第19話 喜び
「アヤノ、今日は一日出かけてくるから」
「ん、そうか……ん!?」
今日は日曜日、カサネと遊びに行く約束をした日だ。朝8時、食後のコーヒーを飲みながら本を読んでいたアヤノが顔を上げ、あたしの服装を見て固まった。
遊びに行くのだから、当然身に着けている制服ではなく、私服だ。ゆったりとしたジーンズをはいて、Tシャツの上にシンプルなコーチジャケットを羽織っている。滅多に着ない外行きの服装である。
「どうかした?」
「あ、あーいや、なんでもない」
アヤノは目を泳がせて、また本に視線を戻した。……コーヒーカップをもつ手が滑って、コーヒーがこぼれた。変な誤解をさせたかな? 別に特別おしゃれをしているわけではないはずだけど。かわいいより、かっこいいよりだし。
「夕飯も食べてくるつもりだから、行ってきます」
「い、いってらっしゃい」
いい加減、アヤノにもカサネのことを話さないといけないな。そんなことを思っていると、扉を閉める直前、
「まさか、ハナに男が……?」
というアヤノのつぶやきが聞こえた。
やっぱり変な誤解をさせてしまっていたっぽい。
*
普段は車で向かうところを、今日は電車でカサネとの待ち合わせの場所に向かう。車の方が移動に自由がきくから好きだけど、今日は100パーセント遊び、本来あたしの年齢では車は運転できないのだ。
ちなみに普段カサネと会うときは、パトロールの名目で車を使っている。
別に、プライベートで車を使うことは禁止されていないけど、中学生っぽさを味わいたいというカサネのオーダーで、今日の移動は電車を使うことになった。
待ち合わせ場所はいつもの公園だ。行くと、すでにカサネの姿はあった。
ゆったりとした白のワンピース姿。シンプルな服装だけど、カサネによく似合っていた。カサネはベンチに腰掛け、ボーっとした顔でスマホをいじっている。カサネがスマホをもっているところを見るのは初めてだった。カサネと会うのはいつも放課後だったし、スマホは学校には持ってきていなかったから。
「カサネ!」
「……あ、ハナさん!」
声をかけると、カサネの顔がパッと華やぐ。スマホを小さいバッグにしまい、あたしのところに駆け寄ってくる。
「ごめん。待った?」
「いえ、今来たところです」
なんてベタな会話をしつつ、駅へ向かう。あたしは駅から来たから来た道を引き返す形だ。
正直、無駄が多いルートだとは思う。けれど、カサネにとってこの公園は、あたしと出会って、同じ時間を過ごした大事な場所。だからこそ、待ち合わせをここにしたかったらしい。
「すみません。わざわざこっちまで」
「いいよ、別に。今日はカサネが楽しい気分になってもらうための一日だから」
「……ありがとうございます」
照れたように頬を染め、うつむくカサネの口元は上がっている。
きついことがあっても、楽しいことで上書きしてほしい。それが今日の目的。
そして、あたしが任務に本格的に復帰することになったと伝えることも、目的の一つだ。
「まずは電車に乗って、隣の県に移動だね。駅前でごはん食べて楽しもうよ」
「はい!」
*
それからはカサネの夢をかなえる時間だった。
駅前のマックで軽く食事をすませたあたしたちは、近くにある大きなショッピングモールへと向かった。わざわざ県をまたいだのは、万が一にもカサネが同級生と出会わないためだ。
フードコートに入っているクレープ屋。メニューを見て二人顔を寄せ合って何を食べるか選ぶ。いちごがいい、いやバナナだ。生クリームたっぷりがいい、カロリーが、なんてくだらないことを言いながら注文する。
鼻先に生クリームがついたカサネに大笑いをしたら、カサネが頬を膨らませて怒ってしまった。でも、そのあとあたしも同じように鼻先に生クリームをつけて、結局二人で大笑いをした。
ショッピング。あたしはあんまりファッションに興味はない。ネットですませるか、安いファストファッションの店ですませることがほとんどだ。カサネも似たようなもの。そんな二人で、楽しめるのかと思っていたけれど、これがまた面白かった。
