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第18話 わたしはあなたのヒーロー

「……ったく。こんなところで寝ると体を壊すぞ」


 カサネは結局机に突っ伏して眠ってしまった。その目がパチリと開く。彼女の口から出た言葉は、声音こそカサネと同じものだったが、話し方がまるで違う。

 ルイはカサネが眠っている時であれば、その体を動かすことができる。カサネも知らないことだ。

 起き上がったルイは伸びをして、固くなったカサネの体をほぐす。ずきずきと痛みを訴える体に、ルイは不快感を隠さない。


「全員、殺すか……?」


 カサネをいじめるクラスメイト。無関心な両親。極めつけはカサネを犯したクズ。


 ルイはカサネが切り分けた、負の感情が集まって生まれた存在だ。カサネ自身はルイのことをイマジナリーフレンドの1種だと思っているが、違う。カサネがおまじないだと思っているそれは、魔法であり、ルイはその魔法の結果で生まれた、明確な自我のある存在だ。


 その由来ゆえに、ルイは他者、つまり人間そのものに対する憎悪に溢れている。憎悪と嫌悪と殺意に満ちている。

「ダメ、だな」


 しかし、ルイはその憎悪を振りまくことはしない。

「カサネが困る、からな」

 ルイもまたカサネの一部である。それは自己愛というべきものか。あるいはルイを別の人格として見るならば姉妹愛のようなものか。


 カサネを守る。その思いはルイにとって人間に対する無尽蔵の殺意よりもはるかに重い。


 とはいえ、ルイは逡巡していた。

「いやでも、今日のはダメだ。絶対にダメだ。もしこれが続けば、カサネは壊れちまう。心は俺が守れるけど、体は守れないんだ」


 あるいは心を切り分ける前に、限界が来てしまう可能性も。

 事実、今日のカサネの精神状況は崩壊寸前だった。そんなカサネをギリギリでつなぎとめていたのは「ハナさん」だ。


 今カサネはハナを心のよりどころにしている。もしハナがいなくなれば、カサネは今度こそ致命的に壊れてしまうかもしれない。

 カサネは気づいていないが、ハナはルイのようにカサネのそばにずっといてくれるわけではないのだ。明日にだっていなくなってしまうかもしれないのだ。


 ハナに事情を打ち明けてしまうことも考えた。だがどう転ぶか分からない。ハナはよくてもその後ろの機関とかいう組織がカサネをどう扱うか分からない。


「……ならやっぱり。壊される前に、壊すやつを消してしまえばいいんだ」


 あっけないほど簡単に、ルイはいじめっ子や例のクズの殺害を決めた。ルイは計画を組み立てる。まず学校に行き、住所を手に入れる。それから夜のうちにそれぞれの家に忍び込んで、ばれないように殺す。

 短絡的で、実現性の低い計画。ルイの頬は、愉快そうに吊り上がっていた。カサネであれば、決してしない表情。

 ルイのカサネへの愛情は深い。だが同時にルイの人間への憎悪の念も深い。


 時間は深夜。体を休める時間も取りたい。急がねば。音を立てないように自室の扉を開け、足音を殺して移動する。その動きは猿のように柔軟で、俊敏だ。ルイはカサネの魔法によって生まれた存在。だから魔力を使って体を強化する術も本能で理解していた。


 玄関で靴を履き替え、外に出る。扉を閉めたところで、



「やあ、いい夜だね。ルイくん」



 街灯の明かりも少ない真っ暗闇の中、白衣を着た少女が、声をかけてきた。


 *


 ルイは混乱の中にいた。なぜこの少女はカサネの家の前にいる? こんな時間になぜ? ルイが何をしようとしているのか知っているのか? いや、そんなことよりも。


「……なんで、俺の名前を知ってんだ?」


 ルイの存在を知る者は、カサネの他にはハナしかいない。ハナが話したのか? だがハナにすら、カサネはルイのことをくわしく伝えていない。そもそもカサネですら、ルイの性質を全て理解しているわけではないのだ。


 ルイがカサネの体を使えることは、ルイしか知らない。


「そういう魔法だよ、ルイくん。ボクは博士という。この名が示す通り、人よりほんのちょっと、物知りなんだ。……立ち話もなんだ。少し歩かないかい?」

 考える。少女の誘いに乗るべきか、あるいは殺すか。いじめっこたちを一秒でも早く殺したい。だが、目の前の博士と名乗った少女はあまりにも得体がしれなくて、不気味すぎた。



