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その7

 大型商業地域にある、カフェテラス。その外に面したテーブル席に、目当ての人物は既に座っていた。


「やあ、久しぶり、二階堂さん」

「あ!信士先輩!」


 僕は彼女の対面に座る。


「で、今日呼んで頂いたのはどういう……」

「銀行用の資料が出来たよ」

「え!?本当ですか!」


 僕は彼女の目の前に、一つの書類の束を出した。

 彼女の顔が喜色に染まる。


「うん、売上とか、色々誤魔化してあるから、銀行融資も降りやすくなっているはずだよ。上手くすれば、ね」

「ありがとうございます!これで皆助かります!」


 彼女がそれに手を伸ばそうとした瞬間に僕は彼女の手を掴む。


「え……あの、先輩?」

「もう一つ、あるんだ」

「え?」


 そう言って僕はもう一つの書類を鞄から取り出し、彼女の目の前に置いた。


「……これは、何ですか?」

「廃部届、だね」


 廃部届、言ってしまえば、一般で言うところの破産申請書みたいなものだった。


「何で、そんなものを……?」

「今を誤魔化しても、早晩潰れると思ったからさ。いっそ潰してしまって薄い再起の目に賭けたほうが君たちにとってもいい。そう思ってね」

「……酷い!信士先輩は私達のことを《絆スターズ》の皆を裏切るんですか!?私達のところに戻ってやり直して頂けないんですか!?」

「……やり直せるものなら、やり直したい。いつもそう思ってるよ」

「なら……!」

「でもね二階堂さん。やり直せることなんて、人生にはそう多くない。受け止めて、前に進むのも一つの選択だと思うよ。さあ、どっちを君たちは選ぶの?」


 彼女は目の前に出された二つの書類を前に、僅かな逡巡を見せる。しかし―――。


「もういいです!これは、頂いて行きますから!」


 彼女は迷った末こちらを取った、という『素振りを見せ』不正会計の書類を手に取った。


「ありがとうございました。後は私達が、貴方の意志を継いで、あの部を立て直します」

「うん、ごめんね力になれなくて」


 彼女は自分の会計分をテーブルに置き、そそくさとその場を去っていく。

 この時、僕は確信していた―――やはり、彼女は嘘をついている、と。


 僕は事務所に戻り、森野さんと共に最後の作戦会議に入っていた。


「ダリアにお願いして、税会ビル内部に侵入して詐欺集団の隠れ蓑の部活だと思われる資料を全て調べないといけない。その繋がりから、大元を探る。でも、おそらくそんなに多くの時間は取れない。出来るだけ、目星をつけてから行かないと」

「……ふと思ったんですが、事情を話してダリアさんに全て調べて貰う、というわけにはいかないですかね?」

「ダリアはああ見えて、義理堅い。自分の所属している組織を根本から裏切ることは無い。一つ助けてくれる、ということは、それ以外はまったく期待できない、ということ」


 彼女の性格からして、それは真実だろう。やはり、僕らの力で本丸を見つけなければならないようだ。


「目星がついている部活は、《絆スターズ》の資料からいくつかと竜太郎の証言から取れた分、それだけしかない。本当はもっと資料が必要かもしれないけど、もう……」

「それに関して何ですが……多分あるかもしれません」

「何?」

「あの、人が嘘をつくのは、お金のことがほとんど。損得勘定で人は幾らでも嘘をつく―――そう思いますか?」

「思う」


 聞いた相手を間違ったかもしれない。森野さんにそんなことを訊ねたら、そう即答するに決まっている。


「絆スターズ……あそこはまだ、詐欺集団フェイスレスと繋がっている、そう思います」

「……ほう」


 森野さんの眼鏡の奥の瞳が怪しく光る。

 僕は元同僚の二階堂さんに接触された話を森野さんにした。


「……なるほど、でもそれでなぜ、彼女たちがまだフェイスレスと繋がっていると思う?」

「嘘つき、だからです」

「嘘つき?」

「僕はその部活では、指折りの正直者として有名でしたから。誠実でいることが人に信頼をもたらす。そういう信念で行動していました。その僕に不正を持ち掛け、二つの資料を提示した際、結局僕の意志ではなく、自分たちの都合を選んだ。つまり、僕にはもう用はないわけです。悲しいですけど」