いつもなら絶対に着ないようなきわどい服を売ってる店で、試着会をした。あたしもカサネも絶望的に似合わなくて大笑い。買う気がないのがばれていたのか、店員からは冷たい視線をもらった。それも楽しかった。
結局、いつも着ているような服がいいよね、なんて言って、別の店で無難な感じの服を買う。
紙袋を持って回るのが夢だったのだと、カサネは言った。
そんなウィンドウショッピングの最中、あたしはキャンプ用品の店に興味が引かれた。キャピキャピキラキラしたものばっかり見ていたから、アウトドア用の武骨なデザインが心やすらかにした。
サバイバル用のナイフを探していたら、カサネに呆れられてしまった。
「次はキッチン用品を見に行こう!」
て言ったら、
「包丁を探すつもりですよね!」
とツッコミを入れられてしまった。
カラオケ。薄暗い部屋に二人入る。実はあたしは、カラオケは初めてだった。カサネも当然同じ。慣れない操作パネルをたどたどしく使って曲を入れる。
始めは恥ずかしくて声を出せなかったけど、30分もすれば、大声で歌うようになった。最後には、カサネとラブソングをデュエットで歌った。
カサネの方が、あたしより歌の点数がいいのが気に入らなかったけど。
……あたしは自分が音痴であることを初めて知った。
カサネは、美声だった。
「――それ、気になるの?」
カラオケから出る頃には、夕飯時だった。ごはんを食べられる階へ向かう途中、カサネはエスカレーター近くに出店のようにあった小さなアクセサリー屋に視線を奪われていた。
本物の宝石ではなく、イミテーションや天然石を使ったお店らしい。イヤリングやネックレス、ブレスレットなんかが置いてあった。店主らしいお姉さんは、あたしたちをちらりと見るだけ。接客にはあまり積極的じゃないらしい。
「あーはい、ちょっと気になって」
カサネが真剣に見ているのは、アメジストがあしらわれたブレスレットだった。落ち着いたデザインで、品がいい。
「いくらだろ」
カサネは何気なしに値札を見てみて、表情をこわばらせた。あたしも横から覗いてみる……けっこういいお値段がする。候補生としてそれなりにお給料をもらっているあたしなら楽に払えるけど、中学生のカサネにとっては手が届かない価格だろう。
他のを見ると、もっと安いのはいくつもあった。カサネもそれは理解しつつも、やっぱり最初のアメジストのブレスレットに心奪われている様子だった。他のものを手に取りつつ、目はブレスレットに向いている。
「なんでそれがいいの?」
気になって聞いてみる。
「この石の色なんですけど」
カサネはアメジストを指さした。
「ハナさんの瞳の色と一緒なんです」
あたしの瞳の色は紫色だ。それでよく見ると、アメジストをはじめとして、紫色の石を使ったアクセサリーはこれだけだった。
「ハナさんとこうして遊ぶの初めてだから、記念でほしくて……」
「そっか」
なら、お姉さんが人肌ぬごうじゃないか。
おごるよ。そう言いかけた時、ずっと黙っていた店長さんが口を開いた。
「あんた、聖女様かい?」
不愛想な一言。店長さんはあたしをじっと見ている。わずかに緊張が走る。魔力をもつ人間の髪や瞳の色が他の人と違うことは、彼女らをよく見る人間であればすぐ気づくことだ。あたしは髪の変色は茶色で目立たないけれど、瞳の色は特殊だ。
見る人が見れば、あたしが魔力をもっていることは誰でもわかる。
「候補生、ですけどね」
一瞬ごまかすことも考えたけど、正直に答えた。もし、候補生には売らないなんて言われたらどうしよう。
「この間ね、うちの近くで魔法災害があったんだ」
店長さんは、ふっと表情をやわらげた。
「カゲが出てヤバイって思ったんだけど、あんたらのおかげで、誰も死なずにすんだよ。ありがとうな」
「あ、えと……どういたしまして」
