1-17 お茶会バックミュージック(2)
それから二十分。
段々と集まりだしたお客様の声を聞きながら、軽く仕切られたカーテンの奥で出番待ちをするリリは、取りあえずペンと紙を借りて、選曲をしていた。
あれこれ考えてみたけれど、やっぱり二時間半持つかどうかは怪しい。
ピアノならまだしも、ヴァイオリン一本でお茶会にピッタリなサロン曲というのは、案外思いつかないものである。
「やっぱり即興で、適当に作曲してみようかな……」
それもそれで結構なチャレンジだ。せめてあと弦が数人いればいいのだが。
「リリ様。そろそろお客様が増え始めたので、何か軽く流していただきたいのですが」
そこにパッと飛び込んできたエマの言葉に、「あ、はい!」と顔を跳ね上げた。
あぁ、そうか。お茶会の間だけじゃなくて、客が集まる間も雰囲気作りは重要だ。
でも最初の選曲は、大丈夫。弦一本というのは変かもしれないが、客入り中の曲は大抵同じような曲調で、リリも何度も聞いたことがあるから、適当にそれっぽく流しておけば問題ないだろう。
だからペンの代わりに弓を取り上げて、ふぅ、と一つ深呼吸をしてから、ヴァイオリンを構えた。
突然静かな中に音楽が鳴り出したら、皆びっくりするだろうから、最初はとても小さな音で、ゆっくりと。
気が付いたように、会場でノマの華やかな声色がして、それに合わせて少しざわざわとお客様達が緊張を解いてゆくのを感じながら、少しずつ音量を上げて、あまり主旋律が目立たない定番曲を奏でてみた。
楽譜は見たことなかったけれど、多分、こんな感じであっているはず。
それから間もなくして始まったお茶会に、主催者側がご挨拶をしている間は、音量を落として単音で、静かに。
やがて一杯目の紅茶が振舞われて、開催の言葉がかけられるのにあわせて、音量を戻す。
初めのうちは客も皆控えめに、余り声も出さないから、なおさらに音楽が良い役割を果たす。
だから最初に、一番皆が聞き馴染みがあるであろう、この国のサロン曲を演奏した。
やっぱり音の厚みは物足りないけれど、皆もまだ音楽に気を取られている余裕なんてないだろう。だから勝手なアレンジを加えながら、勝手に。
う、うーん、これって大丈夫なのかな? なんて思いつつ、第二楽章に入る頃には、少しざわめきも大きくなって、皆が寛ぎ始め出したことが分かった。
「なんだか、珍しい音楽ですわね」
「初めて聞くわ。何処の楽団かしら?」
「でも素敵な音色。うっとりしますわ。流石、生徒会主催のお茶会」
そう何処からともなく、カーテンの傍を通り過ぎた女子生徒達の声が聞こえて来た時にはドキッとしてしまったけれど、慌てず、焦らず、落ち着いて続きを奏でる。
大丈夫……だろうか。
それからゆったりと一つ目の曲が終わったところで、間をおかずに、前世で練習した曲を立て続けに奏で始める。
一曲一曲が短いから、適当に繋ぎをアレンジして、さりげなく二度三度繰り返しつつ時間稼ぎを。
でもコンサートみたいに目立つ音色や技法を使ったら、お茶会の方が台無しになってしまうから、あくまで目立たないように、淡泊な音色になるように気を付けながら。
「案外つまんない……」
もうあと一二本弦があったら楽しいんだけど。
そう段々と疲れが滲んできた辺りで、そろそろこのメドレーも限界かな、と音をか細く、掻き消してゆく。
すると突然、ガタガタ、ガタガタ、と、何処からともなく現れた黒燕尾の紳士が三人、おもむろに周りに放置されていた椅子に腰かけはじめたものだから、ギョッ! と驚いて顔を跳ね上げた。
なんだなんだっ。一体何事だ!?
