58.さようなら王都
――思っていたよりも長く滞在してしまったなぁ
高い空をぼんやりと眺めながら、とうとうエステマリア領へ帰る日。こんなに荷物ってあったかなと思うほどに、荷物を馬車に乗せている。どうやら、私が買った使用人たちに向けたお土産が殆で、その次に生活に困らないように持ってきていた日常品たちが積まれていく。ソングライン邸に来てからは、リドクリフ様がこの屋敷に私にものを別途買いそろえてくれたから思っていた以上に不便にはならなかった。ここにきてから少しだけ身長が伸びて、髪の毛も伸びた。たった2週間の滞在でだ。持ってきていた服の裾が微妙に足りなかったのは少し驚いた。
子どもの成長は早い。
エルヴィンはたった2日だけ屋敷で使用人として働いていただけなのに、すっかりと周りの人たちと馴染んでいる。ソングライン邸の使用人たちに泣かれているのを見ると、この子は人を惹きつける何かがあるのだろうと傍から見てわかる。エルヴィンは、ルーナと同じ馬車に乗る予定だ。男女同じ馬車であるのは不安ではあるが、流石にハルシュタイン氏をそこに乗せるの家格的にもあまりよくないだろうし、だからってハンゼン様とハンネ先生はもっとダメだろう。
エルヴィンは顔もよくて話し上手だから気が気ではないだろうな。誰が、とは言わないが。
「リアラ」
そんな誰がを思い浮かべていると、その本人がいつもののらりくらりとしたような態度で現れた。
「宰相閣下と国王陛下を説き伏せて僕もついて行くことになったよ、エステマリア領に。まあ、リドクリフ様が戻るタイミングで戻らないとならないんだけどね」
突然のルドガー伯父様の言葉に流石の私も驚いた。そんな話は聞いていなかったからだ。これはもう、ルーナに対しての危機管理能力にも思えた。
「伯父様……頑張ってください」
ルーナと離れてしまうとアピールって難しいからね。少しでも私という存在を利用したいのなら利用してほしい。私の悟りを開いた表情にいろいろと思うところがあるのだろう。伯父様は、肩を竦めて困ったように笑う。
「君を利用するようで、本当にすまない」
「いいんですよ。私は、見ていて楽しいですから」
口許に手を当てておほほほとわざとらしい笑いを見せるとがっくりと項垂れる。5歳児の姪っ子に応援されるってどうなのだろうか。きっと、落ち着かないのだろうな。実際に目の前の35歳は恥ずかしそうに頬を染めてはなんとも言い難い表情をしていた。
「見た目はフィリップにそっくりなのに中身はフィレンカみたいだ」
ぐぅっと唸りながら、ふらふらっと持ち場に戻っていった。自分の持ってきた荷物はアルテンリヒト家の荷馬車に乗せている。そこに空きがまだあるのか、私たちの荷物もわけて乗せられるとのことだ。だからその手伝いをしに彼は場を離れていった。同時に、荷物運びをしている使用人の中にルーナも入っているので、少しでも接触を図っているのだろう。
私は伯父様みたいにチャンスを無理やりにでもつかみに行こうとする人は嫌いじゃない。むしろ、使えるものを使う姿勢嫌いじゃない。例えば私とか。例えば権力とか。そうやって、自分のために使って、かつ周りを楽しませたり幸せにしている人だから交換を持てる。
人間はある程度自己中に生きないと、心配しすぎて眠れない日が続くだろう。だが、やりすぎるといけない。伯父様は自己中過ぎないのがまた良くて、そうやってバランスをとっているから私も利用されていると分かっていても許してしまう。そういう愛嬌はあった。
「でも、ルーナが侍女を辞めるってなったら困るなぁ~」
「何が困るんだい?」
ひょいっと足が地面から離れると同時に聞こえてきたリドクリフ様の声。覗く表情がとても柔らかい。それにつられて私も表情が少しだけ緩む。
「ルドガー伯父様とルーナが結婚した時、ルーナが屋敷を出るのを考えると困るなぁ~って思っただけですよ」
実際に、ルドガー伯父様の押しは傍から見ても分かる。この間のWデートの時にルドガー伯父様から買ってもらったであろうリボンタイをいつも身に着けて仕事をしているのだ。ルーナもおそらく満更ではないはずだ。
真面目なルーナが、ルドガー伯父様の気持ちを弄んでそういうことをしないというのも見ていてわかる。だからふたりの思いはしっかりと通ってほしいと思っている。ただ、ルドガー伯父様は腐っても侯爵家次男だ。王宮で働いていることもあってとても優秀な人材には違いない。アーレン伯父様も、兄弟の中で一番頭がとかったのがルドガー伯父様だと話していた気もする。
普段は、ふざけた口調で、のらりくらりとしているのは堅苦しい思考を日々回している反動なのだろう。
そんな伯父様はまっすぐにルーナを好きだと伝えているように、態度で示している。そんな伯父様にどう返事をしたらいいのか分からないというような素振りしているのだ。貰うものは大切にしている。愛情でも物でも。ルドガー伯父様の差し出すものを丁寧にラッピングして心にしまっているルーナに少しだけ不便だなとさえ思ってしまう。
格式のある侯爵家と、大店な商家である実家でも庶民なルーナはやはりひとっ飛びとはいかないのだろう。
その不安もあって、もらうばかりで返せていないルーナは少しだけ焦っているようにも見える。
――でも、その不安も焦りもすべてくるめて、ルドガー伯父様が片付けないとならない
それが持てる者の特権であり義務だから。受け入れてほしいと差し出すばかりでは、ルーナはあげられないのだ。
「伯父様には、ルーナを幸せにしてくれる条件はそろっていますから。それらを全て見えるようにルーナに提示して安心させないと、伯父様にルーナをあげられないです」
伯爵令嬢になった時からずっとそばにいてくれる、落ち着いているのにどこかチャーミングなルーナを私から奪うというのであれば、それ相応に幸せの提示をしてもらわないと。
遠くでルーナが出発の合図をしてくれる。ルーナたちの馬車にはルドガー伯父様が加わって、青と白のコントラスが綺麗な、晴れ渡る夏空の下で私たちは王都を発った。
お疲れさまでした。王都編はこれにて締めます。
3章は2話分少なかったので、残り2話はおまけ話とさせてください。
ここまで長く付き合っていただきありがとうございます。
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毎日更新も日に日に増えるブックマークを励みとして続けているくらいです。
4章に突入していきます。これからも宜しくお願いいたします。




