真宮寺真綾という女 その5
「ちょえ~っす……って、テメーかよ!」
僕は金成荘の児島竜太郎の部屋を訪ねていた。
竜太郎は僕の顔を見るなり扉を閉めようとした。
「……何かあったの、竜太郎君?」
久しぶりに見た竜太郎は、見る影もなく太り、髪の毛もボサボサになっていた。
「テメーのせいだよ!変なことをバラすから、外に出ねーで家に引き篭ってただけで……くっそー!」
半分以上自業自得だと思うが。
面倒臭そうなので、用件をとっとと済ませてしまおう。
「ごめん、ちょっとだけ、話を聞かせてくれないか?」
「俺はテメーと話す口なんざねーよ!帰れよ!」
「いや、話はしたほうが良いと思うよ?」
「何でだよ!」
「君が詐欺グループの一員だったってこと、バラされたくないなら」
せわしなく小刻みに動いていた竜太郎の動きが止まった。
「はっ……何のことだよ。そんな証拠はねーよ?」
「証拠ねえ、まあないけど、あまり関係ないと思うよ?」
「はぁ?」
「だって君が僕に喋った内容は、一言漏らさず僕は思い出せるからね。文字におこして、どこかのネカフェから警察に匿名のメールを入れるだけで済むでしょ?」
そう言った途端に、竜太郎は口を真一文字に結んで、鬼の形相で僕を睨みつけて来た。
「てめぇ……」
「悪いけど、怖くはないよ?だって、あの赤い着物の人の方が怖いじゃない」
ダリアさんのことを持ち出したとたん、竜太郎の目からは急に覇気が失われた。よっぽどトラウマになっているらしい。
「僕は君に聞きたいことがあるだけなんだ、ちょっといいかな?」
「……早くしろよ、もう」
大人しくなった竜太郎から、僕は必要なことを聞きだした。
それを聞いて、僕は、バラバラのように見えたピースが、全部繋がっていくのを感じていた。
そう、全ての絵は僕を中心に回っているような気がしてきていた。
日も暮れはじめた夕方に事務所に戻ると、森野さんはもう戻って来ていた。
「ただいま戻りました」
「座って」
森野さんに促され、僕は椅子に腰かける。
「何から、話そうか」
「その前に、聞きたいことがあるんですが」
「関係のある話?」
「まあ、関係あると言えば……」
遠回りだが、一つ、確認しておきたいことがあったのだ。もしかしたら、いや、もしかしなくても、協力を仰がなければいけない人物について。
「ダリアさんのことです」
「……だと、思った」
「一体、真綾さんとダリアさんの間に何があったんですか?それを聞かないうちは、前に進めない気がするんです。真綾さんを、救うためにも」
「……そろそろ、頃合いか」
意を決したかのように、森野さんは口を開いた。
「少し、長くなる」
僕は一つ頷いて、彼女の次の言葉を待った。
※
「高遠先輩!」
「ああ、ダリアさん。今日も元気だね」
「さん付けなど我には勿体ない言葉……高遠先輩のほうが年上なのですから、もっと上段に構えて頂いても……」
「いや、僕は全ての人が自分より上などとは考えたことはないよ。君も例外じゃない。だから、ダリアさんと呼ばせて下さい」
「高遠先輩……」
※
「……あの、ちょっと待ってください」
「何?」
僕は事務所のプロジェクタに映された紙芝居風の動画を見せられていた。
「これ、何ですか?」
「ダリアがこの事務所……前身は『高遠玲人税務士事務所』だった頃の模様をダイジェストでまとめた紙芝居絵巻」
「……へ、へぇ~」
森野さんは得意げに眼鏡をクイクイと上下させている。
「あの、もしかして野暮用ってこれ作ってたんですか?」
「ふふふふふ」
棒読みの笑いで返されても、実に反応に困る。というか、こんなものまで用意して、話す準備だけは万全とか、よっぽど話したかったのか……?