「レディ。ドレッセンのサロン曲は何かご存知ですかな?」
最初に突如そう声をかけてきたのは、大きなバロック・チェロを構えた紳士だった。
いや……それより、なんかあちこち怪我をしていることがすごく気になるのだが。
隣で同じくヴァイオリンをつがえた紳士達も同じように掠り傷を負っているのを見ると、もしかして、例の事故とやらで立ち往生していた楽団が、今になって到着したのだろうか。
「よく聞く類のものでしたら何となく。ちゃんと楽譜を見ながら学んだものは一つも」
でも楽譜があれば、と言ったところで、「これはどうです?」と、隣に座った紳士が、使っていなかった譜面台に楽譜を置いた。
残り二人の紳士が軽いアンサンブルを奏でだして、時間を稼いでくれる。
その間に、ぱらぱらっと楽譜を捲って、聞いたことのある曲なのを見て取ると、コクリと頷いた。
主旋律なら頭に入っているし、多分、ちょっと譜読みすれば大丈夫。
「五分ほど下さい」
そうお願いすると、すぐに紳士達が頷いてくれて、軽い曲を流す。
なんかもう、あとは彼らだけにお任せしたらいい気がするのだけれど……いや、まぁ、リリも単位がかかってるから。最後までちゃんとお勤めは果たしますけど……。
でも自分が主旋律部分の第一ヴァイオリンなんて、おこがましいのでは? なんて思いつつ、とりあえずざざっと譜読みしたところで、コクンと頷いてみせた。
それを機に少しずつ音を落としていった紳士が、おもむろに、トン、トロン、トラン、と導入部分のピチカートをはじく。
同じように少しずつ音が重なって行って、指揮棒代わりにコクリと頷いて合図を送ったチェロ奏者のタイミングにあわせて、最初の一音を弾く。
そこからたららら、と八分音符を奏でたところで、実に見事なハーモニングで皆が合わせてくれた瞬間、あっ、と心臓が弾むのを感じた。
なんてピッタリなタイミング。なんて正確なピッチと、なんて絶妙な掛け合い。
すぐにも顔を上げて目を瞬かせたリリに、ニコリと微笑んだチェロ奏者が、引き続いて柔らかな伴奏を奏で始める。
あぁ。これだ。この感じ。
リリは室内楽はほとんどやったことが無かったけれど、このお互いの空気を読みながら音楽を楽しむ感覚は、嫌と言うほど知っている。
それに、流石は生徒会が招いていた楽団だ。感が凄まじく良い。
おかげさまでリリものびのびと自由に弾くことができたし、多少音を間違えておっとっと、と勝手なアレンジを加えても、すぐにそれに答えて同じようなアレンジで音を遊ばせてくれる。
それが面白くて、ついノリノリで存分に技巧を凝らしながら装飾音を加えてみたら、対抗するようにセカンドが同じ旋律を繰り返す。
ほうほう。やりおる。ではこれはどうかしら? と次の装飾。
またそれに答えたセカンドが、さらに音量を上げて情感たっぷりな雰囲気に突然色を変えて来たから、答えるようにビブラートを聞かせて音色を響かせて見せる。
あぁ。このアレンジ、好きだ。
少し哀愁を感じさせながらも華やかで、秋風にぴったりの涼やかかな高音が心地よく、その甲高い音色をぎゅっと引き締めるチェロの低音がかっこいい。
さらに重たくなりそうな曲調を、サードヴァイオリンがピッツを多用して暗くなり過ぎない音色を作ってくれていて、そのチームワークと信頼っぷりが、なんとも心地よい。
気が付いた時にはすっかりこの音楽にのめり込んでいて、思わず顔をほころばせながら最終旋律の華やかで軽やかなパッセージを小気味よく奏でて、ターッ、ターッ、と、静かに四重奏で奏でる四分音符を二度繰り返し、じっくりと余韻を引き延ばしながら、弓を浮かせた。
その瞬間、「わぁぁ!」と、幾つもの歓声と拍手の音が耳に飛び込んできて、ほぅっ、という満足そうな笑顔と。でも引き続き、しまったっ!! と顔を青ざめさせて、慌てて立ち上がった。
やばいっ。調子に乗りすぎた。
ただのBGMなはずなのに、なんで拍手とかおこってるんだ。これは駄目だろう!
