1-18 説明
「これは一体全体、どういう事なんですかッ? 殿下!」
あれから五日。茶会後の週末に、突如メイドさん達がやって来て、『お引越しのお手伝いに参りました』とか言い出した時には、流石に絶句して、『引っ越す予定はありません!』と彼女達を追いだした。
だが追い打ちをかけるように送られてきた正式な書面に、翌日、バンと旧聖堂のベンチに、それを突きつけ、相変わらずそこで休息を取っていたらしい殿下に苦言を呈したら、パラパラと静かに書類を捲っていたユーシスの視線がチラリと一瞬だけリリを向いて、すぐに戻った。
なんだ、その無関心っぷり! すべての元凶はこの人だというのに!
「あのーっ!」
「書いてある通りだ」
「どうして私が生徒会に!? こんな話、ちっとも聞いていません!」
「良く見ろ。自分のサインがあるだろう?」
おぉぉぉぉうっっ、と、リリは書類を手にその場に項垂れる。
確かに、炭素紙を媒介に模写されたリリのサインは本物で、これは間違いなくあのお茶会の日にリリが綴ったサインだ。
原本は生徒会が保管しているはずで、そしてあの時バインダーに隠されていた内容が、この上に綴られている文言。
つまり、『下記の者を生徒会第二書記に補す』との内容を受理したということに他ならない。
何故だ。何故ちゃんと確認しなかったんだ、リリ!
何でちゃんと止めてくれなかったんだ、スオウ!
「私、目立つことは嫌なんですッ」
「単位が欲しいと言っていただろう?」
「それがどうしてこんなことに……」
「出席側でないのなら、主催者側にする必要があった。だが学園規定のお茶会に、楽団という役割は存在していない。従って君を生徒会の一員として、主催者側の仕事としてバックミュージックを受け持った、という体裁にする必要があった」
「でしたらせめて、この時だけの助っ人とか、仮所属とかっ」
「あぁ。考えつかなかったな」
そう淡々と述べながら手元の紙を捲る王子様に、んっの嘘吐き! と涙を噛み締めた。
これはもう、リリの負けだ。
あの時ちゃんと書類を確認しなかったせいだ……。
「もしかしてっ、一枚目のサインも何かこういう厄介なものだったんじゃっ」
「安心しろ。そちらは本当に、一度きりのものだ」
安心なんてできるか、ちくしょうっ!
「……殿下。お願いします。私には生徒会なんて無理です。取り下げて下さい」
お願いします、と、再び口にして頭を下げてみたところで、チラリとユーシスが視線を向けたのは分かったけれど、中々返事が無い。
あぁ、まったく。どうしたらいいのか。
「何をそんなに嫌がる? 生徒会に入りたい連中はごまんといるというのに。君にとっても別段、悪い話ではないだろう? 生徒会は少数精鋭。寮も人が少なく、人目につかないという意味では、一般寮よりはるかに他人との接触が少ない」
「見解の相違です。他人との接触が嫌なのではなくて、他人の衆目を集めるのが嫌なんです。そもそも、あれこれとイベントごとに精を出すような性質でもありませんし、何事も無く平穏無事に卒業することしか考えていません。それが、よりにもよって生徒会だなんて……」
そんな、ゲームの真っただ中に自分から飛び込んで、バッドエンドルートになってないよね、とか毎日ハラハラしないといけない生活は御免だ。
絶対疲れるに決まっているし、変なイベントに巻き込まれて被害を被るのは御免だ。
今世では、とにかく平和に、何事も無く過ごしたいのだ。
「今この現状、ここで生徒会入りを断った方が面倒になるとは思わないのか?」
「えっ!」
あ、え。そういう考え方もあったか?!
というか、その場合面倒を引き起こすのは間違いなく、この生徒会長さんですよね!?
「それは、殿下次第なのでは……」
「ふっ。間が抜けているようで、案外頭は回るらしいな」
「……」
えぇ、えぇ。もう、完全にこれは馬鹿にされてますよね?