「ハンカチ、いる?」


 森野さんは珍しく優しい言葉を掛けてくれた。


「いえ、クリーニング代は払えないので」


 ちっという舌打ちが響く。流石に森野さんの思考も読めて来た。


「別に悲しいけど、悔しくはないです、僕にはここがありますから」

「……そう」


 なぜだか、表情は変わっていない森野さんの顔が少しだけ嬉しそうに見えた。


「まあ、それが全てではありません。本当にそう思ったのは、彼女に渡された帳簿に嘘が沢山あったからです」

「どういうこと?」

「売上が少なく、借金が多い。それはまだいいですけど、取引量からみて、これは明らかに売り上げが少なすぎる。いくつかの取引先を隠していることは間違いない」


 真綾さんの言う、嘘を見抜く目。僕にもその価値が分かるようになってきた。

 嘘がある、という前提でものを見た時に、初めてわかることもある。

 それは、真宮寺真綾に出会ってからの、一番大きな財産だった。


「つまり―――裏帳簿が、ある?」

「はい、税務委員会に申告していない売上を管理している裏帳簿、それには恐らく本丸の取引が記載されている可能性もあります」

「行こう」


 高らかに森野さんは宣言する。

 僕らは絆スターズの登記場所へと向かうことになった。

 第二部活棟。かなり大型ショッピングモールのような場所の一角に、絆スターズは腰を据えていた。時刻は昼を回り、様々な人たちが道を行きかう。その大通りの裏路地を進み、その隅にひっそりとある絆スターズの部室の門を僕は潜った。


「……信士先輩!?」


 門を潜った直後に先程喧嘩別れした後輩に出合い頭でぶつかる。


「あ、ご、ごめんね。ちょっとさっき渡した資料に不備があってさ……」

「……はぁ?そうなんですか」


 明らかにやる気がない感じで受け答えをされる。


「ちょっと直すだけだから、少しここでやらせてもらっていいかな?」

「……はい、でも、少しだけですよ。午後から人が来るので……」

「うん分かった!すぐ済むから……」


 玄関を入ってすぐのカウンターの先はオフィスになっていて、僕はカウンターを抜け、向こう側へ行く。

 僕はまだ誰も来ていないオフィス内の机の一つに座ると、小声で胸に仕込んだマイクに喋りかけた。


「今、部内はまだ、二階堂さんだけです」

『了解、トイレの窓から侵入する』


 新しく装着したイヤホンから森野さんの声が聞こえる。


「絆スターズの構造は4部屋あって、トイレ横の部屋が倉庫になっているはずです」

『了解、完了し次第合図を送る』

「先輩」

「うわっ!?」


 気付かぬうちにすぐ横に二階堂さんがいた。


「お茶をお持ちしました。どのぐらい、かかりそうですか?」

「30……いや15分か20分か……とにかくそのぐらいかな?」

「……わかりました。ごゆっくり」


 僕は焦りながら、作業する振りをする。


「なるべく……早くお願いしますよ」


 元々嘘は苦手なのだ、いつボロが出るか分からない。

 永遠とも思えるくらいに、一分が長い。早く、作業終了の合図が欲しい。

 どのぐらい経ったのだろうか、時計を見ると、ようやく15分が経過しようとしていた。頑張って下さい、森野さん。


「先輩」

「!」


 再び二階堂さんが背後から声を掛けて来た。


「な、何だい!?」

「お茶……飲んで頂けてないようですね」

「え……あ、ああそれは、あんまり、喉渇いてなくて……」

「へぇ……そうなんですか」

「う、うん……」


 やばい。雰囲気が怪しい。これはもう、長居は出来ない。

 その時、イヤホンから三回、ノックのような音が響いた。森野さんの作業完了の合図だ。


「お、終わったよ!じゃあ僕は、帰るね」


 僕は慌てて席を立つ。早くこの場を立ち去ろう。


「……ああ、そんなに急がないでもいいですよ。もうすぐ、到着しますので」

「……え?」


 僕は玄関先で彼女の方を向き直った。その直後に、逆に玄関から入って来た誰かとぶつかった。


「あ、す、すみません……」

「いや、別に構わねえよ」

「そうですか、それじゃあ……」

「でも、帰せねえな」


 直後、僕は奴の顔を見た。


「―――中谷」


 中谷の後ろから、更に数人の男子生徒が現れる。


「たっぷり、おもてなしをしてやるよ。これからな」


 僕は―――死を覚悟した。

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