プロローグ
高校二年の冬休みを一週間前に迎えた俺は、放課後、寄るべきところもなく真っ直ぐに家に帰ると、上着とズボンを脱ぎいつものようにベッドの上にうずくまった。
スマホを片手に検索した動画を眺め、2chのまとめサイトを見ているうちに窓の外は暗闇に沈む。
何もない日々。
やるべきことはやり、やるべきでないことはやらない。
どこに行きたいということもなく、ひたすらに怠惰に暮らす。
大きな変化もなく、おだやかな、退屈な毎日。
……昨日はまでは。
好きな子がいる。
同じクラスの篠崎彰子。ずっと隣の席で、挨拶や雑談を交わす程度の仲。
それだけで俺は満足していた。
はずだった。
来年の進学票が配られたとき、不意に彼女は俺を向いていった。
「また同じクラスになるといいね」
そう言われた。
嬉しかった。
そして気付いた。このままでいいはずが、ない。
このままでは、このままの関係すらもなくなる。
そして、このままの関係ですらも……もっと、と思っていた。
何度も思ってはいたのだ。
放課後同じ道に彼女がいたとき。
図書館でひとりでいるとき。
声をかければようとして伸ばしかけた手を何度も下ろした。
かけるべき言葉がうかばなかったのだ。
ベストの対応をしている自分をイメージしようとして、イメージできたら行動しようと思い、結局、それは見つからず、あたふたとしている自分だけをイメージしてしまい、結局、俺は、つまり、怖気づいていた。
唯一、行動に移そうとしたこと。
それは、手紙を書くということだった。
ラブレターだ。
メールで書こうとも思った。実際スマホには書きかけの彼女への手紙が何通も下書きフォルダーに入っている。
絶対に見せられないものだ。
俺は駅ビルに入った大き目の文具店に行き、ファンシーな感じのする(あくまで感じだ。本当のファンシーを俺は知らない)便箋を手に入れ、彼女への手紙を書いた。
昨日のことだ。
早朝、俺は学校にいった。
誰もいない教室に入り、自分の席に座る。
まだクラスメイトが来る様子はない。
俺は彼女の机の中を覗いた。ノートが一つあった。数学のノートのようだったが、取りだしたりはしなかった。
俺はそのノートの下にすべりこますように手紙を入れた。
それから席を離れ、トイレにいった。
個室の中に入り、みんなの登校する時間を待つ。
始業五分前、俺は教室に入る。
「あれ、内村どこいってたの?」
くだんの席に座る篠崎彰子がなんともないって顔で声をかける。
「ちょっとトイレ」
苦笑いをつくって俺は席に座る。まだ読まれていないようだった。
一時間目は数学の授業だった。
彼女がノートを取りだす。同時に俺の手紙が落ちる。
彼女はそれをひろい、封筒の裏面をみて俺の名前を見つける。
そして、そのまま手紙を俺に渡す。
「こういうの、困るから」
彼女は表情をみせない顔つきで言った。
「おう」
俺は素直にそれを受け取った。
その日、そのあとの記憶はない。
今朝、彼女は俺を顔をあわせると、いつものように「おはよう」と挨拶をしてきた。
俺のほうも、おはようと返事をする。
なにも変わらない。
変わったのは、ただ、それが表面上のつきあいだと再認識しただけだった。
無為、だ。
ベッドの上に転がり、彼女のことを思い出し、けれどもそれ以上のアクションは何もできない。
ずっと心の中で高鳴りと、焦りと、自責の怒りとを回転しつづけるだけだ。
気持ちが一周すると疲れて、また無気力になる。
多くを求めてはいないと思いながら、多くを求めていた。
ずっとこのままでいればいいだって?
このままも、もうない。
俺はスマホを手に取る。
そこには答えはなにもない。
出すメールすら思い浮かばない。
自分がなにものでもないということを気づかされて、でも、それじゃいけないのではと焦る。
平凡に生きればいいとも開き直れず、かといって自分が平凡にいるとも思えない。
たぶん、それ以下、だ。
今日も一日が終わる。
カーテンの外にのぞける宵の空。
窓の外で車が通り過ぎる音がする。
止まりもせず、それは去ってゆく。
何かをしなければならない。
何かをしなければ、俺はこのまま落ちてゆく。無気力と、ただ感情の渦巻きだけを抱えて、どんどんとどこかに落ちて、そして消えることもできずに、泥の中に深く沈んでゆく。
何かを。
何を?
画面を消えたスマホの画面をタッチする。
何かの広告サイトが表示されたのだろう。
画面が変わり、黒の画面の中に、シンプルな白文字がゆっくりと浮かび上がる。
『勇者の皆さまをお手伝いするお仕事です』
そして文字が変わる。
『ゲームマスター募集』
小さなアイコンがその下に浮かび上がる。
『参加する』
――馬鹿馬鹿しい。
そう思いながら俺はそのアイコンをタップしていた。
そして俺はゲームマスターになった。




