96.日常
日常が戻った。いや、別に、リドクリフ様がいなかったから非日常だったわけではない。エミリアお姉様がいたから非日常だったわけでもない。ただ、私の穏やかな落ち着いた時間は、このエステマリア邸にリドクリフ様がいることではあるので、日常が戻ったは随分としっくりとくる言葉ではないのだろうか。
変わることの無い、変わらない、なにも色褪せない、ただの日常。これが当たり前で、これが幸せというのだろう。
ルーナに朝の身支度を手伝ってもらいながら、とこか浮き足立った気分でいた。季節はこれからどんどんと寒くなってくる時期だ。それでも、北の領地よりは幾分かマシなのは、この地域は海風も含めて温暖寄りなので雪が降ることは無い。流石に暖炉はあったりはするが、やっとこの時期くらいから付けじめると言った具合に、日本で言うと九州あたりの気候だろう。沖縄ほどに年中温かいとかもないので、やはり鹿児島とかそこら辺の気温感はある。
だからこそ過ごしやすい。服も厚着する必要も無い。恐らく、王都で過ごすよりは断然に過ごしやすいやろう。程よい田舎で人もごちゃごちゃしていないのもまたいい点である。
一応、ここ半年で随分と人口は増えたとは思うが、それでもたかが知れている。陸からは各領地への流通し、海からは貿易があるからこそ発展途上のこの領地をプラスにして来る人も増えたのだ。きっとこれからも人が増えるだろうと、区画整備にも手をつけている。冬の間が動き時だ。夏は暑くて土木業の人たちは大変そうだった。温室を作ってた時にお願いしていた面、健康面で随分と気を配ったのも記憶に新しい。
だからこそこの冬に着工できるものも多いのだ。冬場は海が荒れるので、漁師は留まることも多い。その間の臨時収入で力仕事もお願いしている。もちろん、領がお金を出している。だからなのか、公的事業が領民に人気である。
編み込まれた1本結びの三つ編みが後ろで尻尾のように揺れる。すっかりと長くなった髪の毛は、ツヤを持って腰の辺りで跳ねる。
平民で暮らしていた時も別段貧乏ではなかった。むしろ、私が居るということで少し多めに貰っていたのかもしれない。あの家でひもじい気持ちをしたことがない。虐待もされず、むしろ兄妹平等に褒められたし平等に怒られた。理不尽な暴力もなければ、理不尽な罵詈雑言なんてなかった。
だから最初は親の話を聞いて、気分が暗くもなったものだ。育ててくれた親は、元々乳母だったことも聞いた。彼女が、リドクリフ様が私に手をかけようとした時に止めてくれたのも実は聞いている。
「子どもには罪はありません!産まれたばかりのこの子が何をしたというのですか!!この子を殺すというのであれば、私ごとお斬りください!!」
生まれてまもない私を抱きしめて、乳母は強く言ったそうだ。あの時、彼女はいったい何を思ったのだろうか。
平和だった邸内。それと対比して、外では税金も払えずに餓死をする人たちも多かったと聞く。幼い子どもから亡くなることも少なくなく、私の世代は実は子どもは多くないとも聞いた。孤児院に行った時に、孤児が思ってたより多かったのはそれくらいに大人が死んだからだろう。見えていない部分ではもっと貧相な生活をしてる人も多いとシスターが言っていた。それでも今はまだマシになったのだとも私に感謝してくれたが、それは私の親がしたことの尻拭いをしたに過ぎないので、感動的に感謝されてしまうと、なんとも返答しがたく素直に喜べない。
邸にいるからこそ見えない外の景色はきっと地獄絵図で、乳母はその事を知っていたというのに、私を庇った。しかも、王族に楯突いてまで。
今私が生きているのは、そんな母からの強く逞しい希望によるものだ。
身支度がある程度整ったあたりだった。扉を軽くノックする音が響いた。
「どうぞ」
それに返事をすれば、ゆっくりと扉が開かれる。えリシアが中に入ってくればゆっくりと腰を曲げた。
「お嬢様、お客様が到着されました」
丁寧な言葉で落とした言葉に私はぱっと表情を明るくすると、ルーナを振り返って頷いた。
「これから向かうわ」
その応えに、エリシアは静かに頷くと、部屋を出る。私はその後ろについて行って自室を後にした。優しい日差しに彩られた長い廊下を歩きながらここに来てから季節が3つ通り好ぎた。私がここに来たのは、5歳になった日だった。そうして季節がぐるっと巡った。12月も半ば。これからどんどんと冷えていく。雪は降らなくても、気温は下がってく一方だ。それだというのに廊下は日の日差しで温かくて心地がいい。
使用人たちは見当たらない。それでも、外からは洗濯メイドの楽しそうな声がする。庭師たちの庭を整えるハサミの音。心地の良いBGMを耳にしながら、生活してる別館から本館へと続く渡り廊下を歩いていれば、その向こうにはリドクリフ様。
普段着では無いためか、少しだけ装いが整っている。
「お待たせいたしました、リドクリフ様」
私がそんな彼に声をかけると優しい笑みが返された。
隣には、これまたいつも通り背筋を伸ばしたハルシュタイン氏が並んでいる。この2人が並ぶ姿を視界に入れると、安心した。
「待っていないよ。私も今来たところだからね」
そう言って2つの手のひらが私に伸ばされると、両脇を抱えて抱き上げられる。床から足が浮く感覚はもう慣れた。彼はことある事に私を抱き抱えて仕方ないらしく、彼との行動時はいつもこうなのだから。私も、それに安心しきってしまっているし、彼の温もりが近くなるとその匂いに安堵する。
「それでは行こうか。君の父と母と兄が待ってくれているよ」
そう言って、私を抱き上げたまま、廊下を進んだ。
96.で1度幼年期は終わらせたいと思います。本当は100で締めたかったのですが、見通しの悪さでここで区切りです。97.からおまけを考えております。
ここまで長らくご愛読ありがとうございました。
ブクマ、評価、毎回のリアクション。とても嬉しいです。話に一区切りつけることが出来たのもひとえに読んでくださる皆様がいたからです。引き続きのんびりと更新はしますが、話しをまとめる為にまた間が開く予定となります。次の新しい話を再開するまで暫くお待ちください。
また、毛色が全然異なりますが別話も作成しております。気になりましたらこちらもお願いします
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