もうそれでもいいから、すっぱり諦めてはくれまいか。
「そもそも殿下が私を生徒会に入れるメリットは何です? そんなもの、無いのではありませんか?」
「しいて言うなら、現在生徒会に一年が少なすぎる、ということか。来年度の体制を考えれば、そろそろ本格的に一年を補充しておきたい」
「はぁ?」
そんな理由かよ!
「まだ半年あるではありませんか」
「逆だな。もう半年見繕ってきたが、適性の有りそうなものは君くらいしか見つかっていない」
「私の前期末の成績をご存知で?」
「ぎりぎり中の上、といったところか」
知ってるんじゃないか! だったら生徒会に相応しくないことくらい、もうお分かりなはず。生徒会役員の大半は皆、首席争いをしてるような人達ばかりなのだから。
「成績は重要ではない。君を見ていて、紙面上の成績がその人の価値のすべてでないことは理解したからな」
私が原因かよ!
「適切か、そうでないか。必要なのはそれだけだ」
「でしたら尚更、有難いはずの申し出にぐだぐだと文句を言う生徒なんて、不適切そのものではないですかっ」
「君はそういうところが非常に冷静だ。与えられた仕事をやり遂げる責任感もある。その割に淡泊で、生徒会の役員達に対しても目の色を変えて媚を売る様子など微塵も無い。むしろ嫌がっている節さえある。そういう生徒は、それだけでも貴重だ」
おぉぉぉ……抜かった。確かに、そう言われてみればそうかもしれない。
生徒会メンバーにきゃぴきゃぴしちゃう生徒なんて、まず使えない。でも大抵はそういう生徒ばかり。男子だって、生徒会寮が男女混合なのを思えば、女子に対して紳士に接することのできる信頼のおける人物でなければ、採用なんてできない。
どちらにしても、採用は難しい。
その点、他人とのかかわりを望んでいないリリは、むしろ好都合なのかもしれない。
「……ですがっ」
「苦情は聞き入れない。これはすでに私の決定事項だ」
そうコンッと椅子を指先で叩いたユーシスに、リリも、むぐっ、と口ごもった。
分かっている……分かっているとも。
王子様が決めたのだ。いち貴族の令嬢に、どうしてそれをどうにかできようか。
「わ、私……寮は移りませんからっ」
でもそう何とか反論したところで、「好きにすればいい」と言われてしまった。
「仕事も手伝いませんッ」
「そもそも仕事などという物は自分で見繕って為すものだ。君にそうした適正が無いというのであれば仕方がない」
いや、納得されたらされたで怖いけど。
「本気で本気ですからねッ!」
「威勢がいいな。益々使えそうだ」
「おぉぉぅ……」
まったく通じていない気がする。
これ、もう、どうしたらいいの?
「苦情はもう終わりか?」
「……」
まだ言いたいんだけど、なんかもう、何を言ったらいいのか思いつかないです。
むしろ何を言ったらいいのか、教えてください。
「もう終わりなら、早く何か弾いてくれないか?」
「……」
えーっと?
ねぇ……王子様。私は別に、貴方のための個人楽士とかじゃないんですが。
別に、そのためにここにいるわけじゃないんですが。
「どうした? そのヴァイオリンは飾りか?」
はて? と首を傾げて見せた王子様に、「あぁ、もうっ!」と頬を膨らませてヴァイオリンケースを取り上げる。
この鬼畜王子め。
今に見ていろよ、なんて思いつつ、ヴァイオリンを引っ張り出す。
「ラートマの聖歌がいい」
そう無遠慮にリクエストまでして静かに書類に目を落とした、嫌なくらい様になった王子様に、ぷんぷんと腹を立てながら、でもうっかり、リクエスト通りの聖歌を情感たっぷりに丁寧に弾いてしまったのは、もう、音楽家の性なのだろうか。
優しい音色と穏やかな旋律に、ほのかに口元を緩めて聞き入る王子様はとんでもなく綺麗で、眩くて。
そのほのかに柔らかな空気が、どうしようもなく切なく美しく。
すべての人の中心にいるはずのその人が、今だけは、どうにも孤独に見えてしまって。
唇を噛み締めながら、慰めの旋律を奏でた。
くっそう。イケメンめ。
みんなみんな、滅んでしまえ。