突然の感謝の言葉に、動揺してしまう。人死にに関わる仕事な以上、恨まれることも多い仕事だ。
「感謝のしるしに、あんたらにひとつずつ好きなのプレゼントしてやるよ」
「いいんですか?」
店長さんはコクリと頷く。
「それだけのことをしてるんだよ。あんたらは。それくらいのことはさせてくれよ」
胸がぐっと熱くなった。あたしはアメジストのブレスレットを取って、カサネに渡す。
「これがよかったんでしょ」
「ありがとうございます。あの、ハナさんの分は、カサネが選んでもいいですか?」
「もちろん」
カサネはさっきよりも真剣な表情でアクセサリーを選び始めた。手に取ったのはカサネのものと同じデザインのブレスレット。ただし、アメジストの代わりに、クオーツがあしらわれていた。そのクオーツは内側に針のようなものがたくさん入っている。
名前はシルバールチルクオーツ、というらしい。
「お揃い、みたいな……いいですか?」
「もちろん」
「つけてくかい?」
店主さんの言葉に二人で頷く。
カサネは右手に、あたしは左手に。お揃いのブレスレットをつけたカサネは心底幸せそうに笑っていた。
「カサネ、シンデレラのお話が好きなんです」
お揃いのブレスレットを買ったあたしたちは、ショッピングモールを出て、近くのファミレスに入っていた。それぞれ注文をして届くのを待つ間のことだ。
アメジストのブレスレットを眺めながらカサネが言った。
「シンデレラ?」
「はい。外国の童話は大体好きなんですけどね。グリム童話とか、イソップ童話とか……あの頃は、お父さんもお母さんもカサネのことを、まだちゃんと見てくれていたから」
「そうなんだ」
どうしてこの話を今しようと思ったんだろう。カサネはあたしに話しているようで、独り言を言っているようにも見えた。
「シンデレラのお話では、主人公の女の子は継母や姉たちにいじめられます。虐げられて、いっつも灰をかぶっているような姿です。だから灰かぶりと呼ばれる。ある日、母親といじわるな姉たちはお城の舞踏会に行く。当然、女の子は行けません。彼女の身なりは貧相で、お城に行くためのドレスも、靴も、ありませんでしたから」
カサネが語るのは、あたしも聞いたことのあるシンデレラのお話だ。きっと日本人でこの話の筋を知らない人はほとんどいない。
「そんな女の子の元に、魔法使いが現れます。彼女は期限付きの魔法をかけてくれて、ドレスと、かぼちゃの馬車と……ガラスの靴を与えてくれました。それで彼女は勇気をもらって、お城に行って、王子様に出会うんです。カサネは、思います。もし、お話の女の子が願わなかったら。お城に行かなかったら。ずっといじめられてきた女の子です。どれだけ期待に胸が膨らんでも、怖くて、当たり前なんじゃないでしょうか? 彼女が一歩を踏み出すのには、とても勇気が要ったんじゃないかなって」
ファミレスの中の明るい店内、日曜日の夕食時で客入りは多い。あちこちから人の声のざわめきが聞こえてくる。
そんな中で、カサネの小さなつぶやきのような声は、自然と耳の中に入ってくる。
「女の子は、舞踏会に来ていた誰よりも綺麗で、美しかった。それはきっと彼女が勇気を出したから。ドレスで着飾ったからじゃない、ガラスの靴を履いていたからじゃない。きっと、勇気が、一歩を踏み出す勇気が、彼女を輝かせたんですよ。だから、女の子は王子様に見初められた。そして、幸せになったんです。ハナさん、カサネは――」
すっと、カサネの視線があたしに向く。真剣で、けれど安心したような、不思議な表情。
「あの日、ハナさんがカサネを見つけて、助けてくれたあの日、すごく嬉しかったんです。だから、勇気を出せたんです。助けてくださいって言えたんです」
あぁ、そうか。カサネは、それを伝えたかったんだ。
「ありがとうございます。カサネを助けてくれて。あなたに、カサネは救われたんです」
そっとカサネは頭を下げる。
だったら、あたしも――




