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最終話 魔法使いは幸せに笑う

 週末、森田と共に出席した魔女集会では、物凄く緊張しまくっていた森田に散々笑わせて貰い、アビゲイルと二人で覗いてはクツクツと笑い合った。

 血の儀式何て言われているがまあ、はっきり言えば大規模な見合いだ。

 魔女に話し掛けられる度にビクつく森田は、格好の餌になってくれた。


 まあ、俺も野村とのコンビを解消したもんで色々とちょっかい掛けられはしたが、そこは慣れでのらりくらりと躱し。


 アビゲイルと二人、森田を見ながら笑っていた事がバレてぶすくれた森田を、詫びだと言ってアビゲイルの屋敷に招待された途端、とんでもなくご機嫌になったが。まあ確かに、勝手に動く掃除道具や調理器具ってのは、子供の頃にアニメで見たシチュエイションだからな、興奮するのも解るが。


「見て下さいっ、箒が、箒がっ!」

「うわ、勝手にワインを注ぎましたよっ!」

「あ、見ましたかっ!?今庭の木が勝手に形を変えましたよっ!」


 と、一々煩い森田に「少し黙ってろ」と言ってしまうのは割と早かった。

 アビゲイルはそんな森田を可愛い奴認定していたが。


「面白い子だね」

「まあな」

「瀬尾さん!僕も家を建てたらやりたいですっ!」

「やれよ、勝手に」


 目をキラキラとさせてそう言う森田に即答すれば、アビゲイルがクスクスと笑い出す。


「君は全く興味を持たなかったから、何だか新鮮だよ」

「珍しいもんでもねえだろ」

「まあ、君の家ならそうなんだろうけどね」


 ああ、そうか。

 アビゲイルの言葉がやけに腑に落ちた。そりゃそうだ、森田は突然魔法使いになったんだから、慣れてなくて当たり前だった。


「……悪い、理解はしてたはずなんだが」

「君の悪い癖だね。自分を基準にしてはいけない」

「ああ、解ってる」


 その後も森田は、折角の別室だってのに「瀬尾さーんっ!」と言いながら俺の部屋まで走って来ては、勝手に着替えさせられただの、風呂のタオルが洗ってくれただの、細々と報告に来ては嬉しそうな顔をして戻って行った。

