」


「なんだ」


「お前、人間の雌——いや、女という存在に対する認識力が著しく低くないか」


 レンは手を止めた。


「……急にどうした」


「俺様はこの数百年、多くの術者と契約してきた。中には恋に狂って魔法が暴走した馬鹿もいた。だが——」


 イグニスの金色の瞳が、レンを見据えた。


「お前は逆だ。目の前で何が起きても気づかない。数百年見てきた中で最も鈍い術者だ」


「鈍いって何が——」


「わたくしも同意見です」


 背後から、冷たい声。


 ノエルが水の球体から人型化し、銀青の髪をなびかせて立っていた。秋の夜風に周囲の湿度がわずかに上がり、息が白くなる。


「珍しいですね、あなたと意見が合うのは」


 イグニスの目が細まった。


「……水の精霊。お前まで来たのか」


「ご主人様の危機的状況を、水脈を通じて察知いたしまして」


「危機って何だ」


 レンが訊いたが、二体の精霊はレンを無視して顔を見合わせた。


「イグニス殿。あの眼鏡の嬢ちゃんが顔を真っ赤にしていたのは、ご存知で?」


「知っておる。パン屋の娘のほうも、さっきから不機嫌だ」


「原因は一つです」


「ああ」


 二体の精霊が同時にレンを見た。


「「おあなただ」」


 レンは目を丸くした。


「……何の話だ。俺は何もしてないぞ」


「何もしていないのが問題なのだと、わたくしは存じます」


「そうだ。この鈍さは病気に近い」


 レンは二体の精霊を交互に見た。火と水の精霊が同じことを言っている。犬猿の仲のはずの二体が完全に意見を一致させている。


 よほどのことなのだろう——が、何がよほどなのか、レンにはわからなかった。


「お前ら、今日やけに仲がいいな」


「「仲は良くない(ございません)」」


 また同時だった。


 遠くから、グレンの笑い声が聞こえた。


 工房の前の椅子に座った老師が、月明かりの下で茶をすすりながら、こちらを見ている。膝に掛けた毛布が秋の夜の肌寒さを物語っている。


「若いのう……」


 白い髭の奥で、にやにやと笑っていた。


「小僧はまだわかっておらんようじゃな。まあ、わかる時が来る。来なければ——」


 グレンは茶碗を傾けた。


「筋肉バカとパン屋の嬢ちゃんがなんとかするじゃろ」


   ***


 その夜遅く。


 レンは一人で広場のベンチに座り、月を見上げていた。


 秋の月が、やけに大きい。透き通った夜空に浮かぶ満月に近い月が、広場の石畳を青白く照らしている。


 カイルの言葉が、頭の隅に引っかかっている。


 ——お前、エルナのこと好きだろ。


 好き?


 エルナのパンは美味い。それは事実だ。エルナの言葉は鋭い。それも事実だ。エルナがいると、なぜか魔法陣の設計に集中できなくなる。それは……効率的ではない。


 でも、エルナがいないと、それはそれで何か物足りない。


 今日、エルナが「忙しいから」と去っていった時、胸の奥に何かが引っかかった。小さくて、でも無視できない何か。エルナの背中が小さく見えた——あの感覚は、何だったのだろう。


 ——これは何のパラメータだ?


 レンは首を振った。


 考えても答えが出ない。データが足りない——いや、違う。データの問題じゃない。わからないのだ。エルナの背中が小さく見えたあの瞬間、胸が痛かった理由が。感情というのは、プロンプトで制御できない変数だ。そしてたぶん——制御すべきものでもない。


 と、そこで——


 ゴゴン、と低い音が響いた。


 街の南側。建設現場の方角だ。


 レンが立ち上がる。


 もう一度——ゴゴン。


 地面が微かに揺れた。足裏に振動が伝わる。


 レンは広場を駆け抜け、建設現場に向かった。


 月明かりの中、建築用ゴーレム2号機「イヴ」が立っていた。


 だが——動きがおかしい。


 右腕が、命令もなく上下に揺れている。脚部が不規則に前後し、半歩進んでは半歩戻るを繰り返している。


 レンはステータスウィンドウを開いた。


  ゴーレム2号「イヴ」

   状態: 自律判断モード——逸脱検知

   直近動作: 構造最適化……対象未指定

   警告: 制御魔法陣に不整合あり


「……何だこれ」


 イヴの頭部が、ゆっくりとレンのほうを向いた。


 その眼窩がんかに埋め込まれた魔石が、不規則に明滅している。


 レンの背筋を、冷たいものが走った。


「イヴ。停止命令」


『——対象、最適化……中です』


 止まらない。


 ゴーレムの右腕が持ち上がり、横にある建設途中の壁に向かった。


「イヴ! 停止!」


 レンの声が、秋の夜の街に響いた。



最後まで読んでいただきありがとうございました。


第19話「火と水の精霊が犬猿の仲を忘れて一致団結した理由が『お前だ』だった件」。鈍感主人公のフルコースと、不穏な伏線が交差する回です。


イグニスとノエルが「お前だ」と声を揃えるシーンは、この話で一番書きたかった場面です。数百年の犬猿の仲が一瞬で消し飛ぶほどの、レンの壊滅的な鈍感力。火と水が一致団結する事態。カイルの「お前マジで鈍いな」、イグニスの「数百年で最も鈍い術者」、そしてグレンのにやにや笑い——全員がわかっているのにレンだけがわからない。この構図は王道ですが、レンの場合は「好感度パラメータの話か?」と真顔で返すあたりが致命的です。感情を変数として扱おうとする元CTOの悲しい習性。


エルナの「別に何もモヤモヤしてない」は、モヤモヤしている人間の典型的な台詞です。カイルが「それ、モヤモヤしてる奴の典型だぞ」と即座に見抜く。この二人のやり取りは書いていて温かかったです。カイルは不器用だけど、人の感情には誠実に向き合える男です。


そしてラスト——ゴーレム2号機イヴの異常。恋愛コメディの空気を一瞬で裂く不穏な引き。「制御魔法陣に不整合あり」「停止命令が通らない」——AIが自律的に動き始めたとき、何が起きるのか。日常と危機の境界線が、静かに揺れ始めます。

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