第三話 撮影
「はーい、カット!」
俺の合図と共に、愛はピタッと動きを止めてから、頬を膨らませてすたすたと俺の方に近づいてきた。
「なんでいつきくんが私の相手役じゃなくて監督なのかなー」
不満そうに詰め寄ってくる愛に、俺は慌てて手をブンブンと振って、弁解する。
「いや、だって、これが俺のやりたいことだもん」
大学生になって、2年と少しが経った。
俺と愛は映画研究会に入って、1年生と2年生の時は同じ役者として部活に参加していた。
映画研究会の作品は毎年10月の文化祭で上映されて、そこそこの観客が見に来る。
3年生になり、4年生になった先輩たちは引退して、俺が部長に就任した。
だから、ずっとやりたかったことが出来た。
そう、俺自身で映画を作ることだ。
こういうのは語弊があるかもしれないから訂正する。正確には、みんなと一緒に映画を作ることだが、俺のやりたいことは自分が観客に見せたいものを映画にすることだ。
愛との高校生活を通して、俺は色々を学んだ。
独りよがりに自分の感情だけを優先させて、周りの人間のそれを見て見ぬふりするのは結局みんなを傷つけることになり、ひいては自分自身を傷つける。
中学校から高校まで、一人相撲をしてきた俺だから言えることだ。
結月に迎合するのではなく、ちゃんと彼女から事情を聞き出せば、彼女との関係は変わっていただろうし、トラウマを引きずって、愛を信じてあげなかったから、酷く彼女を傷つけた。
みんな、それぞれ抱えているものがあって、それを高校時代に俺は認識した。
だから、映画研究会の部長に就任して、職権を乱用して……おっと、言い直す。部長としてみんなとそんな思いが反映されるような映画を作りたいと思って、俺は監督になった。
「愛する者の前で、他の男と恋人役をしなければいけないなんて、私は悲劇のヒロインだわ」
うん、そういう冗談が言えるなら、愛、君はまだまだ大丈夫だよ。
「いやいや、ボディタッチもキスシーンも一切ないじゃないか」
「それでもいつきくん以外の人を演技でも恋人として接するのは辛い……寝盗られてる気分だわ」
「ちょっ! 人聞き悪い! あとその言葉どこで覚えたの!?」
「いつきくんのベッドの下のDVDから」
「あっ……」
「言い訳はあるかなー?」
「……ないっす」
あんなに厳重に保管していたのに、なぜ愛に見つかった!?
弁解させてもらおう。これは決していい訳では無い。
確かに俺には愛という最高の彼女がいるのだが、男ってやはりそういうものに興味があって……男の性というか、不可抗力なんだ。
だが、これを愛に話したら逆効果になるのは目に見えている。
あの「魔王」と呼ばれた愛にこんな理由を述べたところですぐに論破されておしまいなのは目に見えてる。
「じゃ、覚悟はできてるのよね」
「……はい」
お仕置きが始まる。
振り返れば、愛がまだ雇われの彼女の時からずっとなにかあれば俺にお仕置きをしていたっけ。
今回はなにをするつもり?
部員のみんなの前で俺の眉毛を引き抜く? それとも俺と愛の夜のことをみんなに話す?
いや、後者はないか。それは愛にもダメージが行く。
俺もまさか愛がそんな……ごほんっ、な女の子だとは思わなかったから。
そう言えば昔、そういう話を昼休みの時に芽依たちに話したら、すごい怒られたっけ。
懐かしいな、もう三年前のことか。
ならば、愛は自らそんなことを話したりしない。
正直、俺のしたことをもバラされたら、次の日から、いや、その瞬間から後輩たちに冷やかな目で見られるに違いない。
仕方ないじゃん。マンネリは良くないよね。
「ごほっ!」
覚悟を決めたとはいえ、いきなりペットボトルを口に突っ込まれて、水を飲まされるのはきつい。
「監督さ~ん、ずっと指示出してたから、喉乾いたでしょう? 水、私が飲ませてあげるわ」
走馬灯のように蘇る記憶。
昔もこんなふうに無理やり愛に水を飲まされたことはあったっけ。
でも、経験があるから慣れることじゃない。人間の体は苦痛には慣れないのだ。
必死に注いでくる水を飲み込まないと、口から溢れてしまう。
俺は全神経を尖らせて頑張って水を飲んでいたら、口から水が溢れていないことに不満を持ち始めたのか、愛はペットボトルの傾斜をさらに鋭いものにした。
そして、ついに、俺の口から噴水のように、水が弾けだした。
夏だし、ちょうど暑いと思ってたから、まあいいか。
ってなるか! 半袖のTシャツがびしょ濡れになり、おまけにお漏らしでもしたみたいにズボンの際どいところが濡れている。
俺のこういう姿を見て怒りが治まったのか、愛はゆっくりと俺の口からペットボトルを離した。
「これに懲りたらもう二度と私以外の女の子の裸をみないことね」
「……はい」
もう見ない。こんなことになるって分かってたら、死んでも見なかった……
3年間もバレなかったから、油断していた……
「あら、監督さん、口の周りが濡れてるわよ? 拭かないと」
白々しく、愛はにまにまと笑いながら口を開いた。
そして、次の瞬間唇に暖かい感触がした。
「「「うわー」」」
なんというか、愛はやはり愛だね。
唇についてる水を、愛は舌で舐め取り、そして自分の唇を俺のそれに重ねた。
後輩たちや同級生の驚きの声をものともせずに、愛は一心不乱に俺を抱きしめていた。
そういえば、1年と2年の時、俺と愛が恋人役やってたら、監督にいつも褒められたっけ。
『そうそう! こういうリアルで情熱溢れるスキンシップが撮りたかったんだ!』
今でも先輩のその感動した姿が目に浮かぶ。
愛はいつも積極的だった。
そして、今日の撮影で、俺の作品が完成した。
人間の未熟で甘酸っぱい感情、それにフォーカスした俺の高校時代を彷彿させるような、そんな作品。