 どうやらやっと寝たらしく、森田の声が聞こえなくなって既に一時間経つ。

 やっと眠れるかと、俺もベッドに潜り込んだ。


「瀬尾さん、聞いて下さい。僕明日の朝は六時に起こして下さいって枕さんに言ったんですよ。そしたら本当に六時に枕さんが僕の頭をゆさゆさと揺さぶってですね」

「……枕『さん』ってなんだよ、枕『さん』て」

「え、だって、頼んだ通りに六時に起こしてくれるなんて、枕さん以外ないじゃないですか!」

「解らん、俺にはお前のその理屈が解らん」


 興奮しっぱなしの森田とアビゲイルと三人で朝食を摂った後、この屋敷から日本に戻る事にする。転移の魔方陣がある部屋に入り、アビゲイルに礼を言った。


「また来てよ。歓迎するよ」

「ああ、アビゲイルもな」

「森田君、君もだよ?」

「いいんですか!?是非、また来させて下さいっ!」


 満面の笑みで答えた森田にアビゲイルはにこにこと笑いながら、うんうんと頷いていた。


「じゃあな」

「お世話になりました!」


 そうして魔方陣に乗り、繋げてある日本の会社にある魔方陣へと出て来ると、森田がまだ興奮状態ではあったが。


「あ、そういや魔女の誰かと上手く行ったのか?」


 そう聞けば、途端にしょんぼりと肩を落としてしまった。

 いや、見てたから知ってるがつい、意地悪をしたくなっただけだ。


「僕、やっぱり魔女の人怖かったです」

「……森田、気にするな。何回か出席してればその内慣れるさ」

「そうでしょうか?」

「勿論だ。それに、本当ならまだ森田には早いからな」

「やっぱりですか!?僕、瀬尾さんに上手く乗せられたなって思ってたんですよ!」

「俺は森田のお蔭で助かったぜ」

「酷いですよ、生贄ってこの事ですよね?」

「まあな」

「くそうっ、まんまと嵌りましたよっ!」


 素直に自分の感情を出しまくる森田を見ながら、その若さが羨ましいと思った。

 俺には出来ない事をやってくれる。


「さて。送るぞ?」

「あ、いえ、大丈夫です。実は僕、会社の近くのマンションを借りる事が出来たんですよ」

「ああ、便利だよな」

「はい。瀬尾さんはどうしてあそこを借りなかったんですか?」

「んー……、あ、森田、マンション借りたの何時だ?」

「え?ええと、引っ越したのは実は先週末なんですよね」

「ふうん」

「なので、あんまりまだ自分の家って感覚がないんですけど」

「そうか。ちなみに、誰の紹介だ?」

「良く知ってますね?あの、井達さんて方なんです、輸出部の」

「ああ、井達さん、うん、知ってる」

「そうですか。あの人なんかおっとりしてていいですよね?」

「あー、うん、そうだな」

「……どうせ瀬尾さんは興味ないでしょうけど」

「まあ、好みではない」

「はいはい、いいですよ、僕はこれでも必死なのにまったくもう」


 普通の『人間』ならな、と心の中で付け足しておいたがまあ、まだ黙っておいた方が良さそうだ。


「じゃあな、そろそろ帰るわ」

「あ、はい、あの、ありがとうございましたっ!」


 そうして会社前で別れた俺は、駐車場へと歩き。

 何となく振り返って森田の後ろ姿を見送った。


 森田に幸あれ。


 何となく森田を戦場に送るような気分になってしまったが、まあ、アイツもSランクの魔法使いだ、危なくなったら自力で切り抜けるだろうと、俺は踵を返した。


 会社に近いマンションって事で気が付かないと駄目だな、森田。

 そこは魔女の巣窟だって。

 ま、頑張れ、お前の未来はお前自身で勝ち取るんだぜ?


