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1話 約束は守ろうね

 あと1点。


 あと1点あれば、アレを買ってもらえる。


 高校1年生の俺は親と約束していた。


 1学期期末テストで9割5分取れば、最近流行りのゲーム機を買ってもらう。


 親的には、この俺が取れるわけがないと思っていたのだろう。


 1学期中間では7割もなかったんだから。


 中間テスト後、俺は死ぬほど勉強した。


 平日は学校から家に17時に帰って来て、19時まで自分の部屋で勉強。


 風呂やご飯を済ませた後、20時から23時半まで勉強。


 休日は6時に起きて7時から勉強。


 12時から13時まで休んで、19時まで勉強。


 20時まで休んで23時半まで勉強。


 こんなふうに、高三の受験生にも劣らないレベルで勉強をしていた。


 そして今、1100点中1044点。


 あと1点。


 あと1点なんだよ。


 目をガン開きにして採点ミスを探す。


 だが、世界史の96点の解答用紙に間違いはない。


 どうしても一点足りない。


 「先生!大問1の(3)なのですが、ミズーリ妥協線は北緯36度30分のはずなのですが、問題には北緯36度36分と書いてあります!」


 声を上げたのは、俺がほぼ話したことのない相澤という男。


 「あー。確かに。これじゃあ問題が成立しないね。ここでバツくらってる人持って来て。2点あげる」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は心臓が止まった。


 それくらい、嬉しかったのだ。


 名前しか知らない英雄に感謝を示しながら、俺は先生に解答用紙を持っていく。


 「おー。田中。確かに、バツくらってるね。はい98点。それにしても、お前なんでそんなニッコニコしてんだ?」


 「ふぇ?」


 「2点上がったくらいでそこまでニッコニコになるか?」


 何て言おうか。


 正直に言っていいものか。


 「先生。受験は2点でも大きく変わるもんですよ?」


 「いい心がけだ。」


 咄嗟に出てきたテキトーな言い訳が褒められた。


 少し複雑な気持ちだった。


 家に帰ると、母は震えていた。


 昨日見せた点数共が良かったからだ。


 きっと、親は冗談のつもりで「期末テストで9割5分取れたら、VRMMOのハードを買ってきてあげるよ」って言ったのだろう。

 

 「て、点数はどうだった?」


 「合計1046点。超えたからな。9割5分」


 「そんなぁ」


 VRMMOのハード、今主流のβ-questは税抜き12万9800円。


 一般家庭にとって、相当痛い支出だ。


 しかし、俺はとったのだ。


 払ってもらわねば。


 容赦はしない。


 「ね、ねぇ、陽太。やっぱり、アレはなかったこ」


 「あ゛あ゛?」


 少し睨みつけた。


 俺からしてみれば少しだったのだが、母にとっては怖かったのだろう、すぐに


 「そ、そうよね。」


 と続けた。


 俺がやりたいソフトは「Barbaroi Online」。


 税抜き5800円。


 こちらは約束に入ってなかったので、自分で買う。


 っていうか、世界史のテストが帰ってきた授業の直後、〇mazonで注文していた。


 明後日には来るだろう。


 「明後日までにβ-quest買ってきてね」


 母の両肩を掴んで、ほんの少し笑顔で言った。


 2日後。


 ピンポーン


 インターホンが鳴る。


 ソフトが来たようだ。


 「はーい。今行きまーす」


 ガチャリ


 「ザック様でよろしいでしょうか?」


 「あー。えーっと。ソウデスヨ」


 そういえば、〇mazonのアカウント名がザックで、っていうか俺の使うアカウント名はほとんどザックなのだが、その名で注文してしまっていた。


 コンビニ受け取りにしていたら、さぞかし恥ずかしい思いをしただろう。


 想像するだけで、寒気がする。


 「こちらの方にサインをしてもらってよろしいでしょうか?」


 「はい」


 配達員がタブレットを俺に突き出す。


 何てサインしたらいいんだろう。


 なんだかんだ言って、自分で注文したの初めてだったんだよな。


 今まで、親のメールにリンクをはっつけて、金を渡して買ってもらってたから。


 俺は少し悩んだが、サイン欄に「ザック」と書いて、丸で囲っておいた。


 何とも変なサインだ。


 「はい。ありがとうございます。こちらが商品です。ありがとうございました」

 

 そう言って、配達員は去っていった。


 「陽太。まさか、来たの?」

 「うん。早くハード買えよ。今日までって言ったよなぁ?」


 「………っ。」


 母は黙り込んでいる。


 買うという選択肢しかないのに。


 早く買いに行けばいいのに。


 「……ふざけないでよ!?家の財政は良くないのよ?そんなお金出せるわけないじゃない!」


 「財政が良くない?そりゃ残クレで買ったア○ファードのフロントがベッコベコになって修理代と将来の買い取り価格が下がった事に対して言ってるのかな?買う時言ったよね?残クレだけはやめとけって。そん時あんたなんて言った?『心配でちゅか?馬鹿でちゅね〜。』だったか?馬鹿はどっちだ?」


 残クレは、事故を絶対に起こさない自信がある、または最初から車を買い取るつもりならば、いい選択肢なんだがな。


 「………っ。だから何だっていうのよ!とにかく、うちは苦しいの!わかる?」


 「ん?約束を破るつもり?」


 「親に向かってその態度は何なのよ!」


 「約束も破らない親ねぇ」


 「うるさいわねぇ!もうわかったわよ!金をあげるからさっさと買ってきなさいよ!」


 「え?何言ってるの?あんた『期末テストで9割5分取れたら、VRMMOのハードを"買ってきてあげる"よ』って言ったよね?俺はあんたに買って欲しいわけであって、あんたらの金で買いたいわけじゃないんだよ。」


 「…………はあ、わかったわ。銀行行って、金をおろしてから電気屋行って来るわ」


 あー、スッキリした。


 なにかと俺の母苦手だったのよ。


 いつも俺のこと馬鹿にしてる。


 1学期中間なんか、平均とっただけで褒められた。


 「よかったでちゅね〜」って。


 俺は赤ん坊か。


 食事中に舌を軽く火傷した時は「ベロがネコちゃんでちゅか〜」って。


 俺は赤ん坊か。


 2時間後、母親はどでかい箱を持って帰って来た。


 これが俺が求めていたものだ。


 嬉しい。


 「ありがとう」


 そう言っても、母は俺の目を見ようとしない。


 「チッ」


 そう言って母は階段を上がっていった。


 俺に原因があるのか?


 もう少し、自分が言ったことに責任を持った方がいいと思う。


 今回のことが良い灸になればいいのだが。


 俺は何か引っかかりを感じながら、β-questが入ったダンボール箱についている「ワレモノ注意」のテープをハサミで削ぎ落とした。

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