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第二話 大学

「広いな」


「それより人すごく多いね〜」


 俺と愛は大学のサークルの勧誘イベントに来ていた。大学のキャンパスは予想以上に広くて、受験のときに来たことがあるとはいえ、その時は緊張して吟味することができなかった。


 ポスターやビラを持って声高に新入生を勧誘している先輩たちと、そういう先輩たちに気圧されてタジタジになっている新入生。みんなを見て、俺は少し感慨深い気持ちになった。





 卒業式で、俺にとって、いや、多分全校生徒にとって忘れられない出来事があった。


 はるとのプロポーズである。


「芽依、俺は卒業したらすぐ働くから、結婚してくれ!」


 校長先生が卒業式の終了を告げるや否や、卒業生に花を送る後輩たちの行動よりも先に、はるとが体育館でそう叫んだ。


 芽依はというと、顔を真っ赤にして、こめかみに青い血管が浮かび上がるほど気が動転していた。


 まさに、とびひざげりだった。芽依ははるとにプロレスラー顔負けの打撃技をかました。


 ほんと、はるとは芸人としてバラエティー番組に出て欲しいよな。インパクトあるから。


 芽依もいっそのことほんとにプロレスラーを目指してもらいたいところだ。


 そんな2人のことを今はなんとも言えないのだが。


 俺と愛は同じ国立大の経済学科に合格したが、俺らと同じく受験した芽依は落ちた。


 それで、芽依は近くの私立に入学することになって、愛に捨て台詞を吐いた。


「距離が近いからって必ず有利ってわけじゃないんだからね!」


 これは高二のときに愛が幼なじみとしての芽依に言ったことなのだが、芽依は手のひらを返すように、すっかり自分のことを棚に上げてる。ブーメランだということを知らずに。


 多分、そんな芽依に言われてもピンと来ないのだろう。愛は軽く一笑に付した。


 結月は他県の国立大に進学することになった。「何故わざわざそんな遠い場所に行く必要があるの?」って母ちゃんは寂しいそうにしていたが、結月はやりたいことがあるから理解してほしいと母ちゃんを説得した。


 新幹線で俺が結月を見送りするとき、彼女は耳打ちしてきた。


「私もいい加減、いつきくんのこと忘れなきゃ……新しい恋探してきます。だからいつきくんもちゃんと愛ちゃんの手をずっと繋いでいなさい」


 そんな彼女の言葉に対して、俺はなんとも言えないような寂しい気持ちを覚えた。健気というか、優しいというか、ともかく心強い言葉だった。


 俺は精一杯笑顔を浮かべて、新幹線の中に座ってる結月に手を振った。


 彼女も軽く手を振り、そして頭を下げて、俯いたまま、新幹線は視野の向こうに消えた。


 どうか、結月にも新しい恋ができますように……俺はそう強く祈った。


 もし、あのとき、結月のお父さんが……なんてことはもう考えない。今の俺には幸せにしなきゃいけない人がいるのだから。


 はるとは宣言通り、卒業してから就職して働いてるし、れんと葵は仲がいいのか悪いのかよく分からない感じで同じ専門学校に入った。


 しかも同じクラスだという。エロ大王と少しばかり激しいツッコミ役のコンビはまだ健在らしい。





「どうしたの? いつきくん、ニヤけてるよー」


「ちょっとみんなのことを思い出してさ」


「ほんと、バラバラになっちゃったね……でも、いつきくんと一緒のままでほんとによかった」


 そういって、愛は胸をなでおろした。それはいつも俺の役目なのに……いや、俺のそれは目的が違うか。


「あっ、いやらしいこと考えてるでしょう!」


「いやいや、考えてないって!」


 最近、愛はますます俺の心を見透かせるようになった。浮気とかするつもりはないけど、それはそれで少し怖い。


 合否発表の日に、2人の受験番号を見つけた愛はみんなの目の前で俺を抱きしめた。俺も手を愛の背中に回すと、愛の涙が俺の首筋に滴り落ちて、暖かった。


 これで、ずっと一緒にいられる。俺もそう思って内心で号泣した。もちろん嬉しさのあまりにだ。


「だって、いつきくんの表情はいやらしいことしてるときのそれと同じだもんー」


「そんなの覚えなくていいから! てかそういう顔させたのは愛だろう?」


「なんのことかなー」


「愛がその、綺麗だから、あと、色々、その……」


「ところでさ、入りたいサークルはもう決まった?」


 俺をからかう癖に、俺がからかい返して、有利になったとたん、愛はいつも話題を変える。昔の「魔王」が聞いて呆れる。


 でも、そんな愛が愛しい。


「決まったよ。とっくに」


「えっ、なになに?」


「ちょっとそこの美人さん! 撮影同好会に入りませんか?」


 愛とやりとりをしていると、いかにもいかがわしい名前のサークルのいかにもチャラそうな先輩が愛を勧誘してきた。


「あの、どういうサークルですか?」


 先輩だから気を遣ってるだけで、決して愛がそういうサークルに興味を持ってるわけじゃないのよね。そう信じたい。


「これはよくぞ聞いてくださりました! モデルさんの卵を見つけて、その写真集を我が同好会の部費で作成し、販売していくのだな……」


 チャラそうな先輩、略して、チャラ先がノリノリで演説を開始した。


「愛、行くぞ!」


 チャラ先の言葉が終わる前に、俺は愛の手を引いて、人混みを駆け抜けていく。愛をそんなサークルに入れてたまるか。愛の笑顔も体も全て俺一人のものだ!


「「はあはあ」」


「いつきくん、なにも逃げることはないじゃない?」


「だって、愛をほかの人に撮らせるなんて許せないよ」


「いつきくんったら、いつの間にこんなに嫉妬深くなったのー?」


「ううっ」


「冗談だよー ほんとは、その、嬉しいです」


「です?」


「もう、照れてるからからかわないでよ!」


「ごめん」


「やはり私の写真をほかの人に取られるのいや?」


「う、うん」


「ありがとう、大好き」


 耳打ちするように見せかけて、愛は俺の頬にキスをした。思わず、俺は顔が真っ赤になって、周りの人の視線を確かめた。


 みんなは部活の勧誘に夢中で、気づいてくれなかったみたいで、俺は思わずほっとした。


 ほんと、愛と一緒にいると羞恥プレイで心臓に悪い……


 愛と出会って、結月と再開して、芽依に支えてもらって、はると、れん、葵と色んなことをしているうちに、俺にやりたいことができた。だから、入りたいサークルはとっくに決まっている。


 俺は愛の手を離さずに、人混みの中を抜けていく。

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