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バルト海の兵站

 一八一三年五月、シュトラールズント。

 ――バルト海の冷たい風が吹き抜ける波止場。

 その「熱狂」の届かぬ場所、スウェーデン王太子カール・ヨハンことベルナドットが降り立つ。


 その長身の背中には、かつてのフランス元帥としての華美な装飾はなく、一国の支配者としての、隙のない合理的な威厳が備わっていた。

 上陸するやいなや、彼の前に進み出たのは、メッケルンでウジェーヌを破ったビューローである。


「お久しぶりです、元帥閣下――いや、王太子殿下」

 ビューローは一礼しながらも、その視線はベルナドットの背後に群がっている、巨大なスウェーデンの輸送船団に釘付けになっていた。


 ベルナドットは肩をすくめ、かつてハノーヴァーの執務室で見せたような、いたずらげな眼差しを向けた。

「堅苦しい挨拶は抜きにしよう、ビューロー。それより、貴公の率いる精鋭たちの足元はどうなっている」


「――見ての通りです」

 ビューローは苦い顔で、自軍の新兵たちの足元を指し示した。靴が足りず、素足にボロ布を巻いた兵たちが泥濘(でいねい)に耐えている。

「我がプロイセン軍は、現状では『牙を抜かれた狼』にすぎません。士気ばかりが高くとも、武器がなく兵站は破綻している」


「問題ない。だからこそ私がここにいる」

 ベルナドットは即座に振り返り、側近のブラヘ伯爵に鋭い視線を送った。

「ブラヘ、船倉を開けろ。英国から引き出した一〇〇万ポンドの資金によって、ハンザ同盟のルートで買い占めた物資を、今すぐビューローの軍団へ流し込め」


 ブラヘ伯爵の迅速な指揮により、次々と輸送船から物資が運び出された。数万足の頑丈な革靴、最新式の銃器、山のような弾薬と医療物資。そして何より、飢えた兵たちの腹を満たす大量の小麦粉と塩漬け肉。


 それは、兵站(へいたん)の崩壊に喘(あえ)いでいたプロイセン軍にとって、天から降ってきた奇跡そのものであった。


 呆然(ぼうぜん)とするビューローを前に、ベルナドットはさも当然というように淡々と言い放った。

「私は諸君に、気合だけでナポレオンと戦えなどとは言わん。軍隊という生き物を動かすのは、情熱ではなく『食事と靴』だ。これであの『義弟』に対する包囲の計算式が成立する」


 物資を受け取ったプロイセンの新兵たちから、地鳴りのような歓声が湧き上がった。足元が温かい靴で満たされ、銃に弾薬が装填(そうてん)されていくたびに、牙を抜かれた狼だった軍勢が、本物の「獰猛な狼」へと変貌していく。


 ビューローは懐のハインリヒの遺稿に触れ、熱い震えを抑えきれずにいた。

「……素晴らしい。殿下、これほどの物資があれば、我らの数式はついに完成を見ます」


「さあ、答え合わせを始めよう」

 ベルナドットのガスコーニュ人らしいウィンクを合図に、北の大地から届いた圧倒的な物資が、プロイセン軍の未来を鮮やかに塗り替えていった。

 上陸するとすぐにビューローに速攻で武器と兵站を流しています。ビューローへの横流しは北方軍解散の時にも行われていて、仲良すぎます。

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