「声は勿論当時の音声を録音した私のICレコーダーからおこした。ダリアが見たらきっと悶絶もの。ほら、高遠さんにデレデレ」
悶絶した後に、こちらの命が保証出来ないので見せないほうが賢明だと思う。
「まあ確かに、これだけ聞いてると、好きだったんだろうなあってのは分かりますけど」
「そう、品行方正、イケメン、高身長、全てにおいてパーフェクト。ダリアの憧れる素晴らしい所長だった。でも、それが真綾のせいで、学園の労役送りになった」
「ええ!?」
「正確には、全てが真綾のせい、というわけではない。ダリアも言っていた『フェイスレス』という詐欺集団のせい。人に慣れさせるために真綾を嫌々行かせた顧問先の部活に、そいつらが巣食っていた。真綾はそれを帳簿から見抜いたけど、報告する前に、会計責任者の真綾をスケープゴートにして彼らは逃げてしまった。そこで、責任を感じた高遠さんが真綾の代わりに罪を被ると言いだし、警察委員会に捕まり、労役送りになった。そこで、この事務所は一旦解散、以下は君の知っている通り」
「それで、ダリアさんは真綾さんを恨みに思っている、と?」
「勿論悪いのは詐欺をした奴らだってことくらい分かっているはずだけど、割り切れないのかも」
「それまでの二人の仲は、どうだったんですか?」
「妹をあやす、姉」
姉がダリアさん、妹が真綾さんか。それはそれで、微笑ましい関係だったのかもしれない。ただ、我が強いダリアさんの相手は、真綾さんにはきつかったのだろうけど。
それでも、今の敵意をぶつけられている関係よりは、何倍もマシだろうな、と思う。
「何とかしようとか、考えてる?」
「森野さんは、これで良いと思っているんですか?」
「私は他人の関係に首を突っ込む気はない。それは私にとって、無価値」
森野さんはすげない態度で応じる。僕は納得がいかずに、森野さんを見つめる。
「でも……それが私にとって、損になるなら、考えなくもない。二人の関係が改善して、この事務所のプラスになるなら、それが一番いいかも」
そう言って、森野さんはプイッと横を向いてしまった。もしかして、口ではそう言っていても彼女も……。
「ありがとうございます。参考になりました。ダリアさんを説得出来れば、ぼくらの捜査も捗ると思いますし」
「でも、どうやって?」
「それは、今から考えるんですけどね……」
「……話が逸れたけど、今回の事件のこと」
「はい、何か手がかりでも?」
「今回の事件の犯人は高遠先輩を嵌めた集団と同じ、いま学園で暗躍している犯罪組織フェイスレスである可能性がある、そうダリアは言っていた。そして、それは恐らく事実」
「何か、証拠でも見つかったんですか!?」
「証拠と言うより、手口の問題。私も少し、被害にあった部活を調べた。元の高遠先輩の事件も。共通するのは末端の組織の人間は上の人間を知らないということ。まるでねずみ講のように、親から子へ分派し、命令が伝達されている。『顔がない』組織というより、実態がない。犯人が誰なのか、見当もつかない。だから警察委員会も、税会も手を焼いている」
「真綾さんを騙った人間達も、末端なんですか?」
「それを調べていた。被害にあった部活に話を聞くと、偽真綾は一応姿形を似せ、顔の特徴も似ていた。調べた上で、彼女を騙っているのは間違いない。つまり、意図的に罪を被せている」
「狙われた、と?」
「そう、ピンポイントで真綾を、ね。どんな意図があるのか知らないけど。でも、これは確か、フェイスレスの詐欺の大きな特徴に『変装』がある、ということ」
「変装……って、演劇みたいなことですか?」
「ううん、それよりもっと巧妙。特殊メイクを扱う人間が組織にいるらしく、顔を変え、詐欺に及ぶこともあるらしい。今回の事件にある共通項は、これ。そして、そんな技術をこの島の中でおいそれと使える人間は限られる。間違いなく、同じ犯人だと思う」
何という、恐ろしく、そして卑劣な組織なのだろう。上の人間は安全圏にいて、末端から吸い上げ、こうして正しい人間が割を食う。そんなこと、許されるわけがない。
「でも、この学園の人間なんて数には限りがあるでしょう?調べようと思えば、流石に誰が蛇の頭か分かりそうな気もしますが……」
「そう、確かに主犯の名前は一度上がった。名を烏賢太郎
からすけんたろう
しかし、そいつは姿を消し、未だ表舞台に現れることなく、暗躍を続けていると言われている。偽名、変装、そういったものを駆使して、未だ逃走を続けている。もしかしたら、どこかですれ違っているかもしれない」
「あの、もしかして、ですが、僕、奴らの尻尾を掴んでいるかもしれません」
森野さんはこちらを向き、目を見開く。
「どうやって?皆が血眼になっても見つからない相手を……」
「竜太郎です。僕が詐欺に逢った話はしましたよね?あいつは僕を嵌めた犯人の一味だったことがあるんですが……今は抜けていますけど、その集団はその『フェイスレス』の組織の一つ何じゃないかと思って」
「何を根拠に?」
「これです」
僕は一つの帳簿を森野さんに見せる。
「これは……」
「そう、この絆スターズ、僕が前に居た部の帳簿です。その、過去の取引先を見て頂けますか?」
「これは……」
「そう、組織に必ず頂点があるなら、それが集約する場所があるはずです。取引に使われたお金はどこかで必ず循環して、目的の場所に辿り着きます。そして、絆スターズは比較的新しい部活です。その中で、竜太郎はトップの営業マンだった。彼が開拓した部活の中に、高確率で犯人が隠れ蓑にしている部活があるのでは、と」
「……貴方を嵌めた詐欺集団のいた取引先だけではなく?」
「それはもう、潰れて存在しない部活になってます。でも、帳簿を見ていると、他にも怪しい、架空取引のようなものが沢山あります。もう、竜太郎に確認はとりました。そのリストがこれです。これらの部活を全部つなげていけば……」
「主犯の潜伏している部活に、辿り着く?」
「はい」
「……それを検証するには、他にかなり膨大な、詳しい資料がいる。税会にあるような」
「だからこそ、ダリアさんの協力が必要なんです」
僕は語気を強めてそう言った。




