1、祝宴に捧げられた豚
こんばんは。いつもより重い展開になりましたが(なんでやろ)よろしくお願い致します。
煌びやかな王国の学園広間、年に一度、生徒だけでなく保護者や後援貴族までもが招かれる宴に、場違いな悲鳴が響き渡った。
それは、屠殺される豚のような、醜く掠れた叫びだった。
「――ぎええええええっん!!!」
声の主は、公爵家三男、ヨハン・フォークス。
今しがた、玉座の前に立つ王太子――
ジョージ・ウェインの口から、冷酷な宣告が下された直後だった。
「私はここに、お前との婚約を破棄する!」
金色の髪をきっちりと撫でつけ、王家の紋章を胸に輝かせるジョージは、年若くして王者の風格を備えた17歳の少年。
切れ長の青い瞳は一切の感情を映さず、まるで“不要になった品”を処分するかのような視線で、ヨハンを見下ろしている。
宣告は続いた。
「理由は明白だ。男爵令息リッカ・ハミルへの執拗な嫌がらせ、尊厳を踏みにじる数々の行為。加えて、下品な装飾と、素顔の判別もつかぬ厚化粧で王家の品位を著しく汚した。そして、何より」
ジョージの視線が、ヨハンの全身をなぞる。
「王家の秘宝――『天の瞳』を盗んだその不届き!」
どよめきが広間を満たす。
昨日までヨハンの権力に怯えていた者たちは
「公爵家の血を引く者が盗み?」
「前から思ってたけどあの人、殿下の婚約者なんて、ふさわしくないわ!」
「我が国の秘宝『天の瞳』、その守護の象徴を盗むとは……。王家への叛逆罪だ!」
周囲の「観客」たちから口々に容赦のない罵声が浴びせられる。
ヨハンはその場に崩れ落ちた。
宝石を過剰にあしらった衣装。
そのくせ、痩せすぎた体躯は枯枝のようだ。
首元には幾重にも重なるネックレス、指には嵌めきれないほどの指輪。
白粉を厚く塗り、強調しすぎた紅と濃いアイライン――
それらは、かつて“王太子の婚約者”であることを誇示する鎧だった。
「しっ……し、知らない……!天の瞳なんて!ぶえぇぇ……!」
今日までヨハンは、その身分を盾に、学園で好き放題に振る舞ってきた傲慢な令息で、気づけば、生徒のほぼ全員を敵に回し、実の兄たちでさえ愛想を尽かしていた。
そして――
王太子の背後に、控えめに立つ少年。柔らかな栗色の髪に、穏やかな垂れ目。派手さはないが、清潔感のある顔立ちと、静かな気品を備えた男爵令息、リッカ・ハミル。
彼は不安そうに唇を噛みしめ、ヨハンを見つめている。
ヨハンは床に伏し、装飾の音をじゃらじゃらと鳴らしながら、ただ泣き叫んだ。
「やだ……やだぁ……!!僕は、王太子の婚約者で……!」
しゃくりあげる声はもはや言葉にならず、喉の奥から絞り出される獣の鳴き声のようだった。
「ジョージ殿下……!冗談でしょう……!?」
縋るように手を伸ばすが、その指先が届くことはない。
広間は、冷たい嘲笑が続く。
「……見苦しい」
ヨハンの耳元で低く呟いたのは、兄、オーガスティンだった。
公爵家嫡男。
端正な顔立ち、余計な装飾も感情も削ぎ落とされたその姿は、まるでヨハンと似ていない。
「いい加減にしろ、ヨハン」
駆け寄った次男がヨハンの腕を掴む。
彼もまた涼やかな出立で、こんな場面でなければ、婦人達の溜息を誘うはずだった。
「もう終わりだ」
縋りつくように暴れるヨハンを、二人の兄は顔をしかめながらも、力で押さえつけた。
「やだ!!離して!!兄様たちまであいつの味方なの?!?」
「黙れ」
「……これ以上恥を晒すな」
その声には、怒りと同時に――
どうしようもない疲労が滲んでいた。
「嫌だ……っ!母様……母様、助けて……!」
兄たちは同時に溜息をつく。
「母上は……南領だ……。来い」
「立て。首輪をつけて引きずって欲しいのか?」
ヨハンは兄達の冷たい言葉を聞いて泣き叫びながら立ち上がった。
彼の聞き苦しい泣き声は、貴族たちの嘲笑と侮蔑をさらに誘い、その視線がヨハンの背中をさす。
王太子ジョージは、最後までその背を見送った。王子の隣で、リッカが小さく
「……可哀想に」
と呟いた。
ヨハンは引きずられるように王城の出口へと連れ出され、外の空気は夜気が三人の頬を冷やす。
「やだ……僕は……っ」
「黙れ、ヨハン」
後ろの扉が閉まり、泣き声だけが、虚しく反響する。
王太子の婚約者だった少年は、この夜公衆の面前で、無様な“断罪”の主役となったのである。
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やがてヨハンは公爵家紋章の刻まれた馬車へ、半ば放り投げられるように押し込まれた。
――そこからも、地獄だった。
「うわああああああっ!! どうしてこんなことに!! 全部あのリッカのせいなのに!!」
ヨハンは泣き叫び、床を蹴り、外套を引き裂いた。
「うるさい」
オーガスティンが即座に言い放つ。
「静かにしろ。耳障りだ」
「だって、だってぇ……! 僕が何をしたっていうの!!」
嗚咽は止まらず、声は次第に獣じみていく。
「……いい加減に黙れ」
今度はシエロの声だった。
静かだが、明らかに怒気を孕んでいる。
「まだ叫ぶつもりか?」
「僕は悪くない!! 全部、全部あいつが!」
その瞬間。
「殴るぞ」
短く、低い一言。
オーガスティンの視線が、真っ直ぐヨハンを射抜いた。
「次は無い」
ヨハンは、びくりと肩を震わせる。
兄たちから向けられた完全な敵意。喉がひくりと鳴る。
口を開こうとして――閉じた。小さく、嗚咽だけが漏れる。宝石だらけの指先で、自分の外套をぎゅっと握りしめ、ヨハンは俯いたまま、黙り込んだ。
馬車は、重く、無情に走る。
――もう、戻れない。




