97.おまけh01
時間稼ぎと頁数稼ぎです。ここからは少しためていたものを挟ませていただきます。
広い部屋に遮光カーテンがしっかりと閉じられている。まだお天道様が顔を覗かせている時間帯というのに、部屋の中はしっかりと暗い。室内灯が灯っているがそれもどこか心許ない。
それは、ハンネの体質を鑑みた幼い雇い主のお陰であろう。今となっては、そこまで幼くはなくなった。あと数年で15歳となるような少女は、出会った当初はハンネの膝くらいの高さの身長だった気がする。それが今では、脇腹あたりまで成長していた。
艶やかなあのバターブロンドは変わらず豊かな髪を蓄えて、すべての光を反射させて波打ち、灰色の薄いくりっとした瞳は見つめる者を魅了する。10歳となった少女は、様々な功績によって領を繁栄させていた。
ハンネはその少女に魔法学を教えている。特別大掛かりな魔法はいらないと授業の最初に告げられて、生活魔法とそれに準ずる諸々くらいでいいよとあどけなく笑ってのけた。そこからどう転がってあんな使い方になるのか皆目見当もつかないが、今では魔力を通すことで発動する道具などの開発を提案されていた。
奇想天外。まさしくそんな言葉が似あう少女は、いつも、口癖で「私は何も取り得もなくて、私の意見を聞いて取り組んでくれる皆がすごいんだよ」と笑うのだ。そうして、取り組んでくれる皆にハンネが入っている。
それと、もうひとり――
「ハンネ。お前、昨日、化粧水切れたって言っていただろう」
無断で扉を開けて堂々と入ってくる女性。
見事な赤髪はくせ毛で、伸びた分を雑にまとめている。白い肌に浮き出るそばかすがまた可愛らしいとさえ思う。目つきが悪いことを気にして、昔は前髪で目元を隠していた。そんなことを思い出すくらいには、ハンネと彼女、――ハンゼンは近しい仲で、昔からの知り合いで、元婚約者だった。
幼い頃は、スカートもドレスも履いていたし着ていたというのに、いつごろから身につけなくなったのだろうか。
魔法に興味を持てなくて、ハンネがいるから覚える必要がないと言って貴族学校にも行っていない代わりに、のめりこむように薬の研究をしていたのはハンネの為だった。常に長袖の服を着用している彼女の皮膚は、ハンネのために試薬試験をしてただれている。15歳にして薬師試験に合格をするくらいには頭がいいハンゼン。
ハンネはハンゼンの服の下のことを知っている。そのことを知っているから、製薬はやめろと言ったのだが、ハンゼンは聞かなかった。
彼女の両親は外交官になってほしいと期待していたが、結局は違う道を歩んだ彼女を見て完全にいない者として扱った。唯一彼女を家族として扱っていたのは兄のタートイルくらいだろう。
それを間近で見てきた。大切にしたいと思っていたのだ。
好きなのだ。
誰よりも大切なのだ。
ハンネの白い髪の毛を見ても、薄いピンク色の瞳を見ても。日に当たるだけで焼ける肌を見ても、ずっと寄り添ってくれた彼女を心から愛している。
そう思っているのだが、うまく伝わらない。
今も思っている。婚約を解消した時はこんなにあっさりと切れるものだと思った。それからは、お互い王城に勤めているというのに、顔を合わせることもなかった。それを引き合わせたのは、幼い雇い主である。
じっと、彼女の顔を見つめて、ずっと口を開かないハンネに痺れをきらしたのはハンゼンだった。
「あんだよ、固まってんなよなぁ」
覗く八重歯も可愛い。目つきは悪いが、少し小ぶりな唇なのにぷっくりとしているところも、肌が白いところも女性としては魅力的なところだ。
思っているよりもまつ毛は長くて、思った以上に頬は柔らか。婚約者同士だったというのに、なかなか触れ合うことも少なかった。いや、婚約者同士という立場だがらこそ、触れ合うのが少なかったのかもしれない。
彼女がハンネのために作成していた薬は、薄めて化粧水という名で売られた。国内外問わずに人気を博し、今ではそれを作る工場がある。そして、その売上の大半をハンゼンに渡したのだ。
瓶に詰まってる透明のその液体は、傍から見るとただの水だ。開発当初、これは水だと言っていたやつが、飲んでもがき苦しんだと聞いている。その後、それは悪い方に噂をしていたが、ハンネの肌の調子が良いという噂とともに、肌の調子を上げるものだと広がった。
そこからだ、常時爆発的な売上を見せているのは。最近は、リゾート地化しているライラックの浜辺側でもお土産として手軽な値段で購入できる。貴族に出しているものよりも、品質は少し落ちるがそれでも民間の手に渡るように手配した幼い雇い主の手腕を伺えた。
そんなことを思い出しながら、差し出された瓶に手を伸ばす。
5年だ。
ハンネもハンゼンもここに来て5年。
あの幼い雇い主に振り回され続けて5年。
この27年の間の中でもっとも目まぐるしい5年間だ。ハンネはそろそろ、言ってもいいのではないか。
こうやって化粧水という品物で、成功を収めた彼女に。もう、製薬をやめろと言う必要もなくなった。彼女が取り扱うのは相変わらず毒の部類だが、それは一重に薬にもなるからだとも理解した。
会えば口喧嘩もしなくなった。
相変わらずお互いがお互いに投げる言葉はぶっきらぼうで、とても上位貴族の出だとは思えないようなものだが、その応酬ですら心地いいのだ。
「ハンゼン」
手に持った瓶はひんやりとしていて、心地良い。
「私たち付き合わないか」
真っ暗な部屋で告げられた言葉は、酷く静かに響いては部屋の中に吸収されていった。




