兄と弟
澄み渡る青空
一八一四年、春。
ナポレオンという名の「誤答」が消え去った欧州の地図の上に、ベルナドットと同志たちが導き出した美しい「正解」が、どこまでも澄み渡る青空のように広がっていた。
パリ、アンジュー通りのデジレ邸。
陥落したばかりの都の喧騒をよそに、欧州で最も恐れられた北方軍の精鋭たちによって、いかなる略奪も許されない厳重な警備が行われていた。
ビューロー、ヴォロンツォフ、ヴィンツィンゲローデ、そしてチェルニショフとテッテンボルン。
かつてハノーヴァーで、あるいはロシアの凍土で、ベルナドットという名の主宰者の下に集った者たちが、今、ひとつの計算式を解き終えた安堵とともにそこにいた。
邸宅の扉が開かれ、一人の女性が姿を現した。
スウェーデン王太子妃、デジレである。
彼女は、泥と硝煙にまみれながらも誇らしげに胸を張る将軍たち一人一人の顔を眺め、最後にビューローの前で足を止めた。
「……あなたが、ジャン=バティストが手紙で言っていたビューロー閣下ね」
デジレは慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、ビューローの煤けた手を取った。
「ハノーヴァーのときから、あなたのことはちっとも変わらない、と。……あの方の手紙にはね、公式な報告の裏側で、あなたの名前が何度も、何度も出てくるのよ」
デジレは一度言葉を切り、ビューローの煤けた手をさらに優しく包み込んだ。
「あの方はね、いつも手紙のなかで、あなたのことを『私の兄』と呼んでいたわ」
「……兄、だと?」
ビューローの身体が、目に見えて震え始めた。
ハノーヴァーの夜。ベルナドットから手渡された、非業の死を遂げた弟ハインリッヒの遺稿。
あの日から、自分でも意識しないままに、彼は弟の面影を追い、ベルナドットという名の「もう一人の弟」を支え続けてきたのだった。
「あいつ……あの鼻持ちならないガスコーニュの野郎が、そんなことを……」
ビューローは堪えきれずに顔を覆った。
勲章を揺らし、全軍の先頭に立ってナポレオンを粉砕した鉄の将軍が、パリの柔らかな光のなかで、一人の子供のように声を上げて泣き出した。
弟を失い、孤独に戦い抜いてきた彼の心のなかで、ようやくすべての計算が終わり、温かな「正解」が導き出された瞬間であった。
「おいおい見てくれよ、あの頑固なビューロー閣下が、女性の前で泣き虫になっちまったぜ!」
チェルニショフがいつもの調子でテッテンボルンを突き、大笑いしようとした。
「全くですね、オヤジの『兄貴』にしては、少しばかり……」
「……黙れ、チェルニショフ」
ヴォロンツォフが、重みのある一喝でその言葉を遮った。
その瞳には、かつてないほどの深い敬意が宿っている。
「今この瞬間、閣下を笑うことは、我々が信じた道理そのものを否定することだ。静かにしろ」
ヴィンツィンゲローデも、優しくテッテンボルンの肩を押さえて首を振った。
「今日はいいんだ。今日だけは、数学も気合も抜きにして、家族の涙を黙って見ていようじゃないか」
ボイエンは、この温かい幕切れを、静かに日記帳へと書き留めていた。
『……我らの戦争は、ここで終わった。ナポレオンを倒したのは大砲ではない。ベルナドットという主宰者が種を蒔き、デジレ夫人が育んだ「信頼」という名の、目に見えない絆だったのだ』
涙ぐみながらも、ボイエンはこの記録のすべてを記載する。
パリの風が、デジレのドレスとビューローの勲章を優しく揺らした。
ベルナドットがリエージュの机上で守り抜いた「明日」が今、邸宅の前で、もっとも穏やかな光となって輝いていた。
後は、こんなすぐに調べたらわかるような北方軍の戦果が200年以上も埋もれているという、最大の謎が残っています。ボイエンの台詞で簡単にまとめて謎は終わった事にしようと思ったのですが、たぶん、真相はこうじゃないかと思いついたので、次にまとめます。