「……分かった」

「感謝するよ」


 博士は白衣のポケットから懐中電灯を取り出した。パチリ、スイッチを押すと夜道が明るく照らされる。強力なライトのようで、行き先がはっきり見えた。

「まず、カサネくんをいじめる子らを殺すのはやめた方がいい」


 静まり返った住宅街を、博士を先頭に二人で歩く。歩き始めてすぐ、博士はルイの心を読んだかのようなことを言った。ついさっきルイが立てた、ルイしか知らないはずの計画。それを博士はルイの顔も見ずに語る。


「日本の警察を舐めない方がいいよ。それに魔法が使われた痕跡が残ると、聖女機関も出てくる。ほぼ確実に君の犯行は明るみになり、カサネくんが捕まる。身に覚えのない、けれど確かに自分の体が行った犯行だ。魔法がからんだとなると、死ぬまでまともな生活を送れなくなると思っていい」


「あんた」


「それでももし、どうしても殺したいと思うのなら、ボクとしては誰かの体を借りて行うことをお勧めするよ。これなら、カサネくんの犯行にはならないからね」


 なんで知っている。言いかけて、博士はさらにルイに情報を流し込む。


「おい待てよ。体を借りるってどういうことだ」


「君はカサネくんの“分割”の魔法の副産物として生まれた存在だ。で、魔法の大本である魔法因子には、持ち主の人格や記憶を転写できる性質がある。君は君自身の魔法に自分の人格と記憶を写し取って、適当な誰かに魔法因子を押し付けてやればいい。魔法因子の押し付け。機関では“継承”と呼ぶんだが、送り手の意思があれば実は簡単にできるんだよ。乗っ取りも簡単にできると思う。ちなみに乗っ取る相手は魔力をもつ人間がいいよ。魔力を持たない人間にいきなり魔法因子を入れると、死んじゃうことがあるからね。そうなれば、君自身が死んでしまう」


「待てって」


「ん? なんだ。もしかして君は自分の魔法に気がついていないのかい? ルイ君、君はカサネ君の感情の、偏った側面から生まれた存在だ。ならば、もってるはずなんだよ。“反転”した魔法。カサネくんの“分割”の魔法と性質が対になる魔法だ。君自身は知らないことだろうが、君という存在は非常に素晴らしく、価値のある存在なんだよ。灰村カサネという存在は実に興味深い。一つの体に生まれながらに二つの人格。そのうえで二つの魔法の両立まで行えてしまっている。ボクも長年生きてきたが、こんなケースは見たことが……」


「いい加減話すのをやめろ!」


 博士の懐中電灯のみが照らす、真っ暗で変化のない道。不自由な視界で認識できるのは博士の口から滝のようにこぼれる情報だ。それは毒のようにルイの頭を侵食する。

 ピタリと、博士が語るのをやめる。歩みを止め、ルイの方に向き直った。


「深夜に大声を出すのは、近所迷惑だ」

「お前の言葉の方が迷惑だ。あんたは何者で、何が目的だよ」

 博士は近くの電柱に体を預け、懐中電灯の明かりを切った。人工的な薄暗い光が緑色の長髪を照らす。


 薄暗く輝く髪色は、人ならざる不気味な何かに見えた。

「ボクは博士だ。聖女機関の聖女。魔法は……そうだな。いろんなことを知れる魔法とだけ言っていこう。そして目的だが」

 博士は魅了するようにルイに微笑みを浮かべ、手を差し出す。


「ルイ君、君の助けになりたいんだよ。たった一人の妹を救いたいと願う、君の心に感動したんだ」

「嘘くせえ」


 手は取らない。博士の言葉を一蹴する。誰であっても、博士の言葉を信じるものはいないだろう。それほど、博士の態度は作り物臭く、胡散臭かった。

 博士はルイの態度に、へこむ様子は一切見せない。


 まるで、こうなることは最初から知っていたかのように。


「……カサネくんを救いたいと思うのならば、カサネくん自身が成長しなければいけない。これはカサネくんが敬愛するハナくんも言っていたことだろう」

 博士は差し出した手をおろす。懐中電灯の明かりをつけ、ルイの方を照らした。

 突然の光に、目がくらむ。


「まぶっ」

「その成長の方法を一つ、君に教えよう。ハナくんにはできない、君にしかできない方法だ。それは――」



 博士はその方法を、ルイに伝えた。



「ボクの要件はそれだけさ。じゃあねルイくん。夜道には気を付けるんだよ」

 夜の闇の中に消えるように、博士は去っていった。あとには呆然と立ち尽くすルイが一人、残されていた。


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