やっちゃったかも! と慌てて振り返ったところで、ちょうどカーテンの隙間からチラリとノマが顔を出したものだから、益々顔が蒼くなった。
「ご、ごめんなさいっ、ノマ様。なんかもしかしてっ」
「いいえ。すっかり皆聞き惚れてしまって、今、良い感じに盛り上がっていますわ。その調子であと三十分。行けます?」
正直腕は疲れて来ていたけれど、とにかく慌ててコクコク頷いて見せたら、「お願いしますわね」とノマも引っ込んだ。
危ない危ないっ。調子に乗った……。
だって。すっごく楽しかったのだもの……。
「お嬢様。この曲は?」
そんなリリの様子とは裏腹に、すっかりいい笑顔をしたセカンド奏者が、ニコニコとしながら軽いフレーズを奏でる。
それに合わせてサード、チェロ、と音を重ねて行くのを聞きながら、コクンと頷いてみせた。
知っている。この国の有名な曲だ。
楽譜があれば、何とかなる。
「あ、あの。あんまり素敵に弾いて、私を乗せないで下さいね。単位がかかっているので」
そう取りあえず一言だけ忠告したら、紳士達が一層笑顔を深めて、はっはっはっ、と笑ってみせた。
とても気のいい人達だ。
「では少し穏やかに。このテンポで行きましょうか」
そう伴奏の雰囲気を変えたチェロ奏者の音にあわせて、すぐにもヴァイオリンがその音色に合わせる。
うん。これならしっとりと落ち着いていて、のびやかに弾けそうだ。
だから今度は極力楽譜に背かないように気を付けながら、決まった音を奏でる。
それでもセカンドとの掛け合いが綺麗にはまった時には感動物で、うっかり乗せられてしまいそうなところをなんとか抑え込みながら、疲れも忘れて三十分、弾き切った。
その最後の一音を、思う存分余韻に浸りながら弾き切ったところで、「さぁ、そろそろ時間となってまいりましたわね」という、ノマの声がした。
音楽にあわせて、切り上げる時間としたようだ。
ほぅぅ、と、すっかり疲れ果てて弓を降ろしたリリに代わって、セカンド奏者とチェロ奏者が、宴の終いにぴったりとゆっくりとしたアンサンブルを奏でだす。
本当ならファーストとチェロで奏でる曲だけれど、リリを気遣って、最後の音楽は買って出てくれたらしい。
その甘やかな音色をたっぷりと堪能しつつ、やがてがやがやとお客様達が下がってゆくのを耳に入れる。
これにてイベントは無事に終了。リリの役目も、無事に果たされたことになる。
何とかなった。
「お嬢様はここの学生さんのようですが、一体どの先生にご師事を?」
そんな中、音楽を続けるチェロ奏者が、そうリリに問う。
もうお客様もまばらになっていると見て、話しはじめたのだろう。音楽を楽しんでいたリリも、ふと顔を上げてそちらを見やる。
「小さな頃は、えーっと……ベンホーフト、先生? だったでしょうか。その方に少しだけ師事していましたが、殆ど独学です」
「ベンホーフト師?! 前宮廷楽士長の?!」
「えっ」
あ、そうなの!? あのおじいちゃん、そんなにすごい人だったの?! 初耳だよ。
「師が自らご師事なさるほどとは。流石、素晴らしい腕でした、レディ」
「こちらこそ。とっても素敵なアンサンブルを有難うございました。あの。お怪我をしているようですが、大丈夫ですか?」
「ええ、ご心配いただき恐縮でございます。車軸の抜けた馬車が横転してしまい……とんだご迷惑をおかけしてしまいました。生憎と二人ほど、治療のため近くの街に残してきましたが。楽器は無事です」
なるほど。自分の怪我よりも楽器か。音楽家らしい言葉だ。
「そのおかげで我々も、いつもとは違った刺激を頂きましたよ、レディ。大変不躾ではありますが、お名前をお聞きしても?」
そう続けたセカンドヴァイオリニストさんに、「勿論」と答える。
「リリ。リリ・クラウベル・アリストフォーゼです。どうぞ、リリと呼んでください」
そうニコリと微笑んだところで、ぴたっ! と、思わず奏者達の演奏が断ち切れた。
はて? 何か変なことでも口にしてしまっただろうか。
そう首を傾げたところで、「リリ?」と、奥からスオウが顔を見せたものだから、あら、と顔を上げた。
どうやら、お客様は皆撤収したみたいだ。
「お疲れ様、リリ。とても良かったよ」
「スオウ様も、ご苦労様でした。ちょっと調子に乗ってしまって、すみません。本当に大丈夫でした?」
「ちっとも問題ない。むしろ君たちのおかげで、随分と後半の会話が弾んだよ。カーテンの中を覗き見ようとする生徒を止めるのが大変だったくらいだ」
それってやっぱり迷惑をかけたんじゃ、なんて気がしないでもなかったけれど、後ろから顔を出したユーシスが、「よくやってくれた」と言うのを聞いて、頗る安堵した。
この人が言うなら、多分平気だったのだろう。
「これは殿下!」
その様子に、すぐにも席を立った奏者達が、深々と頭を下げる。
「この度は大変なご迷惑をおかけいたし、申し訳ございませんでしたっ」
「いや、事故は仕方がない。怪我は? クラム卿とブール卿はどうした?」
クラム? ブール? と首を傾げたリリの隣に歩み寄ったスオウが、「楽団のメンバーだよ」と教えてくれる。
はて。二人ともご存知の方と言うことは、この方達はもしかして、とても有名な楽団の人達なのだろうか。
しかも“卿”ということは、もしや貴族であろうか?