 そんな事を思いながらミモルトゥのエンジンを掛け、俺はマンションへと戻った。



     ***     ***     ***     ***



 薫に怪我をさせた奴は意外とあっさりと見付かった。

 まあ、同じ電車を利用してりゃ見付かるのも早いんだがな。


『バッド・ラック』


 そいつが電車を降りる際、耳元でそう囁いてやった。

 振り返ろうとしたが、人波に押されてそのまま消えて行くのを見送る。ま、今日一日不運な事だろう。薫が怪我をした所を見たが、まだアイツの爪の後が付いていたからな。

 ったく、ふざけんなっつうの。俺は猿を相手にしても全力出すからな。

 そう思いながら電車を降り、会社に向かって歩いていると後ろからスーツを掴まれ、驚いて振り返った。


「あ、おはようございます、瀬尾さん」

「……おはよう、薫」

「何度か呼んだんですけど、気付かなかったみたいなので。あの、どうしたんですか、もしかして事故とか」

「いや、偶には電車もいいかなと思ったんだが」

「そうなんですか。瀬尾さんがいるからビックリしましたよ。もしかして事故でも起こしたんじゃないかと思いました」

「ああ、心配してくれたのか」

「い、ち、違いますっ」

「ありがとう、薫」

「違いますったら!」


 頬を染めてそう言う薫を見下ろしながら、朝からツイてるなと上機嫌になる。

 随分と俺も単純になったようだ。


「薫、今度のデートはいつにする?」

「ええと、ちょっとここの所忙しいんですよね」

「ふうん。で?いつなら空いてる?」

「……偶には人の話しを聞きましょうよ」

「聞いてるだろ?で?いつにする?」


 そして、溜息を吐きながらも今週は金曜しか空いてないんですと言って来る。


「じゃあ金曜だな」

「解りました!」


 出勤する人の中、一緒に歩いて会社に向かっている事に気付いているのかいないのか。

 まあ、随分気安くなってくれたなあとは思う。


「なあ、偶には少し遠出をしてもいいかな?」

「え?」

「週末。ここから一時間ちょっと掛かるが、美味い店を知ってるんだ」

「な、何がお勧めですか?」

「海鮮類。季節によって色々とメニューが変わるんだ」

「へえ、何か本格的っぽい感じですね?」

「店主のこだわりの店だからな。本当に美味いぞ?」

「……行きます」

「うん、じゃあ連絡しておくから」

「よろしくお願いします」


 薫は肉より海鮮類が好きってのは理解してるからな。

 誘うならやっぱりこっちの方が頷きやすい。


「あ、じゃあ失礼します」

「ああ」


 四階に着いたエレベーターを降りた薫は、一度振り返って頭を下げた後歩いて行った。

 何かこういうのも良いなあと思いながら部署に入ると、新しいジェネラルである藤田さんがニヤニヤしながら話し掛けて来た。


「見たよー、朝から一緒とはねえ」

「駅で一緒になっただけですよ」

「あれ、週末一緒だった訳じゃないの?」

「俺は魔女集会に出てましたよ」

「ああ!そう言えばそんな時期だ。なんだ、やっと瀬尾君に陥落したのかと思ったのに」

「手応えがあり過ぎて苦戦してます」

「ふうん?でも、何だか楽しそうだね?」

「当然でしょ。楽しくなきゃこんなにしつこく絡んでないですよ」


 魔法使いの世界では既に薫は有名人だ。

 誰が撮ったのか、薫の顔写真まで出回ってた時にはそれを燃やしてやったが。

 まあ、俺がそうして一々反応するのが珍しいからってんで、余計に薫が有名になってしまったんだが。


「おはようございます、瀬尾さん」

「おお、森田、おはよう」

「朝、片野さんと一緒に出勤したそうですね?」

「駅からな」

「なんだ、やっぱりそうでしたか。残念です」


 どうやらまだ無事らしい森田は、そう言ってニタニタと笑っていたが、俺の反応が薄い事に気付きどうしたのかと聞いて来た。


「ん?んー、初めて週末に飯を食いに行く事になったんだがな」

「え、やったじゃないですか!」

「ここはやっぱまだ大人しくしているべきだろうと思うんだよな」


 そう言うと森田が笑顔のまま固まったが。


「なんだよ」

「い、え、あの、本気で?」

「まあな。本気で落としたいから、まだだなと」


 俺の言葉に部署内が凍り付いたようにしんとして、誰も何も言わず、何の音も聞こえなくなったがまあいい。


「せ、瀬尾さん?」

「なんだよ」

「あ、その、ぼ、僕応援してますっ!」

「おう。ま、まだ紳士的にエスコートするさ」


 その代わり、ゴーサインが出たら覚えとけと思いながらも、新たな決意を胸にしながらもその後も変わらず薫を誘っては飯を食べ、軽くデートも熟し。

 そして、そんな生活も一年が過ぎた頃。


 その日も週末に海鮮の店に行く事が決定していて、湾岸線をミモルトゥで走っていた時の事だった。窓の外を過ぎて行く景色をぼうっと眺めていた薫が、ふと口を開く。


「そう言えば、あれって結局何だったんだろう?」

「あれ?」

「そう、ええと、英語の呪文?」


 ――来た。

 そう思った瞬間、思わず口角が持ち上がる。


 畳み掛けるように泊りの約束をさせた俺に、薫は一言「くたばれ」とありがたい言葉をくれた。


 思わず上機嫌になり声を上げて笑う。

 薫はそんな俺に、顔を赤らめながらもむすっとしていたが。

 海鮮料理の美味しさに頬を緩め、この一年、紳士的に接してきた俺に直ぐに警戒を解く辺り、可愛い奴だと思う。


「さて。話しをしようか、薫?」


 海が見えるホテルで、どうやら覚悟を決めたらしい薫と向き合った。

 そして、次々と魔法を披露して楽しませた俺に、「本当に魔法が使えるんだ……」と呆然としながらも目を輝かせた薫に優しく微笑む。


「薫、良い事教えてやろう」

「え、何ですか?」

「あのな、魔法使いの掟でな」



 ――魔法が使える事は家族以外には話しちゃいけないんだ。



 そう言ってにやりと笑った俺に、必死で見てない聞いてない私は何も知らないと言い続けたが、まあ、色々と楽しませて貰った訳だが。

 

「薫、俺と結婚してくれ」


 朝日が登る海を眺めながら、そう言って指輪を差し出せば、薫は顔を赤く染めながらこくりと頷いた。

 あの冷え冷えとしたマンションが薫のお蔭で温かくなった頃、森田がとうとう魔女に捕まったり、薫の兄と弟が遊びに来るようになったりと、俺の生活も色々と変わったが。


「ただいま、薫」

「あ、お帰りなさい、和樹さん」


 そう言って笑う薫が傍にいてくれる事が、俺の一番の幸せだ。




~終わり


――その後、片野家の片隅で。



 『ランス・オブ・ロンギヌス!』



 「おおおおおおおっ!」

 「すげえ、やっぱすげえよロンギヌスの鎗!」

 「結婚するようアドバイスして良かったな」

 「大変だったけどね」


 何て言うやり取りがあったとかなかったとか。


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