第11話 空を駆ける
キィイイイイイイイィイイイン――――。
飛ぶ。空を駆ける。
翼が空を灼き、流星の尾のような光が海面へ吸い込まれていく。
星は水面に降りて揺れ、
そのきらめきがまるで逃げゆく堕天使の軌跡を、
夜の海が照らし出しているかのようだった。
はぁ……。
今世は、イージーモードが確約された人生だと思ってた時期もありました。
でも実はどうやら、とんでもない鬱ゲーで死にゲーな人生だった件。
ちらりと後ろを振り返る。
まだかなり距離はある。
だが、確かにピンク色に明滅して光る、不気味な存在が見える。
そう、邪神。
「きゃあああぁぁぁぁ!!!」
視界に入れただけで、肌がぞわっと総毛立つ。
嫌悪が背骨の奥まで流れ込み、呼吸が止まった。
こっわっ!
貞操の危機ッ!純潔を散らしてたまるかァ!!
はぁい!私エリュシェル!
見つかりましたぁ!
ラスボスに追われてまぁす!
状況は超ピンチでぇす!
イッヤァア!!!
ワンチャン見逃してくれると思ったんですよぉ。
でも最高級の乙女な私は、さすがに逃してくれないみたいなんですぅ。
アルティメットなヤンデレ兼メンヘラ王子が、全力で追ってきてまぁす!
誰かたすけてぇ!!!
これだけ全速力で飛んでるのに、距離がじわじわ詰まってる。
そもそも神と堕天使だ。格が違いすぎる、力量差は歴然。
だけどこの絶望の中にも、救いがあった。
あの体中が絶叫する凶悪な圧を発動してこない。
発動されたら、とっくに詰んでた。
抵抗も許されず、引き寄せられて、終わり。
今こうして逃げられてるのは……遊ばれてるだけだろう、玩具のように。
最悪だが、それでも幸運だと思おう。
そして、もうひとつ。
かすかな――希望がある。
だからこそ、逃げる覚悟をしたんだ。
俺は、聖母も自分自身も、単なる身代わりの生贄にされたのだと疑っている。
でも、それだけではなくて……生贄の役割だけではなくて。
真に、あのバケモノを滅ぼすための役目を与えられているのならば?
もし本当に、“勇者”として加護が与えられ、生まれてきていたのだとしたら?
……なあ?
「どうせ視てるんだろ、女神ッ!さっさと力を貸せッ!!」
《…………………いいでしょう》
ふわりと光が滲み出すように、声が、頭の奥へ直接響いた。
銀の鈴のような、澄んだ、美しい声が。
まだ、終わりじゃない。