「二人とも、足や腰を強く打って、近くの村へ。ですがすぐに良くなるとのこと。今後の演奏にも差し障りはありません。お気遣いまでいただきまして、恐悦に存じます」
「あとで見舞い人を送ろう。楽士長にも、迷惑をかけてしまうな」
「滅相もございません。こちらがお詫びせねばならないことでございます」
楽士長? なんだ、それ。なんかすっごく、嫌な予感が……。
「あ、あの、スオウ様? こちらの皆様って……」
「あぁ、元々呼ぶはずだった、宮廷楽士だよ」
「道理でっ!」
良い音してるはずだよ、おい!
なんだ。もしかして自分、事故のおかげでものすっごい貴重な経験をさせてもらったんじゃないのか!?
宮廷楽士? それって、王国お抱え、国内トップクラスのプロ集団のことだよ。何てもんを学校のお茶会に呼んでるんだよ、もう! 王子様怖い! ほんとに怖い!
「ブレッケル卿。リリ嬢の腕はどうだった?」
そうクスとわずかに口端を吊り上げながら問うたユーシスに、チラとこちらを見たチェロ奏者さんが、たちまちに顔をほころばせる。
「大変に素晴らしい才能と感性です。もしお嬢様が子爵家や男爵家の次女、三女。いいえ、長女であっても是非楽団にと、頭を下げて請いたいほどでございましたが、生憎と先程お名前をお聞きし、諦めたところでございます」
「えっ。何故ですっ?!」
目立つことは嫌だけれど、宮廷楽団なんて最高じゃないか! 音楽家という人生がこの世にもあるだなんて、素晴らしい。就職先に、是非ともお願いしたい!
だがそんな風に目を輝かせたリリには、すかさず隣でそれを察したであろうスオウが、「リリ……君ねぇ」と、呆れた声を出した。
「えっ。駄目ですか?!」
「楽団員は王宮従事職の中でも一代限りの爵位しかない下級職だよ。アリストフォーゼ家の姫君が所属するのは難しいんじゃないかな……。きっと楽団員達の方が困ってしまうし、ついでに私は君の父上に、『何をそそのかしたんだ』と怒られてしまうと思うんだけど」
「そんなぁ」
だったらこの身分、捨てます! とか言いたいところだが、「流石にそれは無理だな」とすかさず言葉を続けたユーシスのせいで、言い損なってしまった。
何でこの人、こんなにいつもいつもタイミングがいいのだろう。
でも、そんながっかりと落ち込むリリに、その人はなんだか少しだけ。ほんの少しだけ、その口元を緩めて。
「だが今日の謝礼だ。君が望むなら、またいつか、宮廷楽団と共に演奏する機会をあげよう」
「ッ! 本当ですか、殿下!」
え、何この人。実は結構いい人?! と身を乗り出したリリの変わり映えの速さには、たちまち楽団員の紳士達が、はははっ、と声を挙げて笑った。
だってだって、仕方ないじゃないか! 久しぶりのアンサンブル! 久しぶりの高揚感! 嬉しかったんだから、仕方ないじゃないか。
「リリ……君って子は……」
「だってスオウ様、お聞きになったでしょう? こんなに楽しかったのは久しぶり!」
「はいはい。楽しかったのは分かったから。でものこのことユーシスの言葉になんて釣られていたら、後で痛い目を見るよ」
「何だ、それは。人聞きの悪い」
ユーシス殿下は呆れたように眉をしかめたけれど、でも確かに。スオウの言う通りかもしれない、と、警戒する目をする。
はっ。そういえば……。良く知らないけど、宮廷楽士の詰所って、王宮内にあるんじゃないのか? 当たり前だけど、彼らと演奏しようと思ったら王宮に行かないといけなくて、ついでに当たり前だけど、ちょっとこそこそ会いに行って私的にちょっと演奏して、なんてことですむはずが……ない! ないよな!
「やっぱりいいです!」
そう慌てて否定したところで、「言質はもう取った」と仰る殿下は、やっぱり鬼畜王子だった。
結局のところ、そのまま何やかにやとうやむやになり、「さぁ片付けますわよ」というノマの言葉と共に、リリもスオウにこの場を連れ出されてしまった。
取りあえずこれでお役目は御免。単位も何とかなったはず。
まだどきどきと高揚感が冷めやらず、じゃあね、と見送られてもどうにも落ち着かなくて、一人帰路を歩きはじめるのが躊躇われた。
賑やかに、「そっちもって」「食器はこちらに下さい」なんて言っている生徒会役員達の声が、背中に遠い。
あぁ、なんて馬鹿なリリ。
嫌々ながら、だなんて言いながら、結局この二時間半、彼らと一緒に、彼らの共犯者みたいな心地で弾いたヴァイオリンに、少しだけ、彼らへの仲間意識が芽生えていたのだ。
でもそうじゃない。
所詮リリは助っ人で、よそ者。
用が済めばこうやって、じゃあお疲れ様で終わる間柄。
それは分かっている。今のこの物悲しさが、所謂コンサートの後の弾き足りないそわそわ感と同じであることも分かっている。
でも……。
でも何だか。
名残惜しくて……。
「おい、何処へ行く。リリ・クラウベル・アリストフォーゼ嬢」
賑やかな喧噪を背に、とぼとぼと出て行こうとしていたら、そう何処からともない声がして、思わずふっと振り返る。
そこには王子様ともあろう御方が、その手にティーポットを持って立っていて、しかもどうしたことか、受付のテーブルにそれを置くと、コポコポとゆっくり一杯の紅茶を注いでいる。
はて? お茶会はもう終わったのに、何をしていらっしゃるのか。
「今日振舞うはずだった紅茶と菓子だ。食べなさい」
「え?」
でももうお茶会は終わったはずで。
「……私に?」
「招待しておきながらもてなしもせずに働かせてしまったからな。その詫びだ」
なるほど。まぁ言われてみればそういうことにならないわけでもないけれど……まぁようするに、体裁ってやつですよね。早く消費して、早く片付けたいってことでもあるはず。
そんな体裁いらないのにと思いつつ、でもなんだか名残惜しさを引き止められた心地で、素直にそちらに歩み寄った。
良く考えたら、王子様手ずから淹れて下さった紅茶って、なんて贅沢なのだろう。
こんなことってあり得るんだな、なんて思いながら、大人しく腰かけて、「いただきます」と、手を伸ばす。
たっぷりと疲労した体に沁みる、甘い菓子。
ほんのりと苦い紅茶に少しだけ溶けた、柔らかな蜂蜜。
ほぅ、と、思わず零れ落ちた微笑みは、多分美味しかったからだけではなくて、何となく、安心したから。
あぁ……美味しい。
「鬼畜だとか極悪非道だとか思っていてすみませんでした」
「……おい。何の話だ」
「いえ。こちらの話です。気にしないで下さい」
そうクスと笑って再びお茶に手を付けたら。
「何でもいいから、さっさと飲んでしまいなさい。そしたら君は食器類の回収と搬出を」
「……」
ん?
「……え?」
え。え? ちょっと待て? この人、今何を……。
「それが済んだら、そこの机の中に入っている招待状を学年ごとに分類して名簿と照合。欠席者などが有ったら教員側に知らせねばならないから、リストアップを」
「あ、あのー……」
待て待て? なんか、変な話になってきたような……。
「何で、私が?」
かくんっ、と首を傾げたリリに、何を言っている? と一つ目を瞬かせたユーシスは、スイと懐から一枚の書面を引っ張り出したかと思うと、それをリリの前に掲げて見せた。
「サインをしたのは君だろう。精々、働いてもらわねば困る」
「は?」
サイン? もしかしてそれって、さっきのサイン? それで何で労働力と言う話に……、と首を傾げながら、その文面を目にして。
目にして。
「ッッ!!」
思わずガッと伸ばした手で書面を引っ掴む。
『下記の者を生徒会第二書記に補す――』
「ちょっ……こ、これっ!」
「生徒会にようこそ。リリ――」
『のこのことユーシスの言葉になんて釣られていたら、後で痛い目を見るよ』
ねぇ。ねぇ、スオウ様?
その言葉。もうちょっと早く、聞きたかったです。




